フロリダでアレコレもの思ふ
  • 15Oct
    • ヤヤさんの子育てブログ紹介&お願い

      いやー。 こういうお願い、ちょっと恥ずかしいんですが。実はですね。 来月末に、一時帰国するんですけどね。今回もまた依頼を頂きまして、『世界の子育て、日本の子育て』 って、海外の子育てを紹介し、日本の子育ての問題点とかをお話するセミナーっていうか、お話会をすることになってるんです。先日、依頼して頂いた方と、紹介状に載せる私の写真やプロフィールを、って話になった時、自己満足でやってる、子育てに関する心理学リサーチのまとめの為に始めた、子育てブログのリンクを含めてもらい、‟子育てブロガー” で紹介してもらうことになったんです。ふと、気が付いたんですが、こっそり書いているんで、‟いいね” 数が 1 とかで、最高が 4 。これじゃあ、‟子育てブロガー” っても、格好悪過ぎ。お手数をおかけしますが、ちょっいと覗いて、‟いいね” してもらえませんでしょうか?よろしくお願いしまーす。

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  • 12Oct
    • ‟続” トルコのお爺さんの言葉

      トルコの地中海の街の裏路地を、一人ぶらぶら歩いていて、民衆食堂で一人で食事してたお爺さんに、5分付き合ってと頼まれ、結局、一時間くらい後にジョイントした主人と共に、5分どころか、7時間過ごしたというお話の続きね。二件目でやっとトルコ・コーヒーレストランでシーフードやワインを楽しみながら、いろんな話を聞かせてもらったんですけどね。彼、ノルウェイ人の人と結婚し、オスロで何軒かレストランを経営され、子供さん三人、お孫さん三人がノルウェイにいらっしゃり、今は大学教授の息子さんがレストランを管理されてて、 トルコの故郷でのんびり過ごしたり、オスロで家族と過ごしたりの日々なんだそうです。去年まで、そんな日々を、愛妻である奥様とされてたんですが、奥様、アルツハイマーがあまりにも悪化し、施設に入られたんだそうなんです。「僕の妻、僕が目の前に居ても、僕だとはわからないんだ。40年一緒に過ごしてきた僕のこと、わからないんだよ。」 と寂しそうに言われ、どう声をかけて差し上げたらいいのか、私にはわかりませんでした。そんな現状を忘れてのことなのか、ワインを飲みながら、顔いっぱいの笑顔で、奥様のことを話されてたんです。私達のことがすでに大好きだとおっしゃりながら、私達が次回トルコに来る時は、地中海を一望する彼のマンションに泊まり、一緒に車で、‟帰りたくなくなるほど美しい” ワイナリーに行って、ワイナリーに泊まるとか、計画話をされ、「昔ね、妻とそのワイナリーに行ったことがあるんだ。妻はそこのワインがとても気に入ってね。飲み過ぎて酔っぱらってしまって、‟アイラブユー、マイ・ハズバンド。” って抱き着いてきて、そしてまた、二分もしないうちに、‟アイラブユー、マイ・ハズバンド。” って来て、一晩中、そんな感じでね。 彼女はとても愛らしかった。」とニコニコされるんです。レストランのテーブルで、私は彼の真横に、主人は向かいに座っていて、彼は主に主人の顔を見ながら話をしてたので、私の顔は見てなかったんです。奥様との楽しい昔の話をされながら、ふと、現状を思い出す時の彼の気持ちを想像し、涙が出そうになりました。昔、前夫が植物人間状態だった一年半、その人は目の前にいるのに、もう自分が愛する、自分を愛してくれるその人ではなくなってしまってる。そんな切なさ、私には想像ができて。涙を見せて、楽しいひと時を台無しにしてはいけないと、必死にこらえたんです。奥様との出会いを話され、「バケーションで行ったオーストラリアのビーチで、それはそれは美しい彼女を見つけてね。 どうしても知り合いたくて、売店でコーラを二本買ってきて、‟ハロー。コーラ、どうぞ。” と渡したんだ。そしたら、”え? 私、注文してないですけど...” って、彼女当惑してた。それが全ての始まりなんだ。その後の二週間、一緒に過ごし、彼女はノルウェイへ、僕はトルコへ帰る時、彼女、僕の住所を聞いたんだ。トルコに帰って来て二日後、近所でのマーケットでベンチに座っていると、肩をつつく人がいて... そう、振り向くと、微笑む彼女が立っていたんだよ。」もう涙をこらえることはできず、そっと彼に気付かれないように、流れてくる涙を手のひらで頬に抑えつけました。テーブルの向いで、私の涙に気が付いた主人は何も言わず、微笑みを続けて、彼の話を聞いていました。そんな主人の顔を見ながら、40年経ってもこんな笑顔で話ができる思い出を、自分は主人に残しているのだろうか?そんな愛らしい妻であるだろうか?心に残った彼の言葉があります。トルコのことわざか何からしいんですが、「自分の心は清く、頭は正しいことを考える。それで充分だ。」それが人生を成功させ、幸せにさせると、彼は言ってました。人間の基本、人間関係の基本かも知れませんね。主人と私はそんな人達だと感じると、今までたくさんの人を見て来た彼が言ってくれたこと、とても嬉しく思ったのでした。

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  • 11Oct
    • トルコのお爺さんの言葉

      んじゃあ、まず、今回の旅行中、かなり気に入ったトルコの地中海の街で出会った、お爺さんの話なんぞ。地中海育ちのうちのモロッコ人さんが、うひゃうひゃと懐かしい地中海海水浴をしてる間、私は街の住宅街の裏道をぶらぶらしてたんです。観光スポットで観光客の中でパチパチ写真撮るとか、どうも性に合わないし、その国の、その街の、一般の人達の生活に興味がすっごくあるんですよ、私。いい感じの床屋さんとかありましてね。待ってるお客さん用の、不揃いプラスチックの椅子といい、若き日のオーナーさんの写真付きの看板といい、わくわく。(お店の中にいらしたオーナーさんの髪は、今はかなり薄かったです。 汗)そんな床屋さんや、トルコや中近東のお菓子、バカラバの薄皮を作ってるお店を覗いたり、アンティーク屋さんというかガラクタ屋さんというか、お邪魔したりしながら歩いてると、道の反対側に、地元人らしい人達でいっぱいの、小さな民衆食堂が。道を渡り、歩道に並ぶブラスチックのテーブルで食べてる人達に、「ここ、美味しいですか?」 と、英語とボディーランゲージで聞いたんでけどね。トルコは、特に地方の街では、英語ができる人が少ないので、通じなかったんですが、その隣のテーブルで、一人食べてたお爺さんが英語で、「最高に美味しいよ。僕は毎日って言っていいほど、ここでランチするんだよ。」 と。そして、「トルコ・コーヒーを御馳走させて。五分間ほど、僕と過ごしてくれない?」 と...いわゆるナンパ、ですな。その国の人達の生活に興味があるくらいですから、その国の人達が考えてること、感じてること、聞かせてもらえるなんて、最高。お爺さんのテーブルに、ほいほいっと座り込んだわけです。結局、主人も海パンのままでジョイントして、バスに15分くらい乗って、バス停の側で売店をやってる、お爺さんの従弟や友達とお茶したり、(テーブルはケーブルが巻いてあったボビンを横にしたもの)地元の人達が行く海岸を見に行ったり、お洒落なショッピングモールにある、お爺さん行きつけのお洒落なレストランのテラスで、(実はトルコって、かなりモダンでお洒落な安全な国)地中海のシーフードの食事して、ワイン飲んで、うだうだうだ。そのうち、モデル並みの超美人の、ジムの経営者/インストラクターの、姪っ子さんがジョイント。美人でスタイルがいい上、素直な、擦れてない性格の人でね、この彼女。5分のはずが、7時間に。このお爺さん、ノルウェイ人の人と結婚し、オスロでレストランを何軒か経営してて、引退した今は、トルコの故郷とノルウェイを行ったり来たりしてる人でして、隣で、お爺さんのいろんな話を聞いてて、どうしても涙を止めることが出来なかったことや、心に残った言葉があるんですが、長くなったので、続きはまた後日に。

