「先生、偽装事故の案件なのですが・・」
ある日、A保険会社の担当者が訪ねてきました。
私のところには、「故意に事故を起こし、保険金を請求しているのではないか?」と「疑われる」案件のご相談は多くあります。
そのような場合には、多くは「偽装事故かどうかを解明してほしい」という依頼なのですが、その日の相談は少し変わっていました。
「実は、事故を起こした当事者が『わざとぶつけました』と言っているんです。」
「それなら私の出番はなさそうですよね。」
「いや、それが・・」
「詳しく教えて下さい。」
A保険会社の担当者の説明は以下のようなものでした。
**********************
当社の契約者はフジモトさん(仮名)という28歳の男性です。
当初、フジモトさんからは、
「赤信号を見落として交差点に進入してしまい、青信号で交差点に進入してきた車と衝突してしまった」
との事故報告がありました。
そこで、当社は、衝突した車に乗っていてケガをしたというマツオカさん、カメヤマさん(いずれも仮名)という男性に、治療費や休業損害を支払っていました。
しかし、事故から3カ月くらい経ったあと、突然フジモトさんが思い詰めた顔で当社を訪ねてきて、
「実はあの事故は先輩に命令されてわざと起こした事故なんです・・」
と告白してきたのです。
フジモトさんの説明は次のようなものでした。
「実は、マツオカさんは僕の高校の時の先輩なんです。
高校生の頃からマツオカさんには頭が上がらず、いいように使われていました。
あの日はマツオカさんに『車で○○まで来い』と呼び出されて、そこに行きましたら、『赤信号で交差点に入ってこい。それで俺の車にぶつけろ』と言われたのです。
驚いてはじめは断ったのですが、『黙って言うことを聞け!』と怒鳴られ、怖くなって言う通りにしました。
車はほとんど通らない道だとはいえ、恐る恐る交差点に進入したら、右側からマツオカさんの車が飛び出してきて、マツオカさんの車にぶつけてしまいました・・。
マツオカさんはニヤニヤしながら降りてきて、『保険会社に連絡しろ』『俺のことは知らないことにしろ』と言ってきたのです。
いつの間にか見たことのない人が寄ってきて、マツオカさんに『こいつも車に乗っていたことにしろ』と言い出して・・・
怖くなって言うことを聞いてしまったのですが、だんだん怖くなって・・・」
そこで、当社としてどう対応すればよいかと思い、相談に来ました。
フジモトさんが言っていることは本当だと思いますが、フジモトさんが言っているだけで、マツオカさんが否定すれば、それ以上の証拠はありません。
どうしたらいいでしょうか。
*************************
私はこの話を聞いて悩みました。
さて、どうしたものでしょうか。
とりあえず私は、フジモトさんと面談し、説明を聞きました。
フジモトさんの携帯電話の履歴はすでに残っておらず、残念ながら事故前にマツオカと話したことは確認できませんでした。
しかし、フジモトさんの説明する事故状況はフジモトさんの乗っていた車の損傷状況、マツオカの車の損傷にも合致しますし(損傷状態からは、衝突時にそれほど速度が出ていなかったことがわかりました)、何よりフジモトさんが、逮捕の可能性もあるのに、わざわざ保険会社に「保険金詐欺をした」と嘘の報告をする必要もありません。
しかし、マツオカ、カメヤマに
「保険金は支払わない」
と通知すべきかどうかについては本当に悩みました。
というのも、車両損傷に合致するとはいえ、実質的に「フジモトさんの告白」のみが主な証拠で、それ以外の確たる証拠はなかったからです。
おそらく、マツオカ、カメヤマも、
「偽装事故の証拠は薄い」
ことはわかっているでしょう。
「自分たちが偽装事故と認めなければ、偽装事故の立証はできない」
と考えるでしょう。
ですから、「支払い拒絶通知」を送っても、マツオカ、カメヤマは裁判を起こしてくるはずです。
その裁判で勝てる可能性が高いとはいえません。
しかし、フジモトさんの必死の告白を受けておいて、マツオカ、カメヤマに賠償金を支払うことはできません。
そんなことをすれば、まじめな他の契約者さんたちに顔向けができません。
A保険会社と協議の結果、私は、マツオカ、カメヤマ両名に、A保険会社の代理人として、
「損害賠償金はお支払いできません」
と通知しました。
それから1ヶ月後、
原告をマツオカ、カメヤマ、
被告をフジモトさん、A保険会社、マツオカの加入していたB保険会社、
とした裁判が提起され、訴状が届きました。