あの日曜日のことを、私は今も鮮明に覚えている。
週末の昼下がりだった。秋の陽光が、校長の自宅の縁側に柔らかく差し込んでいた。
風もなく、遠くで子供の声がして、またすぐに静かになった。
校長の前にはペットボトルが1本置かれているだけだった。
その日の校長は、いつもと違った。
会って最初の瞬間から、それがわかった。
表情が、静かすぎた。いつも奥に灯っている火が、その日は表に出ていなかった。
しかし消えているのではなかった。それは、深いところに沈んでいる火だった。
地の底から燃えているような、静かで重い熱さだった。
しばらく、最近の営業に関して話をした。
庭の木が、風もないのに少し揺れた気がした。
「てつ」と校長は言った。
「はい」
「今日は、一番大事な話をするためにお前を呼んだんだ。」
私は「大事な話?」がなんであるか想像すらつかない。
しかし、校長からの電話で「今日は海拓は連れてくるな。あとで迎えに行く。その前にお前一人で来い」と言われ、何か怒られるのではないかと少しビビってはいた。
ビビる自分に怯むことなく、私は手帳を取り出した。いつもの習慣だった。
しかし今日だけは、すぐにペンを持てなかった。
何かが始まる前の、息を詰めるような感覚があった。
「五誓の言葉を、この本質をお前は理解できてるか?」
当時30そこそこの私は頷いた。
「エスキモーに氷を売れ」の中に書かれている、校長が冤罪から帰ってきた後に立てた、常に立ち返る為の五つの誓い、「理念」のことだと知っていた。
しかし、その本当の意味を、私はまだ知らなかったことにこの後震えるのである。
「意味は理解しているつもりです。しかし改めて聞かれて、正直、その理解が正しいかどうかは・・・・・・」
校長は右手でサングラスを少し上にあげた。
それが、この問いを待っていたと当時の合図かの様だった。
「冤罪から帰ってきた時、私は決めた。これから人財育成だけをやると。その覚悟を言葉にしたのが、五誓の言葉だ。しかしてつ、あれは単なる「誓い」や「理念」ではない。今日、それを話してやる。」
縁側に、秋の光が静かに落ちていた。
「一つ目。挨拶に悔いる所なかりしか!」
校長は、一言ずつ置くように言った。
「挨拶というのは、人間関係の入り口だ。どんな人間でも、どんな立場でも、できることだ。しかしその奥を見ると、挨拶というのは、認められたい、受け入れられたいという自我から始まる。相手に気づいてもらいたい。存在を認めてもらいたい。その自我があるから、人間は挨拶する。これが第一段階だ。自我が、人と人を繋ぐ入り口になる」
私はペンを走らせた。
「二つ目。目標を立てよ、そして第二の案を用意し、想像力と行いに悔いる所なかりしか!」
校長は少し間を置いた。
「目標というのは、多くの場合、自我を満たすためのものだ。出世したい、認められたい、豊かになりたい。その自我が欲望を生み、目標を生みだす。しかし本当に満たしたいなら、第二の案、第三の案まで考えなければならない。なぜか。一つの道が閉じた時に、止まる人間と、別の道を探す人間の違いがそこにある」
「想像力と行いというのは?」と私は聞いた。
校長はこう言った。
「その目標は、自我を満たすものか。それとも、自我を超えたものか。ここで問え、ということだ。王道と覇道、という言葉がある。王道は、正道だ。誠実に、正直に、人として正しい道を歩む。覇道は、力と策略で目標に向かう。どちらも、目標達成のためには必要になる時がある。しかしどんな手段を使っても、最後は王道に戻れ。それが行いだ」
私は書き留めながら、「是非及ばず」の夜の話が蘇ってきた。
価値ある目標に向かう時、是非を問わず進む。しかし手段を問わないということではなかった。
王道に戻る意識を持ちながら、進み続けることだったのだと、今初めてわかった。
校長は、縁側の光を一度見た。それから、静かに続けた。
「三つ目。自我を捨て無になれ。セールスマンシップに悔いる所なかりしか!」
その言葉が、空気を変えた。
「てつ、なぜ自我を捨てることが、三番目なのかわかるか」