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  • 21Sep
    • 興味深い旅にするために

      今週末から二週間、トルコとフランスを夫婦で旅するんですけどね。大学でとった美術史や西洋史の教科書を引っ張り出し、ローマ帝国やオスマン帝国、建築史を復習してるところなんですよ。あんまり、観光地で観光名所に行くの、好きではないんですが、(列に並ぶのが嫌い。)イスタンブールのアヤソフィアだけは、絶対行ってきます。(それ以外の予定は、食う、呑む、後はのんびり散歩。)同じ見るなら、ただ、「大きい~。」、「きれい~。」 だけじゃなく、ちゃんと時代の背景や、建築のスタイルや技術を理解して見た方が、よっぽど興味深いに違いないじゃあないですか。同じ理由で、私が外国人達を日本に連れて行く時、京都ではいろいろ寺院巡りはしないです。日本の歴史を知らない外国人には、ただ綺麗で、古い建物に過ぎませんからね。昔、アート系の息子をルーブル美術館に連れて行った時、田舎のオバさんオジさん風な中国人の団体さんが、代わり代わりに 『モナリザ』 の前に立っては、写真を撮り合っていたけど、どういう時代背景とか、テクニックとか、わかってるんかいな。大体、『モナリザ』 って超有名だけど、美術としてはそれほど意味ある作品ではないんですよね。それと反面、人間は罪深いとして描かれることはなく、絵と言えば、神とか聖人ばかりだった時代に、初めて人の感情が描かれたと言われる、ジョット・ディ・ボンドーネの 『聖フランシスコの死』 。絶対、美術史的に意味ある作品だと思うけど、フィレンツェの聖堂で立ち止まって観てたのは、我が家族のみでした。 なんてこった。この前まで、島崎藤村の 『異邦人、エトランゼ』 を読んでました。覚えて下さってる方もいらっしゃると思いますが、パリの主人の叔父が経営する薬局の上の階に、島崎藤村が住んでいたんですよ。叔父は二階の一部屋も所有し、休憩部屋として使ってるんですが、そこは当時、その部屋はそのビルの ‟家番” の家族が住んでいて、『異邦人』 や、そのフィクション版の 『新生』 にも、ちょくちょく登場するんです。「日本なしには一日も私は生きられなかった。」 と言った藤村が綴る、異国で異国人としての孤独な気持ちは、すっかり忘れてた30年前の渡米当時の自分を思い出させ、胸をきゅんとさせ、芥川龍之介と同感で、藤村はめちゃくちゃ偽善者な奴と思うけど、(姪を妊娠させ、世間体を恐れてパリに逃げ、その後、姪の立場も考えず、その話をネタに... 最悪!)トルコの後にフランスに行き、最後にパリに滞在するので、叔父にその二階の部屋に入れてもらい、藤村が書いてる部屋の ‟旅窓” から見た景色を見て、歩いた道を歩いてみようと思い、もう一度、読んでみました。その方が、ただ見て、ただ歩くより、よっぽど興味深い旅となりますますからね。食う、呑むの方もしっかり下調べしてますから、同じくらい興味深くなりそうです。 いぇい!

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  • 19Sep
    • いろいろ日本人@フロリダ学会

      今回は、NASAや、世界中のNASAみたいな機関の方達参加の学会で、受付の仕事をしたんですけどね。日本の機関のワシントン事務所のディレクターさんは、なんと女性!男性がまだメインの業界で、それもまだまだ男女平等から程遠い日本が、女性をディレクターに任命とは、素晴らしい!どなたか知らずに、そのまま英語でお話したんですが、英語もとてもお上手で、結構まだお若く、きれいで、凛としてて、品があり、でも、ふわっと優しそうで、まさに大和撫子。どういうバックグラウンドの方なんだろう?学会のスケジュールを見ると、何度かパネリストやモデレーターとして、ステージの上で、他の国の学者達と意見を交換されたりされたようでした。彼女の番では、同じように彼女の写真やタイトル表示その方と対照的に、残念だったのが、学生達や学者による様々なグループ研究発表の部に参加の、日本の女子大学生。日本のあの有名校で、あんな分野のあんな場に参加しているくらいだから、20代後半に違いなく、とても頭のいい子には違いないのに、フワフワっとした短いワンピースに、コンバースを履き、花柄の大きなリュックサックを、ランドセルみたいに背負って、内股で、小股で、前かがみに、ことことことと子供みたいに歩き、おまけに、細くて、肌が真っ白なので、まるで、か弱い子供。日本じゃあ、ああいう幼い女の子系がいいらしいから、本人はそれが身に付いて、演技しているつもりじゃあないのかも知れないけど、他の国の、しゃんしゃんしゃんとしている女子大学生の中で、浮いてて、同僚も、間違ってその学会に迷い込んでしまったのかと思ってましたよ。それに、その女学生に限らず、たくさん参加してた他の日本の大学生達にしても、大人らしく、ちゃんと挨拶や会話ができないんですよね。英語でじゃなくて、私が日本語に切り替えてでもです。他の国の学生達が、ちゃんと私達の目を見て、スマイルで挨拶をし、ちょろっとでも、気の利いた会話をしてただけに、残念でした。知らない人への挨拶、会話に慣れてないんでしょうね。アメリカでは、子供が喋れるようになった時点から、挨拶させるんですよ。早くから、大人の会話にも参加させます。だから、大学生になる頃には、かなり挨拶、会話上手になるのでしょう。日本は、挨拶ができない子が多いです。友達や知り合いの子供達も、私から挨拶しても黙ってる子が多く、傍に居る親も、アメリカの親みたいに 「挨拶しなさいっ。」 って注意しないですね。日本の親は、「まだ子供だから...」 と、子供を子供扱いし過ぎるところがあるように思います。今、子育ての心理学的なリサーチを読み漁り、日本の子育ての特徴や問題、改善ポイントなどなど、別のブログに書いてるので、批判的な口調になってしまったかな。 そうそう。アームストロング氏と共に、アポロ11号で月に着陸し、人類初のムーンウォークをした宇宙飛行士のバズさんが、登場されてたんですよ。『トイ・ストーリー』のバズ・ライトイヤーは、彼の名前から来てるくらいの大英雄。私に話しかける声にふと頭を上げると、バズさんが...ビックリして、一瞬、あわあわあわと、声が出ませんでしたよ。88才らしいですが、さすがオーラが凄かったです。

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  • 10Sep
    • 足長の外国人の中での生活

