変な話します。
自分の偏見を時々思い出して
いかんいかん、ってなります。
思春期が遅くて
自分だけ全く子供のままだったり
同世代の文化を禁止されてたせいで
実情も精神的にも同年代と隔たりがあった私の偏見。
「恋とファッション(お洒落センス)の話題しか無い人ってバカそう。」
そういう人こそ貪欲に自分を磨いて好みの相手と出会って、幸福の量もケタ違いに多いだろう。
生物として一番正解の生き方。
何にもバカじゃない、そういう目で見てしまう私こそ良くない。
ただ、
そう思ってしまうのが未だ変わらない。
昔からだけど
誰かと居合わせて何か話題を必要としてる時、彼氏いるの?結婚してるの?から入り、自分の彼氏の話を始める人を、どうしても中身無さげ認定しちゃう。
よく知りもしない人の恋の話なんかどうでもよくて。
さらに流行りの服を着てて恋の話から始められると、うわぁ…ってなる。
何も用がなければ話始めなければいいのにと私は思ってるけど、相手は話す必要性を感じてるから話しているんだろう。
それが協調性であり集団社会なんだろうなぁ…
私が間違っている。
相手に調子合わせて同調出来ない方が悪い。
私はずっと恋やお洒落は、
余裕のあるヒマな時間がある時にするもの
真っ当な人間は無くても生活出来るようなことにかまけてない
恋に振り回されるなんて情けない、
よく思われようとして見た目について努力したことがバレたら恥ずかしい。
私にはこの2つは
恥ずかしいことの2大巨頭でした。
だからそんなことを開けっぴろげに話す人、聞いてくる人が信じられなかった。
今でもあまり変わってなくて
芸能人の熱愛報道とか
「恥ずかしいことがバレている」
という感覚。
バレる以上に、発表するとかは何を考えているんだろう?ストーリーキングか?と。
ファッションを語ってるモデルさんに
「自信満々でお洒落を断言してて恥ずかしい」と思ってしまう。
センスを認められて仕事してるのはスタイリストさんであって、モデルさんは顔とスタイルで仕事してるので
センスがいいとは限らないのにと。
そういう感覚が、
多分この先もずっと変わらない。
そういうことばかり考えてる人を否定的に捉えている。
それを賞賛してる人や興味津々な人も含め、否定的に捉えてしまう自分を知ってる。
だけど、ちゃんと理解してる。
その2つを極めてる人が誰よりも幸せな楽しい人生。どう思っていようが、絶対に口に出して否定してはいけない。
…ちょっと綺麗な言い方をしましたが
元は…正解には…
「男と服のことしか考えてない女はアホ丸出し」
生き物として、そういう女が一番得だし子孫繁栄です。ただし楽では無いと思う。