田山校長と人財育成 | 成幸への道程~続・タヤマ学校 代表理事に、そして校長になったスタッフの日々~

成幸への道程~続・タヤマ学校 代表理事に、そして校長になったスタッフの日々~

人財育成一筋に52年のタヤマ学校に入社して20年目を迎え、代表理事に就任してからはや7年。
研修以外でなかなか触れることのない修了生の皆さんに、
僕も一修了生であり、悩んだり、喜んだり、家族に翻弄されたり、
日々学び続ける仲間だと感じて頂ければと思います。

本日は本当に心砕ける、しかし心温まる経験をした一日でした。

 

研修で使用するテキストを作るのにサーバーを探していると、

 

「タヤマ学校メディア掲載」というフォルダーがあるので、

 

ちょっと見てみると、その中に  「致知 掲載」とあったので、開くと1992年に月刊致知にて掲載された田山校長の記事が!!

 

以前、実物を手に取り読んだことはありましたが、この十数年はすっかり存在を忘れていました。

 

あの「月刊致知」に田山校長がっと考えれると改めてその凄さを感じます叫び

 

その中で、冤罪後の校長の思いが書いてありました。

 

「財産なら、ほんの小さな間違いが雲散霧消してしまうかもしれない。しかし、私によってつくり出され、この世に送りだされる人財は、確かな足跡をこの世に刻んでくれる。その人財づくりに、自分の生きがいを

みつけようとかんがえたのである。」

 

私が田山校長に出会ったのはこの記事の8年後です。

 

 

正に人財育成の真っただ中でした!!

 

そしてこの記事の最後は

 

「人財づくりに残りの人生のすべてを捧げ、死ぬときには、ああいい人生だったと言って、死んでいきたいと思っている。」

 

 

で締められていました。

 

 

その様に思って旅立って頂けたのか?を今更ながらに考えると

 

 

「悔いる所ばかり」

 

っと言った感じです。

 

 

田山校長が今の僕をみたら、今のタヤマ学校の状態をみたらどうお感じになるのか・・・・・・。

 

一生学び!生涯成長! 

 

無我夢中!

 

ですね。