      私、手足が短いんですよ。だから、特にアメリカの服は長くて困ります。ジーンズなんて、5センチくらいカットしないといけないんです。ストーンウォッシュのジーンズは、膝よりかなり下に白けた部分がいくので履けません。(T_T)幸いフロリダ在なので、年中、半袖や袖なしで済み、それほど問題じゃあないんですが、最近、日本に帰ることが増え、講師をする機会が増えたので、長袖も必要です。幸い、洋裁ができるので、袖口の付け替えをします。袖を直しながら、ふと思ったんですけどね。足長、小顔、美白が多い外国人の中で暮らし、私はよくまぁ堂々と、劣等感も感じることなく、生きてきてるなっと。まず、思うのは、惚気とかじゃなく、主人がずっと私のことを好きでいてくれて、魅力的だと思ってくれていることが、自尊心を保れている一番の理由だと思うんですよ。特に、この街はアジア人は少なく、アジアンビューティが珍しいところなんで。あと、日本みたいに、皆と一緒じゃないといけないとか、流行りを追わないといけないとかはなく、自分のままでいてよく、自分のままいれることに敬意を持たれるところだし、これは西洋人の価値観の素のキリスト教の教えから来てるのか、人を羨ましく思うことはいけないこととする文化だからと思います。それにまあ、いろんな人がいますからね。真白い肌の人もいれば、真黒い人もいて、その間のありとあらゆる色。そんな中で生活してるから、日本人の色白と色黒とか、ピンと来ないんですよ。ただ、アメリカの美感覚なので、あんまり白い人は不健康に見えて、魅力を感じませんけどね。髪の色もいろいろだし、ストレートの人もチリチリの人もいて、目の色もいろいろ。だから、自分が人と違うとか、それほど思わないし、気にならないんですよ。年を取り、シワや白髪が出てきたけど、それほど気になりません。人気の女優さんには20代はほとんどいず、40代、50代の人達であることでわかるように、大人の女性の魅力が讃えられ、日本とは逆で、若い女の子がわざわざ年より上に見える服装をしたり、疲れた年配の人みたいな、低い掠れた喋り方をする文化ですからね。ちょっと話が逸れるけど、心理学のオンライン雑誌の、「子供みたいに喋る女性は信頼性が低く、職場で損をする」 みたいな記事に、世界で一番、日本の女性が高い声で喋る、とありました。あと、結婚当時、一重の私が、二重だったらいいのに、とでも言ったんだったかな。主人が、本当かどうか知らないけど、イスラム教では、「神が与えてくれたことに、不満を言ってはいけない」とかいう教えがあるって、言ったんですよ。全然宗教心がなく、コーランも読んだことがない人だから、当てになりませんけどね。でも、何故か納得できて、こういう自分なんだから、こうじゃない自分を求めても仕方がない、と思うようになり、そのままの自分で満足できるようになったんですよ。日本の女性達が何かと悩んでいる様子に、なんて私は楽ちんに生きてるんだろうと思いつつ、袖、6センチもカットには、さすがに苦笑いですけどね。しかし、主人のビール腹、神が与えてくれたもんじゃあないんだから、そんなにすんなり受け入れず、もっと小さくする努力をしてもいいんじゃあないかと。 ( ̄_ ̄ i)

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  • 06Sep
    • お互い‟THANK YOU”な、話の続き

      前回に書いた、マイクロソフト社とかフォード社も参加している、自閉症スペクトラムの人達を雇い、彼らの特殊な才能を生かそうっていう、”AUTISM AT WORK” (職場に自閉症を) というプログラム。載せたビデオの中でも出てきますが、始めたのはドイツが本社の会社なんですけどね。昨日、ある総会での仕事で、一人の参加者の方の参加登録のお手伝いをしてて、ふと見ると、その会社のピンが背広の襟に。「貴方の会社が始められた ”AUTISM AT WORK” 、素晴らしいですね。」と言うと、目を真ん丸にされ、「ご存じなんですか!?」 とビックリされ、お名前とアクセントからすると、ドイツ人の方のようだったし、ドイツ本社かららしく、「私の部にも、一人自閉症のメンバーがいるんですが、最高にいい人なんです。二年前に入社した当時は、恥ずかしそうで、無口だったんですけどね。今では貴重なメンバーなんです。そんな素晴らしいことをする会社に勤めていること、私は誇りに思ってるんですよ。」  と言われてました。テレビでやってたレポートを、鳥肌を立てながら、目を潤ませながら、観たこと、自閉症の人達、自閉症の子供を持つ親御さん達に希望を与える動きを始めた、社会のリーダーである会社だと思うこと、を伝えると、「こちらこそ、私達の会社がしてること知って下さり、認識して下さり、感謝でいっぱいです。」と何度も繰り返し、逆に感謝して下さったんですよ。そして、その自閉症のメンバーが、ルービックキューブを一瞬に完成させるビデオを、スマホから探し出し観せて下さったり、私は、優秀な大学でエンジニアの学位がある、日本の友達の息子さんが、就職した会社で変わり者扱いされて辞め、今は障害者さん達の職場で仕事をしてて、そういう人達の優れた才能を無駄にし、会社の損、社会の損となっていることを話したり、話が盛り上がり、「本当にありがとう。 このこと、社内で伝えますね。」 と言われ、私も、素晴らしい動きを起こして下さってることのお礼を言い、お互い、‟THANK YOU.”、‟THANK YOU.” と、お別れしました。テレビで観たばかりで、ここに書いたばかりで、出会いのタイミングにビックリですよ。そんなこんなで、思うんですけどね。自閉症とかの人達のこと、可哀想とか、気の毒とかの、同情の目で見るのではなく、普通に、受け入れることが大事じゃあないかと。本人も親御さん達も、きっと同情の目で見られたくはないだろうし。ゲイの人達、最初は異常というイメージがあるかも知れないけど、触れ合ってみたら、結構普通で、自分達とそんなに変わらないことに直ぐに気付き、違和感がなくなります。それと同じで、こういうプログラムとかにより、そういう人達がどんどん社会に出る機会があれば、もっと多くの一般の人達が、そういう人達と普通に触れ合う機会ができ、自分達とそんなに変わらないことに気付き、違和感がなくなり、もっと皆が生きやすい社会になると思うんですよね。そう言えば、いろいろ有名人が出てる公共広告で、「障害のある人達と、どう会話を始めたらいいんだろう?」  という問いに対し、単に、普通に、‟ハイ” でいいんだよ、ってのがありました。同情とかせず、単にいろいろタイプがいる世の中の、一つのタイプの人達として、もっと皆が、普通に接し、普通に受け入れることができたらいいですよね。

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  • 04Sep
    • 損をしている日本社会

      昨日、数十年ずっと観てるレポート系の番組で、最近で一番感動し、目がうるっとなったレポートがあったんですよ。マイクロソフト社が数年前に始めた、自閉症スペクトラムの人達を雇うプログラムについて。他にも、フォード社など、そういう企業が増えてるんだそうです。これは、チャリティーではなく、普通の人にはない、自閉症の人達の特有の才能が、企業にもメリットになるからなんです。証拠に、エジソンはかなり重度の自閉症だったし、アインシュタインもニュートンもダーウィンも、自閉症だったと言われてるし、ビル・ゲートもスティーブ・ジョブスも、自閉症の傾倒があるってことだし。ビデオの中でも、他の社員が考え付かないことを、自閉症の社員がいつも思いついてくれると、管理職の人が讃えてるんですよ。自閉症の社員の人達は、自閉症であることを隠す必要がなく、変わり者扱いではなく、自分のままで受け入れてもらえ、そして、同じように自閉症の他の社員と交流できると、楽しそうな姿があります。私が感動したのは、自閉症の人達にそれぞれ、一人他の社員がボランティアの見守り役としてつき、職場に顔を出したり、ランチを一緒に食べたりする仕組みになってるんですが、一人のボランティアの社員の女性、息子さんが自閉症で、声を震わせ、こういう動きが息子達のような自閉症の子供達に、そして、自分のような自閉症の子供を持つ親に、希望を与えてくれると話していたとこ。マイクロソフトの大きな総会は、毎年、私の住むオーランドで開かれ、何度かアシスタントの仕事したことがあるんですけどね。確かに、自閉症っぽい人達がたくさん参加されるんですよ。日本だったら、変わり者扱いだと思います。マイクロソフト社みたいな会社で働き、フロリダの総会に参加だなんて、考えれないことでしょう。私の小中学校にも、そんな子がクラスにいたけど、その後どうしたんだろう。大学、行けたのかな? 就職できたのかな?今、どうしてるんだろう。自閉症の人達、ゲイの人達... 自分達とは違う人達を、まだまだ変わり者として見てしまう日本社会。そういう人達、そういう人達の親御さん達の気持ちを考えると、切ないです。でも、一番損しているのは、日本社会自体なんですけどね。

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  • 31Aug
    • 不登校やイジメの解決策 (・ω・)b

