回顧録: 息子への手紙 2 | グローバルに波乱万丈

Dear MY SON、

ディスコで、前夫と一緒にいた白人の人と少しの間おしゃべりをしました。 どうして日本にいるのかという私の質問に、ニューヨークから短期仕事で来ていると答えたわ。 なんだか濁した言い方で、二人が私達にわからないように、早口で口論していたわ。 そして、「また会える?」って聞かれ、どうせすぐアメリカに帰る人達だし、英語の練習になるからいいか、くらいのことで会社の名刺を渡したの。 その頃は、携帯電話などない時代でしたからね。

そして、その夜のことを思い返すこともなく数日が経ったある日、会社に白人の人の方から電話かかり、また会うことになったの。 後で聞いた話だと、前夫は私と会うべきか会わないべきかずっと悩んでいて、そんな姿に堪りかねた白人の人が私に電話して、再会の機会を作ったのだそうです。 

始めはいつも白人の人がついて来ていたわ。 そしてそのうち、二人だけで会いたくなり始まると、会う時はいつも暗くなってから。 仕方なく昼間に会う時は、必ず彼はレイバンのサングラスをかけて、なるべく人数の少ないところでした。 不信に思う私に、仕事の関係でといつも誤魔化していました。  

そんな感じで数週間経った頃、突然「もうこれ以上、君に嘘を吐き続けることはできない。」と、本当のことを話し始めたの。 名前も日本に居る理由もまったくの嘘でした。

実は、彼はキリスト教のある宗派の宣教師として日本に来ていたんです。 その宗派の教会では、20歳前後になるとほとんどの人が二年の宣教に行き、それが本人にとっても、家族にとっても一生の誇りみたいなものになるんです。 でも、彼の場合は荒れた青年時代を過していたので、本人の希望ではなく、親や教会に宣教師として日本へ送られたんだということでした。 

宣教中はとても厳しい決まりがあって、いつもパートナーと一緒に行動しないといけなかったらしいの。 そう、白人の人がパートナー。 あまり真面目じゃない宣教師二人がパートナー同士だったのよね。 本当なら、恋愛関係などがないようにお互いを監視しないといけなかったらしいの。 それに、教会の関係者、信者に見つかったら、教会本部に連絡されるのだそうです。 

彼は私と恋に落ちることを恐れていたのね。 本当ならディスコなんかも行ってはいけないのだけど、一回だけと誓って行ってみて、私と出会ってしまって... 彼としては、また私と会えば自分の気持ちがどうなるか、わかっていたのでしょう。 

いつも白人のパートナーがついて来ていたのは、もし教会の人に出くわしたら、私を教会に誘っている振りができるように。 そして、だから二人だけで会う時は、人目を避けなければいけなかったの。 

「君のことを、こんなにも好きになるはずじゃあなかったんだ。」 彼はそう言い、涙を浮かべていたわ。 

その時、私はまだ、彼の涙の理由、事の大きさがわかっていなかったの。 教会に知れることを恐れていたから、名前も日本に居る理由も嘘を吐いていたのでしょうけれど、嘘を吐かれていたことでプライドを傷つけられた私は、「嘘吐き! もう貴方が何を言おうと信じられない! もう会いたくない!」と、腹を立てたわ。 そんな私に、「信じてほしい。」っと身分証明書や故郷の家族の写真を財布から出して見せ始めたの。 その中の一枚の写真、その写真が私の人生を一転することになりました。 

その写真の中で、中年の日系人の女性と白人の男性が、クリスマス・ツリーの前で頬を寄せ合って微笑んでいました。 私、一瞬、息をするのを忘れたわ。 「長年連れ添った夫婦が、こんなにも幸せでいれるなんて...」  両親のケンカばかり見て育った私。 結婚なんか不幸のもとと信じていた私。 何に対しても冷めていた私。 そんな私には涙が出るほど心を打たれる光景でした。 

彼の日系人の母親の顔立ちは、私とそっくりだったの。 その写真の中に、年をとった自分を見たんだと思います。 「この人となら、私が中年になってもこんな写真が撮れるほど、一生幸せでいれるのかも知れない。」 そう思ったの。 「私なんかでも、幸せになれるかも知れない。」と...


その写真が理由だけでなく、確かに私は彼のことを愛していたのだろうけど、どれほどの想いだったかは正直言って覚えていないの。 だって、今こんなにもお父さんのことを愛しているから、他の誰かを愛していたことなんて覚えていたくないわ。 きっと無意識に、忘れようとしたのでしょうね。 


後で考えると、ディスコのお立ち台で一緒に踊っていた美人でスタイルのいい友達ではなく、前夫が私を選んだのは、私が母親と似ていたからなのでしょう。 男の人って母親の面影を求めるって言うわよね。

続きは次の手紙で...


Love、MOM


追伸

確かに、結婚だけが幸せではないかも知れません。 でも、結婚し子供が生まれ、愛する人が増えていく... 私には、人生においてこんなに幸せなことは他にはないように思えます。 お父さん、貴方達を愛することができるお母さんは幸せ者です。 I love you with all my heart, and I will always love you no matter what. You are my son forever and ever.