中学まで典型的な優等生で育ってしまった私は、模範解答を探す癖が着いてしまっています。
当時はその解答を誉められると、得意げになっていましたが、今は、「しまった」と思うことが多くあります。
例のジョブアタック事業の一環で、社会人基本研修を受け持ってくれた講師の方が、昨日、派遣会社の方と一緒に会社を訪問してくれました。
主に部長とお話されていたのですが、最後に少しお話ができました。
その際、「すごくいい部長さんで、これは当たり前のことじゃないからね。」と言って頂き、それに対して私は「この恵まれた環境に長くいることによって、当たり前と感じてしまわないように、常に感謝の気持ちを持てるように心がけたいです。」というようなことを言いました。
すると「いいこと言うねぇ。」と言われ…
そう言ってもらうことを狙って言ったんじゃないかと思ってしまいました。
自分でも本当にそう思っているのですが、口に出した途端薄っぺらくなると言うか 、なんか心にザラついた感じが残りました…
私のこの優等生根性は、他の場面でも度々登場するし、ずっと残ってしまうものなのかなぁ…
心からそう思ってすることと、「いい人」ぶりたいからすること。
自分でも見分けがつきません…
物事の解決法として、自分が頑張ったところでどうしようもないような時、「諦め」よりはもうちょっと肯定的な気持ちで、「割り切って受け入れる」ということも必要で、最近それができるようになってきたかな、なんて思ってました。
そしてわかったような気になり、これが大人の解決法だ、なんて思ったりもしてました。
でもやっぱり割り切ったつもりでも、それは根本解決ではない訳で、結局違った角度から直面せざるをえなくなる…
なんてことが最近よく起こります。
目の前にどうしても自分のちからだけでは越えられない山があって。
今までは、山の存在を無視してその場から立ち去る。
→とりあえず山の存在は認めて、でもそこで留まる。
そしてわかったような気になり、これが大人の解決法だ、なんて思ったりもしてました。
でもやっぱり割り切ったつもりでも、それは根本解決ではない訳で、結局違った角度から直面せざるをえなくなる…
なんてことが最近よく起こります。
目の前にどうしても自分のちからだけでは越えられない山があって。
今までは、山の存在を無視してその場から立ち去る。
→とりあえず山の存在は認めて、でもそこで留まる。
