夢のシックスティーズ 二日堂の妄想の日々-Image0591.jpg
 野球場でもサッカー場でもそうなのだが、中に入るとその美しさに驚かされる。緑のグラウンドが息を呑むぐらい美しい。さらに西武ライオンズ球場の場合には、周りの壁がないので日の光に明るく映える木々の緑がそれに加わる。

 ライオンズが19-3で快勝した5月5日の立役者は、キャッチャー細川だった。5-1でリードしていた6回、石井一が捉まる。5-2とされ二死満塁、交代した長田も押し出しの四球、打者は代打草野。間違いなく鷲は圧倒的な勢いで獅子を追い詰めていた。ライオンズナインと、球場を埋め尽くしたライオンズファンを逆転の悪夢からいっぺんに解放したのは、細川の一塁走者牽制刺殺の一球だった。

 その裏、細川を含む下位から始まったライオンズは打者15人、10点の大量得点。細川の一投で明らかに潮目が変わった。

 ライオンズ球場では、点が入ると明るいブルーの小旗が打ち振られる。球場全体を包む小旗の波は、球場が揺れているような錯覚を起させる。この回、球場は本当に揺れているようだった。

 「昔、120キロを超えるとピーピーとか鳴りましたよね」

 「確かに、今ちょっと手元が狂ったら三人死ぬね」

 佐久からの帰り、上信越道は渋滞のかけらもなくて、トンネルが連続するなかを100キロ以上で走り続けた。知らないうちに130キロ前後で走っていることが多かった。

 なんとなく、道路の前が空いていると埋めたくなる。だから、前の車に追いつくまでは速度を上げ続ける。しかし、追いつくと車間はある程度空いていないといやだ。そこに、車線変更してくる奴がいる。車間は空けていないと危ないだろう!

 だから首都高は嫌いだ。水道管の中を無理やり走らされるネズミのような気分になる。それに比べれば、関越も東北道も常磐道も気持ちがいい。空が開けているし、車線も余裕がある。山陽道はあんまりいただけなかったが。

 関越道に入ってから、渋滞になった。のろのろである。真っ黒い煙が横に流れているのが見えた。高速のそばで火事かと思った。路肩をパトカーが走っていく。しばらくして完全に流れが止まった。ドアを開けて外に出る奴がいる。後ろから歩いてくる奴もいる。バイクが走り抜けていくなかをである。

 しばらくその状態が続いた後、今度は路肩を消防車、消防指揮車、救急車が窮屈そうにはみ出している木の枝葉をこすりながら走り抜けていった。煙が見えなくなってから、もうだいぶたっている。

 しばらくして車が動きだした。左車線を規制するだけだったのだろう。真っ黒焦げの車が路肩にあった。消火する前に燃え尽きたのに違いない。一台だけだった。勝手に自分で燃えたのだろうか。三車線に戻ると、あとは快調だった。しかし、東松山の出口のすぐ先からまた渋滞が始まっていた。渋滞の最後尾を見ながら出口に向かう。

 「降りた後は、渋滞だろうがなんだろうが関係ないですね」

 そりゃそうだ。

 

 遅まきながら「ベスト&ブライテスト」を読んでいる。

 悠々と進む本にときどき出会うことがある。先へ先へと読み進みたい気持ちをはやらせる一方で、筆致はあくまで落ち着き、目配りも行き届いて、物語の展開にただただ身をゆだねるしかない、そういう体験を久しぶりにした「ザ・コールデスト・ウインター朝鮮戦争」を読んでしまった以上、読まずにはいられなくなってしまったのだ。

 「ベスト&ブライテスト」はまだ上巻しか読んでいないが、朝鮮戦争の時のトルーマン-マッカーサー-アーモンドと、ベトナム戦争初期のケネディ-テーラー-ハーキンズとのパラレル・ワールドは、背筋をぞくぞくさせるほど似通っている。戦争の行方に疑問を抱き、軍をコントロールできないジレンマに悩む大統領、情報をコントロールし、戦争の行方を意のままに操ろうとする最高司令官、そして最高司令官しか見ていない陸軍内での出世主義に毒された現地司令官。

 アメリカ軍というと物資豊富という頭しかなかったから、零下の朝鮮戦線でさらに北に向かおうとするアメリカ軍が夏の装備しか支給されていなかったりすることに驚く。太平洋戦争後のアメリカ軍の装備はずいぶんおろそかになっていたし、兵士の補充も十分ではないうえに、中国軍は出てこないという間違った予測を持ち、さらに相手の軍事力をろくな情報もないのに見くびっていた。しかも、前線では森が動くようなおびただしい中国兵を前に眠れない夜を過ごしているというのに、同じ戦場にいながら風呂を沸かさせ、白いテーブルクロスで豪華な食事を摂るアーモンドのような司令官がいる。

 ハルバースタムの本のおかげで、マッカーサーをはじめ評価が一変してしまった将軍たちはたくさんいるだろう。軍事大国でもあるアメリカでその反響は半端なものではないはずだ。多くの新聞は苦境に立たされているようだが、アメリカのジャーナリズムの健全さを思わずにいられない。