荷車曳き。この字を書くと、「午後の曳航」という三島由紀夫の小説があったのを思い出す。確か、母の情事(もちろん不倫に決まってる)を覗き見る少年が出てくるのだが、今回の話とは何の関係もない。
要するにカバンに車輪と梶棒がついた、多くの場合婦女子ががらごろ街中を曳いて歩いている、あれである。飛行場では以前から乗務員が列をなしてあれを引っ張って歩いていたが、街中に登場したのは、そう昔の話ではない。
何が気に入らないかといったら、邪魔なのである。ラッシュ時でなくても混雑する改札口の前を、あれを引きずって歩いていられたのでは迷惑この上ない。人の姿を見分けてかろうじてすり抜けようとしているのに、突然足元にがらごろが現れるのだから、突っかかりそうになったことは数知れず。踏んずけたり、蹴飛ばしたり、本当はぜひしたいのだが、かろうじてたたらを踏んでよけているのだ。
それなのにまあ、自分の短い身体を横にしたっておっつかないぐらい後ろまでのばして、何を運んでいるのか。
気に入らない理由の第二は、そのがらごろである。このごろでは長蛇の列ができることも珍しくないという清正の井戸がまだそれほど話題になっていない頃、明治神宮のお庭をこいつを曳いて歩いている中年の婦人がいたのだ。参道ではない、お庭の中、清正の井戸のあるあたりは、通常ならシンとしている。逍遥(逍遥だよ逍遥、そういう雰囲気のところでしょう)している人だって、それをあてにして木戸銭を払ってお庭に入っているのだ。
そこに現れた、旅の途中で立ち寄ったのならまだ我慢のしようもあるというものだが、単に流行の格好をしてみましたという臭い芬々のおばさんが、恥ずかしげなそぶりもなく一人で静寂を破っているのだ。