日々思うこと、感じること -11ページ目

日々思うこと、感じること

当初から少しずつ変化してきていますが…
自分の中に入ってきた情報を私なりに考えたり思ったりしたこと、また、消化しきれない気持ちなどを表現していきたいと思います。

中学までの私は、母親と、先生という存在が絶対だった。
彼らの言うことを聞いていれば間違いない。
それも、そうしておけば面倒がないから、というように自分で考えて行動していた人たちとも違って、そういうものだ、と、ほんとに自分の意志というものがほとんど働いていなかった。
結果、「真面目」や「優等生」という看板を背負うことになった。
そう見られるのは嫌だったけど、そういう風にしか行動できなかったし、「誉められたい、認められたい」という気持ちもあったのは事実だと思う。
一方で、ブルーハーツにあこがれていながら、「いい子ちゃん」を抜け出すのが怖かった。と言うより、抜け出し方を知らなかった。

だから、中学まではそれなりに大人から可愛がられ、認められてきた。
それはそれで心地よかった。

でも、高校に入ってからはそれでは全く通用しなかった。
勉強も運動も、もっともっとできる子がたくさんいた。
真面目にしていてもそれで認められる訳じゃない。
それを実感しても、なかなか殻を破るのは難しかった。

大学に入ってようやく自分を解放できた。
でも、根本的に「真面目」ということはしみついてしまっていた。
間違ってることは間違ってる、気になることは追求する、不正は許せないetc.
その頃は自分で考えられるようになっていたし、自分の何かが違うと思うことはなかった。

でもそのことで随分しんどい思いもしたし、この性格が嫌いだった。

でも最近、かなり自分をコントロールできるようになり、適当にも振る舞えるようになったし、そういえば真面目ゆえに悩むこともほとんどなくなったように思う。


「真面目」は自分の代名詞みたいに思ってたから、ある意味「自分のこと」を書くに当たって絶対避けては通れない部分だと思ってたけど、書いてみてかなり「真面目」から解放されていることに気付いた。
今就活の面接時に「いい子ちゃん」を演じていたことを後から振り返り、吐き気を感じるぐらいだし。


とは言え、失ってはいけない真面目さはまだちゃんと持っていると思っている。
正直 」な割りに、本当に伝えなければならないことを伝えられていないことも多い…
確かに、これを言ったら相手が不快な思いをするかも、ということを考えて、あえて波風は立てずにそっとしておくことも大人の振る舞いの一つかなとも思う。

例えば、相手の言動に対して自分が不快な思いをした時。
わざわざ蒸し返さずに自分が我慢する。
相手の事情もいくらか考えてみて自分を納得させる。

でも、自分の不快の度合い、そこに至る原因や過程、そんなことが相手に伝わってなかったらまた同じ繰り返しが起こり得る。
そして結局相手への不満が積み重なってしまう。
そんなことなら、今後の良好な関係のために一時のお互いの気まずさを乗り越えた方がいいのかも知れない。
相手が大事な人であるほど余計に。
なかなか判断は難しいけど。

そしてもう一つ、相手がルールやマナー違反をしていたり、すべきことをしていなかったりする場合。
これも相手が大事な人である程、本当は言ってあげなきゃならないことだと思う。
でもなかなか言えない。
これは私に限ったことじゃないようにも思うが、相手が間違っているのなら、やはり言うことが相手への優しさのはずだと思う。

通り一遍という訳にはいかないけど…
でもだからこそ、咄嗟の判断は難しいけど、一旦冷静になってしっかり考えてまとめる時間があるのなら、伝えることも必要だと思う。
多分、私の場合、ほんとは言うべきなのに、言うのが怖いだけのことが多いから。
家族 について書いたが、母親は少し、変わっていると思うので、少しそれも書いておこうと思う。

