コミュ症が頑張るあいさつ日記 -5ページ目

コミュ症が頑張るあいさつ日記

あいさつをして、話をして、そこで得た情報を提供します。
コミュ症を頑張って治すことが目標です。



登場人物の中でも主人公やヒロイン、ヒーロー以外に着目してみると、物語のテーマと少し変わったストーリーに見えることがおもしろいですね。


今日、懐かしい本に出会いました。

ごんぎつねという作品を覚えてらっしゃいますか、知っていますか。

知らない方、覚えてらっしゃらない方のためにあらすじを言いますと。

兵十という猟師が、病気で臥せているおばあちゃんのためにうなぎをつろうと思い、釣りに出かけたところ、いたずら好きのごん、という狐が、せっかく兵十が釣った鰻を逃がしてしまい、そのせいでおばあちゃんは鰻が食べられないまま無くなってしまいました。

悲しむ兵十に罪悪感を感じたのか、改心してごんは兵十のために食べ物を持ってくるのですが、それが空回りして兵十に伝わらず、ごんは兵十に撃たれて死んでしまいます。

そのときごんの持っていた食料を見て、兵十はごんの改心に気づくのですが、時すでに遅く、ごんはもう息を引き取っていた。

というお話です。

この作品にもう一度会って私が感じたことに、登場人物の視点が変われば物語が別物になることのおもしろさでした。

ごんの場合は伝わらないかもしれない、撃たれるかもしれないという恐怖があっても、兵十のために食料を届け続けた改心の心。

罪滅ぼしかもしれない、もしかしたらただ許してほしかっただけなのかもしれない。

それでも隠れながらも必死に兵十のためになにかしてあげたかったのかもしれない。

そんなことを思うと胸がいっぱいになりました。





では、兵十側からの視点ではどうでしょうか。

兵十は、残りわずかの命かもしれないおばあちゃんに、最後の親孝行をしたいと思って釣りをしていたのに、ごんのせいでうなぎは取れず、親孝行できないままおばあちゃんが天に昇っていくのを見届けました。

その後も、ごんの取ってきた食料は魚屋さんのもので、盗人呼ばわりされて殴られてしまいます。



しばらくしてごんが兵十の家に食料をこっそりおこうとしているところを兵十は見てしまい、

兵十からすれば、ごんは大事な食料を逃し、おばあちゃんに孝行させてもらえなかったにっくき動物なので、退治しようとしました。

撃った銃はごんに当たるのですが、食料を抱えているごんを見て、

倒れたごんに、「ごん、おまいだったのか」という台詞を言います。

ここでおばあちゃんの間接的な仇であり、しかし一方で

今まで届けてくれた恩や、改心してきてくれたという想いもわかり、感情の板挟みになりながら

兵十は泣き崩れるシーンなのでは、と考えます。




うなぎからすれば兵十は天敵、ごんは命の恩人

おばあちゃんからすれば、楽しみにまっていた鰻が一匹も食べられないまま亡くなってしまうバッドエンド

魚屋からすれば、新鮮な魚が急になくなって、通りがかったのが兵十なのだから、盗人扱いするのも仕方がない。

このように、登場人物の視点を少し変えるといろんな物語があることがわかります。





物事を多角的に見ることができると視野が広まります。

たくさんの考えを持っていると、選択肢も広がります。

今まで読んできた作品の一つにすぎないこの話でも、これだけの視点があることがわかります。

日常で見ている世界を多角的に見たら、きっと無数の見え方があると思います。


人より見ている世界を広めてみる、視点を変えて捉えてみる。

そうすれば、違いが判る違いを持った人になれるのではないか

それはとても素晴らしいことだなあと考えた一日でした。