社会人を意識させられた年と偏差値教育の結果 | ブライトイエロー千葉(地域・玩具・音楽・鉄道etc)

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なんか・・・なんか色々と、その辺の事柄をきままにアップしていってます。

今の所は、地域・玩具・音楽・鉄道に関する事かな~

ブログネタ:子供の頃の夢 参加中
 
 夢もヘッタクレもない・・・・
 
 子供は純真で今の事だけに夢中で明日の予定をワクワクしながら過ごすもんだと思っていた、あの日・・・。
 それまで考えもしなかった大きな壁に私はぶち当たったがーんっ!
 
 初めての焦りあせる
 
 将来について考えさせられたのだ( ̄□ ̄;)。
 
 
 「将来何になりたいか、みんなの前で発表して下さい!」
 
 大人は勝手だ・・・・子供を理解してくれない。
 
 数名が一列に並ばされて、先生からちょっとしたプレゼントを貰う度に発表する(へっ?)。
 
 私は恐る恐る並んだので最後の方になった・・・。
 男の子は野球選手やサラリーマンやパイロット、ウルトラマンというのもいた(はっ?)。女の子はお花屋さんとかケーキ屋さんとかお嫁さんという定番の将来像を語っていた(いつですか?)。
  
 そして私の番・・・・。
 
 それまで、何にも考えていなかった将来・・・。
 「(いきなりかよ・・・・これで、人生きまっちまうのかよ・・・)」という焦りの中、「(みんなと同じじゃダメだ)」と何故か妙な考えに取り付かれたのだが、「考え中です」と答えればいいものを、何故か「八百屋さん」と答えたあの日・・・。
 
 うちはサラリーマン家庭。
 スポーツにも興味なく、パイロットだのなんだのと言う定番な事も考えもしなかった。
 野菜はブロッコリーと人参が嫌いだった・・・。
 
 でまかせに出た言葉が何故か八百屋さん・・・。
 
 
 当時5歳の春だったな~チューリップ赤(爆笑)
 
 
 幼稚園で、毎月その月のお誕生日の子は、前に出てみんなから祝福を受けるというイベントがあったわけですよ。
 4月生まれなら仕方が無いけど、自分は早生まれなので、そういうの見てきているはずなんだけど、記憶にないんだよね・・・。
 子供は、昨日のことなど覚えてないものかも・・・。
 
 だからこそ子供・・・・(良い意味で)
 大人は過去を振り返ってばかりですな・・・。
  
 
 なんかみんなに笑われた記憶しかないのだが、それ以来小学校を卒業する頃まで、将来を考えた事もなければ、考えるだけの妄想というかもなかったように感じます。毎日遊び疲れていたわけではないのだけどね。
 
 
 何歳までが子供なのでしょうか?。
 子供料金の年齢ならば、自分には夢らしい夢はなかったように思えるのだが、このブログで鉄を取上げているのは、小学校4年頃に親に連れられて電車に乗ったり、ちょっとお金持ちの御友人がおりまして、Nゲージを持っていらっしゃったことで、アバウトな状態だったのが常道になってしまったのがその時期だったのです。
 昔の鉄写真も載せておりますが、そういう仲間が集まりだして、ちょい旅行を土日にガキの癖して行ってもいたのです。昔「チャレンジ20000Km」という国鉄のキャンペーンがありましたが、それを地域で最初にしたのは私でした。近くに本屋がなく、なかなか売っている店も無かったので手に入れるのに苦労はしましたが、TVでもスーパーカーブームが過ぎ去った事や国鉄キャンペーンのCMも良く流れていたので、冊子を手に入れたければ、CM見ながらワイワイ騒いでいれば、記憶にも残りますし・・・。
 ただ、周りは買おうとしている者はいなかったです。なので、自分が友人誘って乗りつぶすようにしてました。当時、18切符があったかは記憶にないのですが、1日乗り回すだけでも相当子供が持つ金としては多かったように感じます。特に小遣い貰って毎月何かを買ったりもしなかったので、こういう時に一気に使うようにしてましたし、カメラを買い与えられてもいたので、丁度いいめぐり合わせだったのでしょう。
 
 さて、子供の頃の夢ですが、この年齢の頃に鉄にはまってもいたので、そう言えばなのですが、「国鉄総裁になりたい」とかって思い込んでいたような・・・・・・・。
 どうすればなれるかまで考えなかったですけどね。
 そして、55年頃に鉄道公安官と言うドラマが放送されてからは、公安官になろうか~とも考える一方で、当時は刑事モノが多く放送もされてましたので「デカになりたい」とも思ってましたが、なーんかボケーッと妄想していただけのような気がします。
 
 社会人になって選んだ職は、全く違う世界でした。
 
 
 今日はかなり長くなるけど・・・・
 そんな小学時代を過ごしてきて中学入っても鉄系に浸かっていた。
 
 ところが、そういった諸々の夢を破壊するイベントってのがあるわけで、それが「お受験」。
 
 中二くらいからそれは始まるわけ、高校は言ってからもそれは続くのだが、うちは教育ママっぽいところがあって、「一にも二にも勉強」というスタンス。小学時代にあまり何かに打ち込まなかったのは、最近ではこういう子供は少ないだろうし、自分の周りでも自分と数名くらいしかいなかったけど、「習い事が毎日のようにある」わけさ。まあ毎日ではなかったけど、塾通いってのもしてくるようになれば、毎日学校後に遊ぶってこともないわけで・・・・。
 
 そんな「目標の無いまま受験突破」というのが二十歳くらいまで続くのだけど、将来の目標がないものだから、大学受験もなーんとなーくになってしまうわけ。大学入っても行きたかったところでないものだから、ほとんど行かずになる。
 
 今のようにフリーターと言う言葉はなかったけど、そういう人は何人かいた。時はバブルだったので、バイト感覚でも高給取りに成りえたし、バイトであっても正社員のように働かされる人もいた。でも、見ていると夢が無い人ばかりだったな・・・・。
 
 そんな状態で卒業しだす頃に、やっと将来を考えるのだが、「考える時間すらもない」ままに放りだされた感じだったので、焦ったな・・・。
 
 結局、それが良かったのか悪かったのか?なのだが、悪い方に向かってしまったようにも感じる・・・・でも、これは学校選びと同じように会社選びってのも必要だったわけで、またしても「お受験」はここにも存在するのだが、時はバブル崩壊でもあったことで、急激に人員削減というウレキ目にもあったことで、就職が遅れたり、入りたかった企業が募集停止となった事で諦めた同級生が多くいました。
 
 偏差値教育ばかりだと、将来の事を想定する余裕無いまま、放り出されてしまうわけで、何も考えずとかガムシャラに勉強して、選択の裾野を広げるだけというのも良い方向とは思うけど、なんかしっくりこない人生を迎えてしまうようにも感じるのです。