
ナショナリズムの高揚
自分の生まれた国を愛し、文化や生活様式に馴染むのは普通の
感情なんだろう。
もちろん一部にはその仕組みや慣習が嫌で、所属する集団を
離脱したいと考える人が居ても不思議ではないんだが。
昨今はそれが、村や町からもっと大きな規模、国家の形態にまで
拡大していったから、様々な問題を生み出してきた。
もちろん、昔も「土佐人」とか「伊賀者」とかの、所属する小集団の
アイデンティティーを強く持つ人は居たし、それが自分が一番
守るべき組織と思う人も居たんだろう。
国家という存在が大きくなり、集権的になるほどに、それらは
押しなべて「〇〇人」や「〇〇国」という概念に集約されてきたと
思える。
今やそれが国家対国家の間で強烈に自己主張を始めたように
感じる。
昨今に始まった事ではなく、主権国家という概念の発達とともに
ドンドンと強化されていったという事だろう。
一時期のグローバリズムの台頭によって、その考え方はやや
下火になったように見えた。
その反動というか、不都合が顕在化するとともに、再び強く表に
出始めたのが、昨今の状況のように感じる。
曰く、「中華民族の偉大な復興」、「Make America Grate Again」、
「戦後レジームからの脱却」、「ロシア民族のためのロシア」等々、
国家や民族を主体的に称揚する考え方が彷彿と沸き上がった。
その考え方自体に問題がある訳ではないが、とにかく自国最優先、
過去の不都合は他国のせい、自国さえ良ければ他を圧迫してでも、
というような極端な考え方になると、国家間の様々な問題を誘引
することになる訳だ。
どこの国も自国の安寧が最優先なのは当然のことではある。
が、自国を最優先するあまりに、他国の事を軽く見たり、主権や
国境を犯すに至っては言語道断というしかない。
歴史を自分たちに都合よく解釈し、元々は自分のものだったと
主張することが、どれほど危険な事かは考えなくとも分かる。
一番の問題はそういう考えが自国民にはとても受け入れやすい
事なんだろう。
自国や自民族が優秀で、他国より優位に立つのは当然と言われて
心地よくない人間はほとんど居ないから。
特に右翼と言われる人達には強い親和性があるのは当然か。
強権国家では、反対することは即ち非国民になってしまう。
かくして、世界は自国だけが最優先で、他国を押しのけてでも
自国が良ければそれで良いとする考え方が蔓延してきた。
押し退けられる側にもそれ以上の自国愛がある事が軽んじられる。
世界の至る所で起こっている紛争の多くが自国だけを最優先
する考え方の結果として発生している。
そこには、他国にも同じ考え方がある事への思いが無く、その
ぶつかり合いを収めるために法と秩序がある事が忘れ去られて
いるように思える。
ナショナリズムそれ自体が悪ではないんだろう。
自国を安定化させるために活用するのは大いに推奨されるべき。
だが、他国を圧迫するために使えば、害悪以外の何物でもなくなる。
特に、大国はそれを弁えるべきだし、封印すべきだ。