出不精の私が、片道70キロの道のりを一人車を走らせます。 長距離運転に慣れない私には“旅”なのです。
ある一瞬の光景を見たくて、また私は旅します。
高速道路を走り、オレンジ畑を通り抜け、湖もいくつも横に見て、舗装されてない田舎道をゆっくり通り...
大きな林の中にある、湖のそばの小さな家にたどり着きます。
16歳の時に出会ったオーストリアの友人の両親の、フロリダの別荘。
去年、17年ぶりに再会して以来、一ヶ月に二回ほど私は往復140キロの一人旅をしています。
車を降りると、早々に、
「ヤヤ! 無事に着いたのね!」
と、ドイツ語訛りの女性の声が聞こえてきます。
そして、ぎゅーとハグ。 私の顔をじっくり覗き込んで、
「スウィート・ハート!」
もう一度、ぎゅーとハグ。
その声を聞いて、お父さんも私をハグをしに現れます。
私は二人の様子をそっと観察します。
“大丈夫みたい。 今日はケンカしていないな。 あの光景が見れそう。”
仲の悪い親の元で育った私は、よその夫婦の空気に敏感でちょっとのことで、関係の状態を察することができるのです。
10年ほど前にお父さんが退職して以来、オーストリアの厳しい冬を逃れるために、10月から4月の間、
フロリダの田舎で過いています。
たまに湖に釣り人のボートが現れる以外は、全く他の人間の存在を感じない孤立した静かな場所で、まるで無人島に流れついた者のように、年の半分を二人だけで過ごすのです。
時々街で出かけ、時々友人に会い、時々私とディズニーに遊びに行く以外は、
子供達がそれぞの人生を築いていき再び二人だけになった夫婦は、時々ケンカしながら、一緒に目覚め、一緒に食事をし、一緒に畑や果物の木の世話をして、一緒にワイン・グラスを傾けて、そして一緒に床に就く。
私、二人だけの無人島にお邪魔するのです。
いつも通り、三人で野菜畑の成長チェック、バナナ林でバナナの花探し、湖の魚へ食パンの餌やり...
そして、お父さんが作ってくれるオーストリア発祥のスプリッツァ(白ワイン+ソーダ)を飲みながら、台所でお母さんの手伝いをします。 料理上手なお母さんは早起きし、私のためにいろんなものを作ってくれているのです。
プロ並みにお菓子を作るお母さんは、スカイプで入った息子や孫達の最新情報を話してくれながら、デザートの仕上げをします。
「これ、お父さんが好きなの。 お父さんがこれ食べたいって言うから...」
お母さんの口から無意識に出てくる旦那さんを想うの言葉に、私は黙って微笑みます。
お皿を並べ、料理を運び、三人でテーブルに着く。 私はわくわくしながら、その一瞬の光景を待つのです。
お母さんは席を立ち、テーブルの向こう側の座るお父さんのところへ、
屈んでお父さんの顔を覗き込む、
甘えん坊の子供に話しているように、ドイツ語で何かを囁く、
そして、キス。
お父さんの大きな微笑。
この瞬間、私は、胸に温かいものが注ぎ込まれていくような、幸福でいっぱいのぽかぽかした気持ちになるのです。 40年以上、朝、昼、晩... 食事の前のこの儀式が続けられています。 ケンカしている時以外は必ず。
この無人島は涙も怒りも存在しない世界のような気がしてきます。 あるのは幸福と優しい気持ちだけ。 子供の頃の私は、いつもこんな光景、世界に憧れていました。
「いつも何を言っているの?」
興味深々の私に、
「今日も食べ物があることの祝福よ。」
と微笑むお母さん。 それだけにしては長過ぎる優しい囁き。 二人だけの秘密なのでしょう。
さよならのハグをして、お父さんが入れてくれたトランクいっぱいの果物と、助手席に置かれたお母さんのお菓子を乗せて、私はまた家路に向かう70キロの旅をするのです。
まだぽかぽかしている幸福を胸に抱きながら、主人に会うのを待ち遠しく思いながら...
私のドライビング・パートナー