      私が住むフロリダのオレンジ・カウンティ― (区みたいなサイズの地区) の図書館のサイトにあった写真。少年の髪、なかなかいい感じじゃあないですか。夏休みを終えて学校に行き、クラスメートに見せるのが、さぞかし楽しみだったことでしょう。(フロリダの学校は、とうの昔に始まってる。)私の髪はかなり明るい栗色で、しょっちゅう教員室に呼ばれてた嫌な思い出であるので、反応してしまいましたよ。日本は不登校が大変な問題のようで、本当かどうかわからないけど、夏休みが終わり、学校に戻らないといけない9月1日前後が、一番子供の自殺が多いとか。日本ももっと校則を緩くしたらいいと思うんですけどね。どういう理由であれ、子供達が学校に行くのが楽しみになるなら、子供達の自殺が少しでも減るなら、考慮の価値があると思うんですが。「風紀が乱れる」って、どういうことなんでしょね。子供を二人、服装が自由なアメリカの教育システムで育てた私には、ピンと来ないです。アメリカでも、ズボンをずらして下着が見えるのとか、短過ぎるスカートとか、肩ひもが細いタンクトップとかは禁止だから、そういう風紀の乱れはないですよ。うちの長男は、高校時代、ほとんど毎日、日本の下駄で登校してたんです。時には半パンの上に、家紋の入った羽織を着て行ったことも何度かありましたが、羽織は袖に危険物を隠せるから注意されたらしいけど、基本的に問題はなしでした。校内に虹色の髪の毛の子や、下駄はいてる子がいることで、風紀が乱れるって、私には意味がわかりませんよ。 マジで。それに、制服だからって、勉学に集中できるってものでもないと思うけど。義兄のフランス人の奥さんのお母さんが、高校の数学の先生をしてたんだけど、昔、皆でテーブルを囲んでのワインを飲みながらの会話で、学校の制服の話になった時、「制服は、子供達の個性を殺してしまう!」 と熱く語ってたんですよ。子供達をまとめて指導する立場の教育者が、制服を強く反対すること、日本の感覚が残っていた当時の私には、違和感があったのを覚えています。子供が学校に行くことが楽しみになる理由以外に、日本社会に必要とされるクリエイティビティの素となる、個性が伸びるなら、余計にいいことじゃあないでしょうかね。それに、私の現在の自己満足リサーチ、今、フォーカスしてるのは、イジメや不登校にならないための幼児時期の子育て、なんですが、具体的なことは、いつかまとめてここに書くかも知れませんが、頭ごなしではなく、また、あれこれ親が手や口を出すのではなく、子供に考えさせること、チョイスを与えることが、精神の強い、撃ち負けない子供に育つ秘訣の一つのようなんですよ。学校側がガンっと子供達を抑え込むのではなく、決まりの中で、生徒達にある程度のチョイスする機会を与えることも、同じ効果があるように思います。不登校や子供の自殺、そしてイジメが減り、日本の将来のために、クリエイティブな、精神の強い人間が増える解決策。仕方ないなぁ~、私が文部大臣になるかっ。 (・ω・)b

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  • 30Aug
    • 人... ミャウ情物語

      登場人物 ミャウ物ジェイク: 二年前、シェルターから病弱な仔猫状態でやってきて、私が付きっ切りで看病したため、今でも、明けても暮れても “LOVE マミー” な、家ミャウミャウフィン: 自閉症っぽく、次男以外とはほとんど交流をしない、三年前にシェルターからやってきた、家ミャウミャウウォーウィック: 一年弱前に突然現れ、朝晩エサを上げてる、超人懐っこい外ミャウミャウ次男が付けた名前だが、ビデオゲームのキャラクターらしいザ・ガール: 未だに人間がちょっと怖いみたいだが、朝晩エサを食べに来る外ミャウミャウ唯一のメスなので “ザ・ガール” と呼ばれていて、それがそのまま名前になっているアダム・ドライバー: 飼い主がいる気がするが、エサは食べに来るこれまた人懐こい外ミャウミャウ鼻が俳優のアダム・ドライバーに似てるので、“アダム・ドライバー” とフルネームで呼ばれている*~*~*~*~*~*~*~*~6月のある朝でした。いつものように、朝起きて、家ミャウミャウ達にエサをあげた後、外ミャウミャウにエサを上げようと、勝手口に行くと、黒い固まりがドア越しに。ウォーウィックがちゃっちゃい仔ミャウ一匹、連れてきたんですよ。ウォーウィックは雄だし、二匹は似てないから、どこかで迷っていた仔ミャウを見つけたのかな。猫も、弱いものは守らなければという感情があるんですね。 感動。でも、すばしっこい仔ミャウで、近づくと逃げて、隠れてしまってたんです。どうしようと思いながら、数日、様子を見てたんですが、ウォーウィックだけじゃなく、アダム・ドライバーとザ・ガールも、仔ミャウの面倒をみてるようで、自分達用のエサを、先に仔ミャウに食べさせていたんです。更に感動。うちの林にはアライグマやキツネが住んでるし、大きなワシも来るし、裏の湖にはワニもいるし、シェルターに連れてった方がいいかとも考えたんですけどね。でも、色がめちゃくちゃに混ざっていてるし、ムーミンのミーみたいに険しい目をしてて、こんな仔ミャウを引きとってくれる人はいないんじゃないかと、迷っていたんです。それに、私達なら面倒看てくれると信用し、ウォーウィックがうちに連れてきたんだろうし、外ミャウミャウも皆で世話をしてるのに、シェルターに連れてくだなんて...なんてことを言いながらも、本当は自分が世話したかったんでしょうね。「とりあえず...」 と言いながら、捕まえて、二階の私達のベットルームに入れたんです。ずっと、ベットやソファーの下に隠れていたんですが、5日後くらいかな、夜、突然、ベットに横たわっていた主人にペタっ。それを境に、かなりの甘えん坊ミャウ化し、もう、家族皆でメロメロ。シェルターに連れて行くなんて、とんでもない。フィンとジェイクの名前は、「アドベンチャータイム」 のキャラクターから来てるので、仔ミャウは当然、“ビーモ” ということに。(フィン=少年、ジェイク=黄色い犬、ビーモ=ゲームボーイ?)あばたもエクボで、めちゃくちゃな色だと思って柄も、可愛くてしょうがい。顎の点も、「マリリンモンローのほくろみたい。」 と次男は言います。ミーみたいだった目も、安全な環境で、大事にされるからか、随分と穏やかになり、外ミャウミャウだったビーモ。家ミャウミャウになって、今では家の中からバードウオッチングを楽しんでおられます。自閉症っぽく、一匹でいることが多かったフィンも、ビーモに追い掛け回され、取っ組み合いの相手にされ、毎日、とっても楽しそうなんです。でも、問題は、私のことが好きで好きでしょうがないジェイク。外ミャウミャウが出現し始めた当時、窓越しに、私がエサを上げてる姿を見ただけで、ショックで鬱になり、自分の毛を食いちぎり、ハゲだらけになった時期もあったジェイクは、ビーモの登場で、一切食べなくなったんですよ。水すら飲まないから、注射器で栄養剤の入った水を注射器で飲ませたり、抱っこしては “I LOVE YOU, JAKE. I LOVE YOU VERY MUCH.”まったく、もう。 ( ̄^ ̄)そんなから、ジェイクが昼寝してる時とかだけ、こっそりとビーモと過ごしてたんですが、最近やっと、ジェイクもビーモを受け入れたのか、仕方がないと諦めたのか、三匹一緒に、リスを眺めてる姿など、見かけます。そんなわけで、我が家は人間三人、ミャウミャウ三匹の、ハッピーな家庭になりました。めでたし、めでたし。完

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  • 28Aug
    • やたらお詫びが多い日本人