私は黙った。
「普通は、きっと最初に自我を捨てなさいと言だろう。しかし私はそうしなかった。順番がある。人間は、自我があるから人と繋がれる。自我があるから目標を持てる。その自我が、価値ある目標へと育っていく。そして初めて、自我を捨てることができる」
「順番が逆では、できないのですか?」と私は聞いた。
「できない」
と校長は断言した。
「最初から自我を捨てろと言われても、人間には捨てるものがない。捨てるべき自我がなければ、無になれない。価値ある目標を持って初めて、その目標のために自我を超える意味が生まれる。だから三番目なんだ」
私はペンを止めた。
「『無になれ』というのは、消えろということではない。『何者でもないから、何者にもなれる』という状態だ。価値ある目標のために、必要であればどんな人間にもなれる。どんな役割も担える。プライドも、肩書きも、過去の実績も、一旦置ける。それが『無』だ。」
「それがセールスマンシップに繋がるんですね!」と私は言った。
「そうだ。『自分を売る』ということは、商品を売ることではない。価値ある目標のために、『何者にもなって、相手を動機付ける』ことだ。『無』になっているから、相手の前で自分を変えられる。相手が必要としている人間になれる。しかしてつ、ここが大事だ」
校長の声が、少し低くなった。
「価値ある目標でなければ、『無』にはなれない。価値のない目標のために自我を捨てることは、ただの『迎合』だ。ただの道具になることだ。価値ある目標があるから、無になることが意味を持つ。価値ある目標がなければ、何者にもなる覚悟が持てない」
私は書き留めながら、あの時の校長の言葉が蘇ってきた。
共感されようとして迎合した瞬間に、その目標は死ぬ。
あの夜の言葉と、今ここで繋がった!
『無』になることと、『迎合』することは、まったく違う。無になるのは、価値ある目標があるからだ!!
縁側の光が、少し動いた。時間が経っていた。
「四つ目。思い遣りをわすれるな。感性と理性に悔いる所なかりしか!」
校長は続けた。
「『無になった人間』が行うことが、思い遣りだ。自我がある人間の思い遣りは、どこかに打算や思惑が混ざる。しかし『無になった人間』の思い遣りは、純粋だ。相手のために、ただある。その思い遣りを実行する時の順番が、感性と理性だ」
「感性が先なんですね」と私は言った。
「そうだ。まず感性で感じろ。相手が何を必要としているか?何が嬉しいか?何が痛いか?論理の前に、感じろ!その後で、理性が働く。感じたことを、どういう言葉で、どういう行動で届けるか。感性と理性の順番を間違える人間は多い。理性で考えてから、感性を後付けにする。しかしそれでは、相手の心には届かない。それと理性ではこれが価値ある目標の達成に繋がるという気持ちも持たなければだめだ。」
共感と共鳴の夜が蘇ってきた。共感は頭に届く。共鳴は体に届く。感性で感じ、理性で届ける。
この四つ目は、その夜の話の深みだった。『思惑』ではダメ、しかし『理性』では価値ある目標に繋がる事も考えていないとダメだとはまさに『矛盾の中に真理あり』なのかも知れない。
「五つ目・・・・・・」
校長は、一度深く息を吸った。その呼吸の重さが、最後の誓いの重さを、言葉より先に伝えていた。
「泣け、心から泣け。そして感動させよ。心の契約に悔いる所なかりしか!」
静寂が、部屋を満たした。
「思い遣りの先に、感動がある。感動とは、相手の感情を動かし続けることだ。一度動かすのではない。動かし続ける。そのために、自分も本気で感じなければならない。心から泣けというのは、弱さではない。自分の感情を、本物にしておけということだ。感情が本物でなければ、相手の感情は動かせない」
「心の契約とは何ですか?」と私は分かっていたようで分かっていなかったことを聞いた。
校長はしばらく黙った。
今日一番長い沈黙だった。
縁側の光が、また少し動いた気がした。
