日々思うこと、感じること -14ページ目

日々思うこと、感じること

当初から少しずつ変化してきていますが…
自分の中に入ってきた情報を私なりに考えたり思ったりしたこと、また、消化しきれない気持ちなどを表現していきたいと思います。

私は嘘をつけない。
正直というとどちらかというとプラス面が大きいように聞こえるが、なかなか不便だ。

世の中には必要な嘘がある、ということをよく聞くが、嘘をつけないし、嘘はつかれたくない私には、頭ではなんとなくわかるものの、あまり理解できない。
でも、嘘はつかなくても隠したり、表現を変えたりする必要があることを恥ずかしながら最近ようやくわかってきた。

私は、特に親しい友達には何でも正直に話してしまう。
自分のことは、話すべきことと一先ず置いておくこととを選別できるが、それ以外のことは、言うべきか言わざるべきか迷ったとしても、それを考えるよりも知っていることを出したいと思う気持ちが勝ってしまって、いつのまにか喋ってしまっている。
正直すぎて、後から言わなければよかったと後悔したり、知らないうちに相手を傷つけたり場合によってはその場にいない第三者を傷つけてしまったりしたこともあったと今更思う。
何故これほどまでに正直になってしまったのかはわからないが、嘘=悪、正直=善という公式が子どもの頃に出来上がってしまっていた。

正直なのは私のいいところだと言ってくれる友達もいるが、さすがに最近もうちょっと大人らしい振る舞いをしなければと思う。
他人の立場に立って考える、という対人関係に於いて一番大切な部分が欠落している結果だし。


ちなみに…就活に於いても、正直すぎて、もうちょっと違う表現があった、と後から反省の連続…


嘘はやっぱり嫌いだけど、嘘と正直の間の部分をもうちょっと勉強しないといけない。
グレーゾーンってはっきりしなくて嫌いだったけど、大人になるってグレーゾーンでうまくやっていくことなんだろうな。
このブログでは大体ですます調を使ってきましたが、「自分のこと 」では、気分によって変えてみます。


私は人の先頭に立って引っ張ったり、目立って前に出たりするタイプではない。
自分では、人の動向を気にするし、自分が動くにしてもまずまわりを見てから、という性格だからだし、逆に、ガツガツしすぎてる人のことはあまり好ましく思ってなかった。

…でも、自分の記憶にある範囲で、そうでない自分もはっきり覚えている。

小学校低学年までは明らかに目立って人の前に立ちたがっていた。
幼稚園では女の子の二大派閥の一方の先頭に立って、ただの言い合いだったと思うけど、けんかみたいなこともしたように思う。
その頃は口も立った。

いつからやろう、こんなに口下手で人より一歩下がるようになったのは…
何かで大きく自信を失った覚えもない。
でも簡単に言えばその頃は全身自信であふれていたし、今は自信がない。(ようやく芯を見つけられて自信を持てるようになってきたけど、それは頭で考えてないとすぐにどっかに行きそうになる。)

きっと小学校中学年から高学年にかけて何か自分の中で変化があったんだと思う。
思いつくとすれば…
自分とは違うタイプの、引っ張っていく女の子がたくさんいたということ、幼稚園からずっと一緒だった友達と初めてクラスが離れて、一緒にいる友達関係にも変化があったこと…
でもそれで自分の中で何かが大きく変わったという感覚はなかったし、当時それが変化とも感じていなかったように思う。

昔のように人の前に立って引っ張っていきたいと思ってる訳ではない。
もうちょっと主張できれば、と思うこともあるが、それはそれで課題として、やっぱり今の自分は引っ張っていくような柄じゃない。

でもやっぱりきっと何かがあったんだと思う。
それがちゃんと消化されれば、私のこのあまりにもまわりを気にしすぎる性格の根っこみたいなものも少しは見えてくるような気がする。
いつまでもわからないものなのかも知れないけど。

自分のこと 、ようやく第一回目です。

ただ、考えたことの羅列になりそうです。


私は挨拶に比較的厳しく育てられてきた、と思っていました。

実際基本的な礼儀のようなものは生活の中で母親から学んだと思っているし、それが自然に身に付くように育ててくれたことには感謝しています。


しかし、最近思います。

挨拶については母親よりもバレエの影響が大きいのではないか??


私は子どもの頃バレエを習っていました(大人になってから再開したので今も習っていますが)。

将来有望でもなかったので、そういう面での厳しさはありませんでしたが、お稽古ごととして、先生は厳しく育ててくれたと思っています。


レッスンが始まる前には「おはようございます。」

終われば「ありがとうございました。」

たしか発表会の練習が始まると、その時のレッスン前の挨拶は「お願いします。」になったような気がする。

発表会の時にお化粧をしてもらう時は、パーツごとに違う人にしてもらうのですが、その度に「お願いします。」「ありがとうございました。」

というようでした。


小さい頃は「言わないと。言えるかな。」という思いでドキドキしながら「言う」ことに神経がいっていましたが、それで、自然と挨拶が身に付いたのは確かだと思います。

一方で、「言わないと。」というドキドキ感がなんとなく今でも残っているのは事実です・・・



まだ低学年の頃、学校で、教室に入ってくる時に「おはよう。」と言いながら入ってくる子を見て、「うゎっ!ドラマみたいっ!」と思ったことがあります。

それまで、全員でいう「おはようございます。」しか言ったことがなかった・・・

その後、ドラマの中だけでなく、「おはよう。」は普通に挨拶として使うもんなんだと頭で理解していきました。


そういえば、家で「おはよう。」は私たち姉妹が無理やり言うようになるまではない言葉でした。。。

「行ってきます。」「行ってらっしゃい。」「ただいま。」「お帰り。」「いただきます。」「ごちそうさまでした。」

こんな言葉は普通に使っていたのに・・・

なぜ「おはよう。」だけがなかったのかは未だに不明ですが・・・



・・・ここから何もまとまらないのですが(^^;

ただ、最近挨拶をしない人をよく見かけ、何でこんな基本的なことを・・・と悲しくなります。

そして自分は逆に一度挨拶しても何度も何度も同じ言葉を繰り返してしまうこともあります。(特に「ありがとう。」や「すみません。」)

その時に、自分の挨拶観をちょっと振り返ってみたくなりました。