      日本の会社の、海外の会社との取引の通訳もしてるんですが、文化の違いで、日本の会社の方の日本語を、まるまる訳さない方がいい場合があるんですよ。今、東京の会社とアメリカの会社で一件、揉めている取引があり、メールでのやり取りを通訳してるんですけどね。東京から送られてくる日本語のメールを、英語に訳すんですが、やたら、お詫びが多い。揉めてる原因は確かに日本側の責任なんですが、その会社ではなく、輸入担当の会社の人の英語力の不十分が原因なんです。なのに、「ご迷惑をおかけしています。」日本人ですよね。この東京の会社の方とは、数か月前、アメリカの取引先訪問であちらこちら同行してるし、この前の一時帰国では、マニュアルの翻訳の仕事で、東京の会社に二日ほど行ってるし、かなり打ち解け、仲良くなってて、ちょくちょくライン電話で、愚痴を兼ねて状況を話して下さるので、私は事情を把握してるし、対応のアドバイスも求められるくらいなので、私のことを信用して下さってて、伝えたいことの箇条書きがメールが届き、それを私が手紙の形式にするんですけどね。どれだけ下出に出るべきか、強く出るべきか、私が判断し、お詫びを省き、英語のビジネスレター形式にしていきます。日本語の 「ご迷惑をおかけします。」 、「...をお許しください。」は、ジェスチャー的に、軽く言うじゃあないですか。でも、英語に訳すと真剣なニュアンスになるんですよね。「ごめんなさい。」 も日本では軽く使われるので、私も渡米当時、癖でついつい 「アイム・ソーリー」 って言ってしまい、「なんでヤヤは、いちいち “アイム・ソーリー” って謝るの?」 と、アメリカ人の人達に言われたことが何度かありました。今回の件、やり取りはアメリカ人の営業の人ではなく、直接、社長が相手で、会社訪問で私も会ってるんですが、その社長、不愛想で、無理してまでスマイルはしないロシア人のオッサンで、その上、エンジニアの博士号を持ってる、機械の研究は好きだけど人間はあんまり、なタイプで、おまけに、それを隠す気は全くないタイプ。 (汗)だから余計、日本人のジェスチャー的なお詫び文章をだらだら書くと、イラっとするのが目に見えてるので、とにかく簡潔に、要点を伝えた方がいいと判断したんですよ。キレイごとやおべっかは言えないロシア人のオッサンだけど、自分が造るもの、自分がする仕事に誇りを持っていて、義理とか道徳、日本人と似たところがあるようで、お陰で何とか解決しそうです。もし、東京の会社の人が書く、お詫びだらけのメールをそのまま英訳して送られ、相手がそんなロシア人のオッサンじゃあなかったら、東京の会社が責任を取ることにもなり兼ねなかったんじゃあないかと、ぞっとしますよ。

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  • 21Aug
    • 皆に煙たいアメリカン同僚

      この前、他の同僚から ‟お気の毒に...” という引きつったスマイルを送られながら、スタッフ二人だけのポジションで、煙たがられる同僚と三日間仕事したんですけどね。いろいろムカっと来ることする人なんですが、それ以外に煙たい理由は、自分のことをえんえんえんえんと喋るんですよ。相手にとって退屈な話だとかどうか、お構いなし。「主人 (数か月前に、何度目かの再婚) がジムに行け、行けってうるさいのよ。昨日、床に落ちたフォークを拾ったから、主人にスクワットをしたって言ったの。一度でも、スクワットしたに違いないでしょ? (笑)食べ物も気を付けろって言われるんだけど、今日は朝ご飯はコーヒーだけ。時間がなかったのよ。 昨日、寝るのが遅かったの。主人とテレビ観てて、主人が好きな俳優の...」こんな調子で、えんえんえんえんえんえんと喋るんです。相手が誰彼構わず。若くして日本を出た私は、そんなにたくさん日本人の人を知らないんですが、ADHD系で、空気が読めないんだろうなって感じの人以外では、自分の話をえんえんとする日本人、私は知らないです。あっ、あと、お酒飲んだ時の同級生。 (^_^;)日本人は気を配れる人達だから、普通は、自分中心な会話はしないですよね。逆に、気を配り過ぎで、上手に会話ができない人も多そうです。一時帰国の際にやるグローバルなシーンのビジネスマナーの講座で、相手に少し自分の個人的な面を見せることで、自分とコネクトするチャンスを相手に与える、っていう話をするんですが、商談などで、ビジネスの話以外の無駄話が、大きくビジネス関係に影響し、無駄話は無駄ではないリサーチ結果が出てるんです。日本の人達は気配りし過ぎず、人とコネクトするためにも、もう少し自分のことを喋ってもいいんじゃあないかと思います。ここの大学の心理学の教科書の、文化が背景に発生する特殊な心理的異常の箇所で、日本の引き籠りが書かれて、人と接することに恐怖を感じて家に閉じ籠る心理的異常は、どの文化でもあるけれど、日本の引き籠りの違いは、自分にや、自分の対人関係に自信がないことが理由なんだそうです。常に人に気を配らないといけない文化の日本だから、それがプレッシャーになり、引き籠りが、日本文化独特の心理的異常になってしまうのでしょうね。私にとって面白い話だとかどうとか全く考えず、気を配らず、えんえんえんえんと喋る同僚の話を、彼女の爪の垢を煎じて、日本の人達に飲ませてあげたいな、とぼんやり聞いてた私なのでした。えんえんえんえんえんえん... ( ̄_ ̄ i)

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  • 14Aug
    • 不謹慎なボランティア?

      先月の一時帰国で、私が故郷広島に到着した日に起きた西日本豪雨。一日空きがあったので、Tシャツ からジーンズから一式借りて、参加しましたよ、ボランティア活動。猛暑の中で、泥だらけの電化製品や濡れてカビが湧いた畳を運ぶ作業。さすがの私も何度かくらぁーっとしましたが、でも、人のために働くボランティア活動、与えるものより得るものの方が多い経験でした。イヤっ、得るものが多かったって、充実感とかそういうんじゃなくて、私の場合、本当に、与えるものより得るものが多かったんですよ。 あはっ。誰も知らない、よく知らない地区に、一人でリュックサック背負って行ったんですが、帰りは、リュックは骨董品でいっぱい。集合場所の小学校の体育館に行くと、到着の順で10人組に分けられ、担当の地区のお宅へ、掃除のお手伝いに行ったんですが、被害があった方達に 「今回は大変でしたねぇ。」 と労いの声をかけて、泥がどれくらいの高さまで家に入り込んだとか、大変だったというお話を聞いてたんです。で、ふと、出されてたゴミの山を見ると、古いおにぎり入れが。実は、私はとにかく古い物が大好きで、我が家には、モロッコの義父母から受け継いだ骨董品や、ヨーロッパのブロカントやフリーマーケットで買い集めたアンティーク、(それを、義兄のフランス人の奥さんは、ガラクタだと言いますがね。 (`ε´)  )たくさんあるんですよ。「これ、捨てられるんですか? 頂いてもいいですか?」とお聞きし、古い物が好きなことを言うと、「それは、それは! 持って帰って、持って帰って!」って、逆に喜んで下さったんです。お礼を言って、他の作業をしてたら、後から私を探しに来て下さって、古い煙管入れと煙草入れをたくさん、持ってきて下さいました。調べてみると、庶民は着飾ることを禁止された江戸時代から始まった、男性のファッションらしく、皮や網で作られた煙管 (キセル) 入れは筒差しと呼ばれ、着物の帯に差して、デザインの金具が付いた煙草入れ 、叺 (カマス) をさげてたそうですね。後から知ったんですが、そのお宅は、お醤油さんの老舗のご自宅で、80歳を越されてるご主人は、昔は市会議員をされてたんだそうなんですよ。36度もある猛暑の中で頭くらくらしてたし、汗だくで一生懸命だったので、大きな家だとかどうとか、気が付かなかったんです。(なのに、骨董品には目ざとく気が付いたことは、大きく矛盾。 (;^_^A  )そんな伝統のあるご家庭ですから、古い高価な物もたくさんあって、納めてあった蔵に、泥水が入り込んだらしく、その80歳のご主人のお母様がお嫁に持って来られたという、手で回すミシンも、ゴミに出されてたんです。お母様、20歳でお嫁に来られ、数年後に若くして亡くなられたそうで、お嫁さんに当たる奥様は、「お義母さんのミシンで何か縫いたいと思いながら、結局機会がなかったのよ。」とおっしゃってて、捨ててしまうより、大事にしてくれる人に貰ってもらいたいと、私に下さいました。他にも、お母様のべっ甲のかんざし。コマが五個ある昔のそろばん。徳山の伝統らしい、‟遊山箱” という、いわゆるピクニック用のお弁当箱。それから...新しいお友達。到着順番で、偶然に10人組のチームになった人達と仲良くなり、女性の方とは、次の一時帰国でお茶をする約束も。ほんと、与えるより、よっぽど得るものが多かったボランティアでした。「また、たくさん ガラクタ...アンティークだね。 (^▽^;) 」 スーツケースの中を見て、旦那、ぼそっ。

