ニートの品格 -3ページ目

石川 啄木とは

いやらしい話ではありません。



僕は、現在、原宿のIT企業で働いています。

とは言っても雇用形態はアルバイト

Webコンサルというハイレベルな仕事のためそう易々社員にはなれません。



しかし、尊敬出来る経営者の下、システムの整っていないベンチャー企業で働くことは

無人島を開拓し大都会ニューヨークのようにする感覚で非常にためになる。

しかし、当然のことながら、しんどさも人一倍である。



土日も別でアルバイトをして、休みなんてない。




かの偉大な「石川啄木」は良い言葉を残しています。


「働けど働けど猶わが暮らし楽にならざり、ぢつと手を見る。」



だれか経済的援助をしてくれる方いませんか。




でも、やっぱり一番は

ただただ、かわいいチャンねーを抱きたいだけ。




だれか、欲望的介護をしてくれる方いましぇんか。


「嘆けど嘆けど、我が息子の勢い治まらざり、ぎゅっと握る。」






老いとは

昨年10月末に仕事を退職してから

約2ヶ月間、パチスロ、ゲーム、映画鑑賞、マージャン、読書等

仕事もせず2ヶ月間だらだらと過ごしていました。(生活のため週末に日雇いでバイトはしていました)



こんな生活が、2週間くらい続いてくると不思議なことにそわそわしている自分がいたことに気づいた。



何にそわそわしているのかをゆっくり考えてみると

どうやら、現状の自分のあり方に不安を感じていることに気づく。



20代前半の一番がんばり時に、全く生産的な行動をしていない。

同世代の人間は必死で働いている。



それに比べ僕は、

夢も無い。努力もしていなし。楽な方、楽な方にただ流れているだけ。ただ生きているだけ。



人一倍、ピーターパンの性格であった僕は学生時代、社会に出ることが本当に嫌だった。


しかし、約1年間社会に出ただけで

気がつくと、仕事に取り付かれ、働かないことに恐怖を感じる人間になっていたのだ。



学生時代、目を覚ますと「いいとも」が始まっている。

そのまま、昼ドラを見て、夕方からパチンコ屋に行き、

夜は友達と行きつけの居酒屋で「明日は1限から授業だから」と言いながら朝方まで酒を喰らい

気がつけば、また「いいとも」が始まっている。



こんな繰り返しの生活。(共感できる学生も多いのでは?)


それでも、学生時代、今のような不安な気持ちになったことは1度も無かった。



人間(日本人)は、各年齢における役割を強く意識する生き物なのかもしれない。

これまで、そう教育を受けてきたから仕方がないのかもしれない。



いつまでも、バイトをしながら夢を追いかけている人間を

大衆は、口では励ますような言葉を送るが、

心のどこかで軽蔑していたる。



そのくせ、大成すると、手のひらを返したように、強い接触を試みようとしてくる。



そんな、フレーム化されつつある自分に気づいた時、歳をとったなと感じる。

また、その反面酷く失望感、絶望感も感じる。



でも、一つだけ中学生のころと変わらない感情

それは、ただただ、かわいいチャンねーを抱きたい。。。




ただただ、これに尽きる。




学歴とは

日本社会には古くから学歴という柵がある。


これは、「就職」という局面でよく対面するし、実感する人も多いのではないだろうか。



僕の学歴も決して誇れるものではなく、これまで劣等感を感じることは無かったと言えば

嘘になるが、感じるところとして最終学歴を重視すること点には疑問を感じずにはいられない。


なぜなら、大学受験には無期限の学習期間が提供されている点にある。(一浪・二浪程度は特に卑下することも無い)


そう考えた場合、高校受験という限られた学習期間の中で

いかにパフォーマンスを上げていけるかといったことのほうが

人間の能力を見る上では重要な気がする。


しかし、大学受験は学歴社会日本にとって最後のチャンスともいえる。


これまで、どんな人生を送っていたかは関係ないのである。


もし、人を学力という点で人間の価値を評価するのであれば

どちらがより真実味が持てるのだろうか?



まあ、ここまで、つらつらと面白くも、中身もないことを書いてきたが


結局、切に思うのは、

ただかわいいちゃんネーを抱きたいだけである。