しばらく前になるけれど、地下鉄に乗ろうと入口の階段に向かっていた時、突然前を歩いていた女性が立ち止まり、危うくぶつかりそうになったことがある。あのままぶつかっていたら、彼女は階段を転げ落ちていたかもしれない。しかし、それもよかったかもしれないと、不謹慎にも思ってしまうのは、彼女があまりに急に立ち止まったからだし、普通何かあって止まるときにはそれなりの予兆があるだろうにと思うからだ。
彼女はほとんど仁王立ちで階段の前に立ちはだかり、通行止め状態にすることに何の呵責も感じていないように見えた。電話でいま聞かされていることに比べたら、地下鉄に乗れないくらいのこと何なのよ!
ケータイで話している人はその世界に入っているから、結構傍若無人になる。なぜか周囲の知らない人たちに優越感をもってしまっているように見える。わけもなく。
最近は、電話をしながらというよりケータイを見ながら歩く人が多い。当然のったりのったり歩くから、邪魔くさいのだが、何をそんなに急いで見なければならないのか。歩きながらよくメールが読めるものだ。そんなに急ぎのメールなら、立ち止まってわきにどいて読んだらよさそうなものだが、もしかするとメールではないのか。
電車の中で座ると同時にケータイを取り出す人がけっこう多い。はじめはメールを見ているのかと思ったのだが、その後観察を続けてみた結果、昨日は麻雀をやっている人と、なんだか分からないがゲームをやっている人を発見した。まさか、ゲームをしながら歩いているのか。
そういえば、本を読みながら電車を降り、階段をのぼる人もいる。そんなに面白い本なら教えてもらいたいぐらいだ。
共通しているのは、周囲に何の配慮もないことだ。電車の中でケータイで話すことにはずいぶん厳しいのに、一方でなんでこんなに二宮金次郎が増えるのか。