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  • 13Aug
    • 強い日本の子供達を創るには

      先月の一時帰国で、実家の隣のお婆さんの原爆の話をインタビューしたビデオに、「ヒロシマ・アーカイブ」 のサイトのため、英訳の字幕を入れてて、改めてお婆さんの話を聞き入って、思ったんですけどね。二年前、ここオーランドの街のゲイのナイトクラブで、49人が亡くなった乱射事件があったんですが、その時最初に現場の入った警察官の人達、血だらけの死体が横たわる、すさまじい様子を見て、精神的に参ってしまい、トラウマで仕事が出来なくなってしまったので、勤務中に起きたケガではない、精神的な障害に対しても、手当がおりるように法律が改正された、って話がニュースになったんです。もちろん、私達の生活を守る警察官や消防署の人達なんだから、その法律改正はいいことで、それがどうのこうのじゃないんですけどね。ヒロシマの原爆被害者の証言を残すプロジェクトへの協力を始め、子供の頃からよく知ってる近所のおばさんやおじさん、伯父や伯母から、当時、見たこと、経験したこと、感じたこと、今回初めて聞かせてもらい、初めて、そんなすさまじい経験を潜り抜けて来た人達だったということを知り、ヒロシマの人達は、あんな地獄のような光景を目の当たりにし、我が子、親、友人...大切な人達が、火傷やケガ、病気で苦しむ姿を見て、我が子、親、友人...大切な人達を、一瞬に、いっぺんに、たくさん失い、その後、お腹がすいたり、暑かったり、寒かったり...寂しかったりする、不便で、辛い生活をし、それにも関わらず、普通に近所のおじさん、おばさん、普通に伯父さん、伯母さんを、やってきてらっしゃる。トラウマになったオーランドの警察官の人達の話を考え、ヒロシマの人達の、半端じゃない精神の強さ、そして、故郷広島はそんな人達によって建て直された街であること、今になって、この年で、やっと気が付いたんです。そして、今の、特に日本の子供達、恵まれた環境で生活をしてるのに、不登校になってしまったり、ウツ、引き籠り、そして自殺、どうしてそんなにも、精神が弱くなってしまったんでしょうね。それが今の私の、‟自己満足”リサーチのテーマです。ノートを作って、いろいろ心理学の研究発表、実験や統計を調べ、ハーバード大学とかの心理学の教授のビデオを観たり、本を読んだりしてます。私も尊敬する偉大な人物が言った、「壊れてしまった大人を直すより、強い子供達を創る方が容易い。」という言葉があるんですけどね。ほんと、そうですよね。不登校や引き籠りになってしまったら、軌道に戻すのは大変。どういう子育てをしたら、人生やってたらどうしてもやって来る、辛いこと、悲しいことに対面した時、自分の心の向き方をポジティブに変えて、自分を励まし、乗り越える精神の強さ、子供達に育ててあげれるんでしょうね。自分は過去にどうやってあの不幸をめげずに乗り越えたのか、思い出しながら、いろいろ調べて、考えてます。11月の次の一時帰国で、そんなお話をする依頼がありそうですし、日本のお母さん達や先生達のお役に立てますように。

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  • 08Aug
    • 『日本の子育て 世界の子育て』のこと

      今回の一時帰国で、講座みたいな感じでお話をする機会が、何度かあったんですけどね。広島市内で、おうち保育所/ベビーシッターサービスの会社を経営してて、育児講座を開いたり、最近はメディアにも出ている、育児の超プロのお友達がいましてね。その友達の招待で、『日本の子育て 世界の子育て』 ってのをやったんですよ。私はアメリカの大学で、心理学も少し勉強し、心理学の記事をめちゃ読んで来てますが、ライセンスを取っている育児関係のカウンセラーではありません。ただ、アメリカの、世界中からの移民者の子供達が来てた、息子達の私立の学校で、教えていたり、カフェテリアでボランティアしてたりし、しょっちゅうその子達を、お泊り会やパーティを開いてうちに呼び、それに、何度か日本に連れて行ったりして、何人かの子達の宿題をみてあげてたし、そんな感じで、いろんなバックグラウンドの子供達、親達と親しい関係だったりとか、あと、親戚がモロッコやフランスに居るとか、オーストリアには、何十年の付き合いの親戚のような家族が何組かいるとか、それと、親友がフランス人とかエジプト人とかコロンビア人だとかで、私、科学系の人なんで、観察、分析する癖があるんで、そんな人達の、子供達の様子、親の様子、親子関係、成長後の子供達の様子を見てきて、自分の頭の中にデータがあり、そして、異国で手探りでやった息子二人の子育てを終えて、振り返って、いろいろと反省する点、成功だったと思う点もあるんです。そんな私が見た今の日本の子育てについての思い、お話したんです。似たようなことを、ある会でゲストスピーカーとしてお話したら、その中に、小中学校の教師達の教育、指導される県の方がいらして、私の次の11月の帰国で、是非、教師達の前で話して欲しいと、おっしゃてたんですよ。私がお話した子供の精神力の育成は、アメリカだと完全に親の責任だけど、日本だと、学校も関わらないといけないからなんでしょうね。大変だな、日本の先生は。せっかく、参加者のお母さん達が感想を送って下さったので、ここに記録しておこう。“日本の子育てと世界の子育ての違いに驚きました。子どもを一人で生きれるように育てるのが子育て、という言葉が心に残りました。また、親は子ども為に狭い世界に閉じこもるのではなく、自ら楽しんで生きて行くことも必要だなと感じました。楽しんで子育てをしていきたいです。素敵なお話を聞くことができてよかったです。 ありがとうございました。”“がんばっての言葉、ありがとうございました。自分の中の矛盾など深いところまで伝えられませんでしたが、いつも悩みながらやっている今の状況を後押ししてもらえて何だかスカッとしました。また、今までの子育てで感じてきたことが,、ややさんのお話と共通するものが多く、自信につながりました。母になってもう将来見えた気分にもなっていましたが、やはりまだまだこれからですね。今後も活躍できる何か、探し続けたいと思います。ありがとうございました。”“1歳を目前にして、これからの子育てや自身の生き方についてもやもやしていたので、すごく背中を押される講演でした。妊娠出産で仕事から離れ、これからはしばらくお母さん業に専念しなければ!と井の中の蛙になってしまっていましたが、もう少し柔軟に考えて子育てもしていきたいとおもいます。ありがとうございました。”“今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。知らず知らずのうちに、子育てより自分の目指したいものを優先する事に罪悪感を覚えて、自分自身でブレーキをかけていた事に気づかされました。また、無意識のうちに子どもに手を差し伸べ過ぎていた事にも。弥生さんのお話を聞いて、自分たちのできる範囲でではありますが、なるべく子どもたちに沢山の経験をさせてあげたいな、と思いました。そのためには、母も目指しているものに向かって苦労する事、その姿を見せる事も大切なのかもしれないな、と思いました。”広島在、または、広島へ来られるお母さん、お父さん方、ご利用下されまし。   ↓おうち保育わっか

