「ばあちゃんはね。小さい頃から風呂焚きが上手だとみんなに褒められてたんよ!」「ばあちゃん本当すごいや!めちゃ上手!」 

 小学生の頃、風呂焚き場で祖母ハギの横にちょこんと座り、ハギがマッチをすって薪や豆殻に火をおこし風呂を焚く姿をよく観ていた。

 小さな僕は 湯加減が気になって何度も確かめに行ったものだ。蓋を開け手を突っ込み もうちょっとかな?と戻って来て祖母に報告。「まだぬるかったやろう」と微笑むハギ。祖母と共に火を眺める至福の時間だった。

 風呂焚き場には、長さ30cm程の火吹竹(ひふきだけ)なる専用の古い道具があった。頬をいっぱいに膨らませ長く息を吹く間、先端の細い穴から 空気が勢いよく出続ける!
 その魔法の道具を使うと炎が簡単に強くなるのが面白く「ばあちゃん、貸して!貸して‼︎」と何度もせがんだ。

 いっしょに沸かしていっしょに入るハギとの風呂。勢いよく立つ湯気。天井につく水滴。時折落ちて来るその雫さえも冷たくて気持ち良かった。

 湯船の中で数を数えること以外にも、ハギは、遊びを教えてくれた。濡れたタオルをポンと投げ出し湯船に広げる。風船みたいに端をたぐりよせ手のひらで絞りそぉーと沈める。タオル内にうまく閉じ込めた空気を湯船の中で長めに軽くぎゅーっと絞るとブクブクと小さな泡が出続ける。
 得意げにハギの顔を見ると、ハギはいつも優しく微笑んで褒めてくれた。

 湯船で「極楽♪極楽♫」と口にしていたハギはいつしか本当の極楽に行ってしまった。

 小学校高学年になった時、下にうっすらと生え始めた毛が恥ずかしくなって一緒に入るの突然やめた。祖母との楽しいお風呂の時間は、それっきり終わってしまった。

 時は随分と流れた・・・

「ピピピ!熱いお湯が出ます。ご注意下さい。」エコキュートの足し湯のボタンを押すと 機械的な女性の音声が流れ 下から熱いお湯が出てくる。

 設置当初 なんと凄いのだ!とその便利な仕組みと熱いお湯にとても感激した。が、その感激も慣れと共に薄れていった。
 
 なぜ熱い祖母のお湯は 体の奥から温まったのだろう?このお湯と何が違うのだろう?

 長年の疑問に導き出したひとつの答え

 熱は 祖母の愛 だった

 愛は熱量 なのかもしれない

 便利な電化風呂に入る毎日だが 祖母が焚いてくれた熱いお湯を懐かしく想いこっそりへこむ時がある。