ニートの品格
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愛はお金で買えるのか

「愛はお金では買えない」というフレーズ、これまで生きた中で1度は聞いたことがあるはずです。

6月はジューンブライドということもあり、結婚の原資である「愛」について述べてみようと思う。


タイトルで提示した内容を見て、皆さんはどう感じるでしょうか?

恐らく、8:2で否定派有利といったところになることが予測されます(未統計)


この要因として考えられることは、
「愛」という言葉に対して人間は、絶対的にプラスのイメージを持っているからです。愛は普遍的であり、手に入れることが必然のように捉えられているものだからです。


逆に「金」という言葉は、成金、サラ金、金玉と必ずしも、プラスのイメージだけとは言い切れません。
むしろ、愛と比較される時に限っては、まるで悪のような扱いさえ受けたりもします。


では、この二つの文字を

「愛」→感情価値
「金」→資産価値

として、多少強引に同じ土俵(←すみません職業柄ついつい)の上に乗せてみたらどうなるのでしょうか?


ドラマ、101回目のプロポーズで武田鉄矢が浅野温子に渡した婚約指輪は、工事現場脇に転がっていた錆びれたナットでした。しかし、浅野温子は、愛する人からのプレゼントとして涙を流して薬指に持っていっていました。

逆に、

やまとなでしこで東十条さんは桜子さんのために、銀座中のアンティークショップを駆け巡り、エルメスのカメレオンをプレゼントしていました。当然、桜子さんはその日も合コンに行っていました。。。


人間はどちらに価値を感じるだろうか?


「結婚」を錆びれたナットにかけられる人はそんなに多くないのではないだろうか?


例えが極端すぎました。

結婚適齢期、プロポーズの際、

友達に、佐藤正栄堂の30Cダイヤの指輪を出された場合と
恋人に、ポポの1050円のシルバーリングを出された場合とでは

どちらと結婚を選択するかということです。

この選択に、迷った段階で、実質的に愛とお金は一つの天秤にかけられるということになり、売買の可能性を肯定することになるやもしれません。


マスターカードのCMではなですが、人間は、感情価値と資産価値の両方を持ち合わせています。

同じ、ダイヤモンドをもらうにしても、一生懸命働いて買ってくれたモノと景品であたったものをプレゼントされるのでは、感じる喜びは異なります。

資産価値は同じでも、そのプロセスの違いで、トータル的なモノに対する個人の価値は大きく変わります。


発射をゴールにした場合、それにいたるプロセスは、

1冊、 560円の本なのか、
1週間 420円のレンタルDVDなのか、
1本、 2980円の新作DVDなのか、
1尺、 6000円のお店なのか(指名はプラス2000円・・OTL by菅原J漏)

金額(資産価値)と金楽(感情価値)の兼ね合いで決まります。



「愛はお金で買えるのか?」

愛もいいけどやっぱりちゃんねーでしょう!!!!!!!!」

経験価値とは

幼少期から他人に「君は個性的だね」とか「変わり者だね」と言われることがあった。

自分はあくまでも凡人だと認識していながら、そう言われることに対して悪い印象を受けなかった。
いやむしろ、鼻にかけている部分もあった。

この時点で凡人なのだが・・・



WEBマーケティングの仕事をしていると、人間のエモーショナルの部分が非常に面白く、興味深いことに気付く。


特に人間の決断材料は直感と経験価値のみに起因する点である。


これは、個にとって経験価値から図れないものは、気持ち悪く排除してしまうことである。



例えば、明治維新期にカメラを見た土佐藩氏後藤象二郎は意味不明な機器を見て驚愕しただろうし、さらにはフラッシュが人の魂を吸い取ると言う噂を聞いて怯えたことは疑う余地も無い。



こう、考えるとインフローは非常に重要な部分になってくるが、それ以上にアウトフローの方が重要になってくる。


かつて夢中になったロマンポルノ(現アダルトビデヲ)は、生物学を学ぶ上で男子学生のバイブルであった。

しかも、今では当たり前であるが当時、テキスト中心の教科書(よくて図説)といった、教育現場の中、動画による教材は画期的であった。

それは、夜が更け、朝方まで勉強するのも当然である。


あれは、マッキーでひげを書き、親父の背広に身をまとってでも手に入れたい代物だ(「ビデオセンター ~僕とこかんと時々ふとんで~」著 菅原 J漏)


ところが、いざ現場に直面した際、
あれほど、あれほど、勉強に勉強を重ね、頭に詰めに詰め込んだ知識が全く役に立たないことに気付く。知識が役に立たないどころか、息子までもが役に立たない始末。


結局、知識は知識でしかなく、その時解っていることは、良く解らないけどなんか擦れば気持ちいいことくらいだ。


まあそんな、若かりし期頃の思い出は今となっては笑い話で済みますが、インフローよりもアウトフローから得られるものは非常に大きいなと気付かされる今日だす。


そんなことより若いチャンねーが抱きたい。

就活がもたらした弊害とは

今年もGWがすぐ鼻の先まで近づいてきました。

営業時に街を見渡すと
リクルーティングスーツに身を覆った就活生が不安そうな顔で歩いています。

国家未曾有の不景気を向かえ
就職難と言われる今期に直面した学生は「大変大変」と口をそろえます。


前職が人材採用のコンサルだったこともあってか
営業先でも知人でも良く採用の話やアドバイスを行うことがあります。

現職は全く関係ないのですが・・・


その中で、つくづく思うことは
学生はどんな目的で就職活動をしているのかといった点です。


「企業に内定をもらうため!!!」


至極当然です。


しかし、その考え方一つで就職活動をすることは
非常にもったいない気がします。

1社しか受けていない僕は、
もっと就活をすべきだったと非常に後悔したものです。


多くの企業が、当社は「人物重視」の採用手法をとっている。
と仰るが、たった1時間そこらで、その「人物」を図ることなど神様でもない限り不可能です。

また、企業の求める理想の人物像は簡単に歪められます。

少し器用な人物なら、虚像を簡単に作り出せます。


結局、エントリーシートと履歴書、もっと言うと学歴や容姿といった
定量的な部分にウェイトがかかります。


だから、学生側は就職活動という名のマーケティング活動を行っていると考えるくらいが丁度いいと思います。


できる人間は3年で会社を辞めるという本がありますが、
入社後の市場価値がビジネスにおいては人間の価値基準になります。


現時の就職活動は、システム化され便利になった一方
独自性や熱意等さまざまなものが見えにくくなったのでしょう。
これは、リク○ートの江副さんがもとたらした大罪といえるかもしれませんね。


僕も、ネット世代ですが・・・
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