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  • 05Aug
    • 日本の女の子達に伝えること

      スマホでニュース記事を読んでた主人が、突然、「はあぁ!?」 って。例の、東京医科大が女子受験者の得点を減点してたって話、あまりにも異様なので、アメリカでも取り上げられてました。今時のアメリカは、大学出は男性より女性の方が多いんですよ。なんだかなぁ。 寂しいですね。 大学側の言い分とかも読み、その大学がどうのこうのってより、そういうことが起きてしまう社会が、なんだか、寂しいなと思います。そんな社会で生きる女性達のことを思い、考え込んでしまってるんですよ。というのはですね。 今回の一時帰国中、ある私立の女子高校で、世界平和活動のチーム、30人くらいだったかな、生徒さん達の前でお話しをする機会があったんです。お話の依頼を下さった女性の先生の他に、50代くらいの男性の先生もその場にいらして、アメリカじゃあ考えれないような上からの口調で、生徒さん達に対応されていたんですよ。私の話の後、一人の生徒さんが、「まだ学生の者達が活動をし、何かを起こそうとするということを、 アメリカでは、どういうふうに受けとめられますか?」という、素晴らしい質問があったんです。私、依頼を下さった女性の先生に、男性の先生から苦情が出ることを心配し、「アメリカ社会は年齢を重視しませんから、皆さんのように何かを起こそうとする姿勢は、子供だろうが、大人だろうが、学生だろうが、社会人だろうが、同じように素晴らしいこととして受け止められますよ。」と答えたんです。でも、本当に言いたかったのは、「子供だろうが、大人だろうが、男性だろうが、女性だろうが...」 だったんです。女性の先生から、教員間の男尊女卑の話を聞いてたんで、私らしくもなく、考え過ぎてしまって。そのことを女性の先生に話すと、その男性の先生がいない場で、もう一度、その女子生徒さん達の前で話し、生徒さん達と一緒に写真を撮ることを頼まれ、もう一度、学校に来て欲しいと言われたんです。でも、災害のボランティアもあって、時間がなく、結局行けなかったんです。次に、11月の後半から12月の前半、一時帰国が決まったので、その間にお話しに行きます。その時、あの女子高校生達に、何を言ってあげたらいいんだろう?東京医大みたいなことが起こる社会で、男の先生があんな口調で話する社会で、これから頑張っていく女の子達に、どんな話を聞かせてあげたらいいんだろう?トランプが大統領になり、「頼っていてはいけない! 自分達が立ち上がらなければ!」 と、記録的な数の女性達が、11月に行われる中間選挙に立候補していて、アメリカでは ‟ピンク・ウェイブ” と呼ばれる現象が起きてるんです。私が日本に行くのは、その選挙結果が出る数日後。たくさんの女性が当選し、そのことも含め、女の子達が元気が出る話ができたらいいんですけどね。(DETROIT FREE PRESS)私もこの ‟ピンク猫ハット” 編んで、11月の選挙に行こーっとっ!

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  • 03Aug
    • モロッコ人の愚痴...じゃなく、聞き方の話

      私は直ぐに知らない人とお喋り始め、仲良くなるんで、いろんな為になる話を聞かせてもらうこと、よくあるんですよ。助けもなく一人でやった異国の地での子育ても、世界中のいろんな人達の話を、いいお手本、良くないお手本にして、やってきたようなもんで、シェアしてもらった話を基にして、私は人生ここまでやってきたようなもんなんです。それは、私が話しかけて話上手だからじゃなく、話を聞くのが上手なのかな、と、今回、広島の原爆被爆者さんの証言集めのボランティアをして、自分のインタビューのビデオを編集しながら、思ったんですよ。最初は打ち解けてない、乗り気じゃない様子だけど、どんどんとリラックスされ、気持ちや思いを語って下さる被爆者さんは、当然、カメラの反対側にいる私の顔を見ながら、話をして下さったわけです。私は大体が人の話を聞くのが好きなので、意識はしてなかったんだけど、「へーー。」、「あああ、そうなんですねぇ。」、「はい、はい、はい。」 って、ビデオ観ると、一生懸命に聞いてるんですよ、私。カメラには捉えられてないけど、目を大きく見開いたり、うなずいたり、微笑んだり、口を覆ったりも、演技じゃなく、してたような気がします。そういうことで、話し方に話をし易くさせ、いろんなことを引き出させ、大切な話もシェアしてもらえるんでしょうね。いや、実はね。  私がこの、聞くってことの大切さ、人の話の聞き方ってのに、やたら執着があるのは、モロッコ人の主人の文化、人の話をちゃんと聞かないんですよ。私が何か話してて、主人、一応こっちは見てるだけど、相槌さえない、反応ゼロで、話終えても、私の言ったことになんのフィードバックもなく、何もなかったかのように、全く関連のない話をし始めたりするんです。「私が言ったこと、聞こえたの?!」 と言っても、「ああ、聞いたよ。」 と悪気なし。まあ、結婚20数年間にわたる私の大文句に、最近はだいぶマシになりましたけどね。モロッコ人皆がそうじゃあないけど、聞き下手な文化みたいです。主人の友達に、高い学歴があり、アメリカの大手の銀行の重役の人がいるんですが、そんな彼でも、彼が質問をしてきたので、私がその質問に対して説明し始めると、やっぱり、私の話の途中で、全く別の話を始めるんです。その重役の友達に、私、「あ・の・ねっ!」 って、めちゃ説教してやりましたよ。 ええ。まあ、モロッコ人は皆、ADHD (日本で大袈裟にいう ‟発達障害” ね。) っぽいから、人の長めの話には、直ぐ飽きてしまうんだろうけど。 ブツブツブツ。うう、いい話が、モロッコ人の文句になってきた。なわけで、そんな環境で暮らす私は、人の話を聞くってことをすごく意識をしていて、ちゃんと聞くこと、聞かないことが、相手の心理にどう影響するかは、日々、身をもって感じてるので、聞くってことを無意識に大切にしてるんだと思います。いや、本当に、上手に話すだけでなく、上手に聞くことも、コミュニケーションにはとても大事なことなんだと思うんですよ。上手に聞いてあげなきゃね。このビデオにこれから私が英語の字幕を入れ、「ヒロシマ・アーカイブ」 のウェッブサイトに載せられます。プロジェクト・リーダーの東大の教授、たくさんインタビューや取材を受けたということなので、8月6日から終戦記念日にかけ、テレビや新聞でこの活動のこと、見かける方も多いと思いますよ。話を聞いて欲しいと思われる、広島の被爆者の方をご存知でしたら、ご連絡下さいね。

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  • 31Jul
    • 日本大好きの外国人からのお願い

