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特に収穫もないまま、C弁護士の尋問は終わりました。

いよいよ私の順番です。

 

私は深呼吸して全身の力を抜き、穏やかな口調でマツオカに質問を始めました。

「マツオカさん、緊張していますか?」

「全然」

「今回の事故で頭を打っていませんか?記憶障害のようなことはありませんか?」

「特にない」

「今回の事故以外にも、記憶障害のおこるような事故や病気は特にありませんね?」

「ない」

「よかったです。では申し訳ありませんが、今回の事故のことに前に、先ほどC弁護士から指摘のあった前の事故について簡単に聞きますね。

前の事故はあなたが一方的に悪い事故でしたか?」

「いや、相手が悪い事故だったから入院費、慰謝料も払ってもらったんだろ?おまえ、何をいってるの?」(にやにや)

「なるほど、すみません。加害者は知り合いでしたか?」

「いいや、知らんやつ」

「休業損害も払ってもらった、とうことですから、お仕事にも影響あったのですね。大変だったのではないですか?」

「おう!迷惑だったわ!しょうもないこと聞くな!」

「そうですね、知らないやつに突然車をぶつけられたら腹も立つでしょうね。

今も思い出して大声になるくらいですもんね。

当時はとても腹が立ったでしょう。『なんで俺が入院までしないといけないんだ』と思ったのではないですか?それとも病院は居心地よかったですか?」

「そんなわけないやろ!むかついてたわ!」

「むかついていた。なるほど。1日の入院でなかったようですから、その期間は『早く退院したい』と思っていたのでしょうね。」

「ずっと思ってたわ!毎日な!」

「退院まで長かったでしょうね。仕事の段取りも大変だったのではないですか?」

「そうだ!あのときはあちこち電話して謝り倒したわ!今思い出しても腹が立つ!」

 

ここで、C弁護士を指さし、私は声のトーンを下げ、言いました。

「でも、あなたがさきほどC弁護士に言った話では、それも全部覚えていないんだよね。」

「・・・・」

マツオカは何か言おうとしましたが、言葉を詰まらせました。

 

「あなたはさっき、C弁護士の質問に、『そんなことあったかな』『覚えていない』と繰り返していたよね。たとえば、さっきの話では・・」

私はメモしていたさきほどのC弁護士の質問とマツオカの答えを一つ一つ取り上げ、マツオカに投げかけました。

「こう言っていたよね?はっきりと。」

マツオカの答えを待たず、更に続けます。

「本当に偶然事故に遭い、理不尽に痛い目に遭い、入院させられて仕事にも影響があったのなら、さきほどあなたの言うようにむかついて当然です。

しかし、あなたは実際にはC弁護士に繰り返したように『前の事故は覚えていない程度の経験』だったわけだよね?」

 

私はここから、ジャケットを脱ぎ、言葉遣いを変え、一気にマツオカにたたみかけます。

マツオカはいつの間にか下を向き、答えません。

かすかに震え始めているのもわかります。

 

私は証言台に近づき、そして、マツオカの前でしゃがみました。

そして、うつむいているマツオカの顔を下からのぞき込みました。

「顔を上げて、答えてくれる?」

 

裁判官の反応を確認するため、裁判官の方向を見ました。

裁判官にはこのような態度を嫌う人もいます。

しかし、裁判官は黙ってマツオカを見つめています。

私はそのまま尋問を続けました。

 

おそるおそる顔を上げるマツオカの斜め前に立ち、言いました。

「あなたはさきほど、C弁護士の質問には『覚えていない』を連発していたよね。

しかし私の同じ質問には一転。具体的に話した。

つまり、どちらかが嘘か、またはどちらも嘘かのいずれになる。

あなたは、『特に緊張もなく』『記憶に問題もない』にもかかわらず、裁判官の前で、明確に、嘘を言ったんだよね?」

私は「嘘」という言葉を強調して言いました。

 

裁判官は自分を引き合いに出されることをいやがることが多いのです。

しかし、ここが勝負所。

私は裁判官の反応を確認しようと裁判官の方に振り返ろうとしたときです。

裁判官は態度の急変したマツオカを見つめながら、静かにこう言ったのです。

「裁判官に嘘を言ったのですか?」

 

裁判官も思わず口をついて出てきた言葉だったと思います。

後にも先にも、裁判官が尋問中にこのような発言をしたことは聞いたことがありません。

 

マツオカはその後、硬直したままほとんどしゃべれなくなりました。

普段から適当なことを思いつきでしゃべり、弱い相手には強く出て、小ずるく立ち回っていたような人間は、予想外の追い詰められ方をすると非常にもろいものです。

 

答えられなくなったマツオカ、ここからが重要です。

言葉のチョイスを間違うと全然違った結果になります。

逆にこの場に合った質問の仕方をすれば、こちらの思うようにマツオカは行動してくれます。

私はマツオカの表情や手の動き、体の動きをみながら、最大限に頭を回転させます。

 

私はさきほどのC弁護士からの質問に対するマツオカの回答を更に取り上げ、慎重に言葉を選びながら、時には丁寧に、時にはぞんざいに、マツオカに質問をぶつけました。

再び震えながら下を向いたマツオカは、私の質問に全く抵抗できず、ほとんど黙ったままとなりました。

いよいよ仕上げになります。

「前の事故もわざと起こしたものであれば、あなたが前の事故のことやその後の入院のことを説明できないのは当然です。」

「・・・・」

「前の事故をわざと起こしたことは否定しないんだね。」

「・・・・」

「あなたは、フジモトさんに連絡し、今回の事故を作り出した。これに反論できる?」

「・・・・」

「尋問を終わります。」

 

「タタキ」とは「徹底的に追い詰め、戦意を喪失させる」方法です。

反対尋問の場合、通常は証人の矛盾を引き出せば、それで目的は達します。

しかし、今回は本件事故ではなく、直接は関係ない「前回事故」を材料とします。

そのため、マツオカが戦意喪失するまで徹底的に追い詰め、今回事故について反論できなくなる状態を作ることに挑戦したわけです。

また、今回の相手はマツオカだけでなく、そのあとにカメヤマも控えています。

マツオカを尋問しながら、カメヤマにも私がどのように尋問するのかを見せ、同じくカメヤマにも戦意喪失させることにも挑戦しました。

「タタキ」は一歩間違うとこちらの目的を達成できないだけでなく、むしろマイナスの結果を生むこともあります。

もちろん、「証人を侮辱した」と評価されると別の問題にもなりかねません。

しかし、今回はこの方法しかないと、チャレンジすることにしたのです。

マツオカにもむかついていましたしね。

 

その後、もう一度マツオカの代理人弁護士からの尋問になりましたが、あせった代理人弁護士は誘導尋問によりマツオカに有利な回答を引き出そうとします。

私はそのたびに「異議あり!」を連発し、質問を封じこめました。

特に挽回することなく、相手弁護士の質問は終わりました。

 

マツオカの尋問の様子を見ていたカメヤマは、尋問の初めのうちはマツオカと同様、にやにやしていました。

しかし、おそらくマツオカがカメヤマの兄貴分だったのでしょう。

その兄貴分の様子をみて、すっかり戦意を失ってくれました。

マツオカの尋問終了時には、カメヤマはすっかりおとなしくなってしまい、結果はマツオカとほぼ変わらないものでした。

 

**************

 

判決は、マツオカやカメヤマが故意に本件事故を作り出したことを認めて両名を断罪し、もちろん両名の請求を棄却する、私たちが求めた内容そのものでした。

 

本件は原告両名とも控訴せず、このまま判決が確定しました。

とても思い出深い裁判となりました。