母親も大阪府の出身なのに、イントネーションこそ関西だが、いわゆる大阪弁を使わない。
語尾とか。
「~ねん。」「~やん。」は使わずに、「~なの。」「~でしょ。」となる。
初めて外の世界と触れる、幼稚園で覚えてきた言葉には「そんな汚い言葉使いなさんな。」だった。
それから家と外で言葉を使い分けるようになった。
多分、一般的な思考とは反対に。
それについては比較的早い時期に家でも土地の言葉を使うようにはなっていた。

小学校の頃、ピアノとバレエを習わせてもらっていた。
ピアノはあまり好きでなく、バレエは大好きだった。
ピアノは家で練習が必要だから、ということもあったが、できることならバレエの練習も家でしたいぐらいだったから、練習の問題ではなかったと自分では思っている。
母親としては、バレエよりピアノを続けさせたかったらしく、ピアノをやめたい旨を告げると、「ピアノをやめるんならバレエもやめなさい。」だった。
これは今だに納得できない。
結局、中学に入り、部活かバレエかという選択を強いられ、部活をとってバレエをやめることになり、ピアノは中途半端に続けたが、あまり熱心ではなかった。
ちなみに大人になってからどちらも再開し、どちらも好きになった。

門限は23時だった。
「暗いから危ない」らしい。
うちのまわりはそんなに人気の少ないところではない。
大阪南部なので、ちょっと大阪市内で遊ぶと、門限を守るのはなかなか難しい。
携帯がまだ普及してない頃、公衆電話で立ち止まって電話を入れるか、少しでも早い電車に乗るかよく迷った。
夜遅くなると、1本逃すと20分程遅くなってしまう。
ある時、家に到着するのが20分遅くなることが少し前の時点でわかったので電話を入れると、ヒステリーを起こされた。
23時と、23時20分の違いで、それほど危なさに違いはないと思う。
暗いとか人通りとかの面で言うと21時や22時でもかわりはない。
中途半端に21時や22時頃なら迎えに来てくれるが(私としてはいらなかったが)、23時になると遅いからと言ってもう寝ている。
本当に暗くて危ないと心配してくれてのことなら迎えに来てくれればいいし、ヒステリーを起こさずにちゃんと怒ってくれれば(怒られて素直に従うかは怪しいが)もうちょっと心配しているということが伝わったと思う。

母親から誕生日におめでとうと言われたことがない。
少なくとも、私の記憶にある限りは。
最近友達にも子どもができて、誕生日は生まれた本人よりも、母親にとっても意味のある日なんだなと思うようになったが、だから、というのでもないように感じる。
母親も携帯のメールを使うようになり、誕生日の内容に触れたメールが来るようになったが、以前は本当に無視だった。
結婚記念日というものの意味が初めてわかって、姉と精一杯のお祝いをした時も、喜んでくれるどころか、むしろ迷惑がられているように思えた。
母親はお祝い事が嫌いらしい。
だから私は「家族」の誕生日と親の結婚記念日が続く7月~8月初旬までが大っ嫌いだ。

母親は負のエネルギーに溢れていると思ってしまう。
最近でこそ、友達と出掛けることも多くなったり、孫の世話をしたり、以前よりは生き生きしてるように見えるが、基本的に前を向いていない。
楽しんでいる姿を私は知らない。
特に、私の多感な10代の頃はひどかった。
でも、その頃は更年期だったんじゃないかと後になって思うようになった。
でもそれだけでもないようにも思う。


非常に母親の悪口のようなことをたくさん書いてしまったが、私の中では既にこういう事実として受けとめてるし、あえてここから何かを考えることもない。
母親から受け継いでるものもたくさんあるし、私はあの母親でよかったとも思っている。
家のことなんて、それぞれの家によって習慣とか当たり前のこととかも違うし、何が普通で何がおかしいかなんて、実際は簡単に言えるものでもないと思う。

でも、もしも自分が母親になった時は、感情がどう動くかはわからない、でも、こういったことで、子どもに変だと思わせないようにしたい。