      大雨災害でアクセスが遮断され、到着した広島空港から出られなくなった時、私は恵まれたことに、一番に会議室に通してもらい、二晩過ごしたんですけどね。そこでお友達になった二組のインド人家族の、お父さんの人が言っていたことなんです。インド人っと言っても、30年も日本に住んでる人で、私より日本が長く、日本に到着したばかりで日本語が出て来ない私の通訳してくれたくらい、日本語が上手な人。奥さんもインド人だけど、大学生と高校生の子供達は日本生まれの日本育ち。何にもすることがない二日間、ずっと一緒だったんで、あれこれ語り合ったんです。今から考えると不謹慎なんですが、外で起こっている事態がわかってなかったんで、ロビーのお土産屋さんで、広島のお土産用に売ってる日本酒を買ってきて、それぞれ持ってるスナックをスーツケースから出し、皆で宴会もしてました。一生どこにも行きたくないくらい日本が大好きだそうで、だから、日本の将来が心配らしく、同じ部屋で寝泊まりしていた、小さな女の子を連れた若い夫婦に、熱心に言ってたんです。「日本、すごくいい国なんだけど、一つだけ変わって欲しいことがあるんです。 皆、同じじゃないといけないという考え方。」子供達は皆、インド人学校に行ってる、行ってたそうなんですが、今はボストンの大学に行っている男の子は、小学生一年だけ、日本の小学校に行ったそうです。その子、日本の小学校で下駄箱に靴を入れる時、靴を前向きに入れたんだそうです。そしたら、先生に後ろ向きに入れるように注意されて、彼は、素直な気持ちで、どうして前向きだといけないのか訊くと、先生の説明は、皆そうしてるからそうしないといけない、だったんだそうです。皆が同じだと、新しいアイデアも生まれない。いろんな考え方があるから、社会が成長するんだと、そのインド人のお父さんは言うんです。「僕は日本が大好きだから言ってるんです。今、世界で遅れている日本の将来のためには、子育てを変えないといけない。お父さん、お母さんが頑張らないといけないんです。子供さんの個性を守ってあげて下さい。」 って。私もそうですけど、一歩離れて日本を見ると、そこなんですよね。個々の個性への考え方、随分変わってきたとは思うんですが。息子さんが発達障害って、障害者にされてる友達がいるんですが、いい大学の、えっと、工業学部だったかな? を出て、就職したんだけど、会社がその子を変わり者扱いをし、結局辞めて、今は障害者の人達が働くところに行ってるんです。その話を聞いた時、最初に思ったことは、まず、「今みたいな日本で大学まで出させたなんて、友達、子供を守ったんだな。すごいな。」 ってことと、あと、「才能をなんて勿体ないことを!」 ということでした。友達がグーグル社と繋がりがあるんですが、グーグル社は、開発部の多くは、日本だと ”障害者” 扱いされるような人達で、平均的な人達ではできないことを考え出すんだそうです。確かに、そういう人達をまとめるには大変らしいけど、そういう人達の才能をちゃんと理解し、大切にしてるから、企業が世界をリードするものが作り出せれるのでしょうね。えーと、どこの会社だったかな? 誰もが知る日本の大手の電機か通信関係の会社。東京でお招きを受けたホームパーティで同席したんですが、クリエイティビティ―も元気もなくて、新しい物を作ることは諦めて、ソリューション... (すでに存在するシステムの問題を解決することや、向上するビジネスっていう意味で使うらしい。)の会社になってると、こぼしてらっしゃいました。友達の息子さんのような平均的じゃあない人達の才能を、大事にすればいいのに。大体、ADHD を 「発達障害」 って障害にしていることが信じれん。私、こんなこと書いて、日本の人にどうしろって言うんだろう? って、書いてみたけど、アップしようかどうか、迷ったんです。でもね、ほんと、これって、そのインド人の人が言ってたように、お父さん、お母さん達のレベルから、変えていくしかない問題だと思うんですよね。政府よりも、学校よりも。だから、読んでもらってもいいかなーっと思って、迷った挙句、アップすることにします。

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  • 26Jul
    • 寸前のハグ

      フロリダに帰ってきました。日本を発つ寸前に、目が潤んだ話です。ここに書きましたが、ちょうど西日本の大雨の夜に、私は広島空港に到着し、山の中にある空港の周りでひどい被害があり、高速道路を含め、交通機関が遮断され、空港で二晩過ごすことになりました。自然による災害で、空港には一切責任がないにも関わらず、スタッフの方達も自宅に帰れない状態、自宅や家族が大変な状態にも関わらず、一生懸命に私達に親切にして頂き、毛布や寝袋、非常食を配って下さったんです。翌日は、どうにか通行できる危険な道を使って、お弁当やおむすびの配達を手配して下さいました。お詫びや労いの言葉が絶えませんでした。二日後、市による最寄りの新幹線の駅までの無料臨時バスが出され、外の様子を把握し、空港で過ごせた私達の方は、食べ物の心配はなく、クーラーの効いた心地好い場所で、安全に過ごし、恵まれていたことを悟りました。日本に住んでる方達にはこんなサービスは当たり前で、なんとも感じず、日程が崩れたことで、空港や航空会社を責めたい人もいるのかも知れませんが、私は感謝でいっぱいでした。3週間弱、故郷の広島や仕事などで東京で過ごした後、被害の様子をリムジンバスの窓から見ながら、フロリダへ帰るために、広島空港に戻ってきってきて、案内所にでも行って、あの時の親切のお礼をするつもりだったんです。でも、残念なことに、チェックインであれこれ時間がかかってしまって、直ぐに搭乗しないといけない時間となり、がっかりした思いで、ゲートを通過し、飛行機のドアへのボーディング・ブリッジを歩いていたんです。すると、向こうから歩いてくるJALの制服を着た、可愛らしい若い女性が、「アメリカへお帰りですか?」 と。その飛行機は、乗り換えの上海までなので、どうしてアメリカに帰ることが分かるんだろうと、首を傾げていると、「お着きの時、お会いしました。」 と。たぶん、到着の時、大雨の被害で空港から出れないことを知った時、私はアメリカ在で英語ができるので、不安だろう外国人観光客に事情を説明をすることを申し出て、そして、スタッフの方達も自宅に帰れず、空港で夜を過ごさないといけないことを心配して、声をかけた方だったんだと思います。アメリカに帰る前に、感謝の気持ちを伝える時間がないことを残念に思っていた私は、「私ね、空港の方達にお礼を言いたかったんです!皆さんに私の感謝の気持ちをお伝えください!日本っていいな、日本人っていいなって、思ったんですよ。ありがとうございました。スタッフの方達、今からまだまだ、公私、ご不便なことがあると思いますが、頑張って下さいね。」って、どーーーっと喋ったんです。そしたら、その若いスタッフの女性、ハグして下さったんです。故郷を発つ飛行機に乗る直前の、見知らぬ故郷の方からのハグ、目が潤みました。「また、帰ってきますね。」 って、お別れしました。お名前を聞いておけばよかった。次回も、広島空港着の便で帰り、その方を探そうと思います。

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  • 07Jul
    • 広島空港暮らしなう

      昨夜、広島空港に着いたんですが、この大雨で、空港周囲の高速は通行止めだし、電車もバスも全て不通になってるし、動けないんですよ。でも、大丈夫。 結構、楽しくやっています。なるようにしかならないわけだから、気をもんでも仕方がない。空港に着いて、荷物待ってる間に、空港のスタッフさんとお喋りしてて、「私、英語ができるので、外国人の方達が不安でしょうから、説明係をしてもいいですよ。」と申し出たら、感謝してもらい、空港内の二階の会議室に一番に案内され、ソファーを使わせてもらってます。床で寝られた方達には申し訳なかったんですが、ぐっすり眠れました。私の後に、会議室に30人くらい来られたんですが、ご近所さんは東京在のインド人一家。仲良しになって、日本に暮らす外国人の話を聞かせてもらえ、面白いですし、部屋にいらっしゃるお爺さんお婆さんのために、一階に行っては情報を集めて報告係も楽しい。あとは、一般ゴミ、リサイクルゴミの袋や箱、寝袋、毛布返還箱を設置し、部屋の美化委員をやってます。よその国で、ワールドカップの後の掃除ができる日本人なのに、母国で、それもお世話になった空港の部屋の掃除ができんでどうするんじゃ?!この空港の周囲の地域は被害がすごいらしく、復旧の見込みがないようです。もう一泊かな。でも、空港の方達が用意して下さるビスケットも、五年も保つというご飯もんも、意外に美味しく、本当にありがたいんだけど、早く、粒餡たっぷりの草餅食べたいなあ~。

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プロフィール

フロリダのヤヤ

誕生日:
1966年3月28日
お住まいの地域:
海外
自己紹介:
長年、全く英語だけの生活をしてきまして、最近、日本語復帰しましたので、言葉のチョイスを間違うことがあ...

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