「自分が価値ある目標を、何が何でも達成する。そのためには、王道も覇道も、裏も表も、すべてを活用する覚悟を持つ。その瞬間では、周りに理解されないかもしれない。しかし自我を捨てているから、理解されなくても構わない。価値ある目標を達成することが、自分も周りも、そして数十年後の人間たちも幸せにすると信じているから。その信念を、自分の心と交わす契約だ」
私はペンを走らせながら、手が震えていた。
「てつ、今日話したことを、整理して聞け」
校長は静かに、しかし一言も無駄にせず言った。
「第一段階。人との関係をつくる。挨拶だ。自我が、人を繋ぐ入り口になる。
第二段階。価値ある目標を持つ。自我が、志事へと育つ段階だ。
第三段階。その目標のために、自我を超える。何者でもないから、何者にもなれる。
第四段階。相手のために生きる。思い遣りを、感性と理性で届ける。
第五段階。人の人生を動かす。感動させ、心の契約を結ぶ」
私は書き終えて、校長を見た。
「これは、人財育成論ではないですね?」と私は愚かにも言った。
校長は静かに微笑んだ。今日初めての、本当の笑顔だった。
「そうだ」
「校長、これは『人間完成論』です!」
校長は頷いた。
その頷きには、何十年もかけて辿り着いた人間の、静かな確信があった。
「『五誓の言葉』は、プロセスだ。一つずつが独立した教えではなく、一本の道だ。第一段階がなければ、第二段階はない。第二段階がなければ、第三段階はない。順番を飛ばすことはできない。人間の成長というのは、そういうものだ」
「校長は今、どの段階にいますか?」とまだ無知だった私は思わず聞いていた。
校長はしばらく考えた。縁側の光が、今度は本当に少し動いた。
午後が、ゆっくりと深まっていた。
「第五段階を、死ぬまで歩み続けることが、私の心の契約だ」
それだけ言って、校長はペットボトルの水を一口飲んだ。
その後、しばらく二人は黙っていた。
話すことが、もう何もないのではなかった。
言葉を超えたものが、部屋の中に満ちていた。
それを言葉にしてしまうのが、惜しかった。
帰り際、玄関で靴を履きながら、私は振り返った。
「校長、私は今、どの段階にいると見えてますか?」
校長は私の目を見た。それから、静かに言った。
「第二段階と第三段階の間だ。価値ある目標は持っている。しかし自我を完全に捨てるには、まだその目標を、もっと深く信じる必要がある。今日の話が、その助けになるといいけどな。」
私は深々と頭を下げた。
すると校長は
「大事な事を言い忘れていた!海拓と夕食を食べる約束をしているから、18時にマンションに迎えに行くからと海拓に言っといてくれ!」
縁側の光は、もう夕暮れの色に変わり始めていた。
私は玄関を出た後、苦笑いしなから一人心の中でつぶやいた。
「『五誓の言葉』の本質の話より大事なことが海拓との食事の約束とは」
しかしそれが田山敏雄という男がどんな相手にも愛を持って接している証なのかも知れない。
まさに「五誓の言葉」の実践なのかも知れない。
歩きながら、私は黒革の手帳を開いた。
今日書いた文字は、いつもより少なかった。
しかし一行一行が、いつもより重かった。
五誓の言葉は、価値ある目標を実現できる人間になるための、成長の道筋である!
第一段階。人との関係をつくる。
第二段階。価値ある目標を持つ。
第三段階。その目標のために自我を超える。
第四段階。相手のために生きる。
第五段階。人の人生を動かす。
自我を捨てることが三番目である理由。 自我を認識する。捨てるべき自我がなければ、無にはなれない。 価値ある目標があるから、自我を超える意味が生まれる。
何者でもないから、何者にもなれる。
心の契約とは、価値ある目標を、何が何でも達成する覚悟を、自分の心と交わすことだ。
田山敏雄という人間は、冤罪という地獄から帰ってきた時、この五つの誓いを、自分の命と引き換えに立てた。そしてその誓いを、死ぬその日まで、一日も欠かさず歩み続けた。
それが、三千社・七万人の現実を変えた力の、本当の源だった。
手帳を閉じると、秋の夕暮れが、静かに街を染めていた。
そして私は静かに車のドアを開けた。