ケネディと選挙と理想と、
選挙(第48回衆議院)の公示がされ、街頭もにぎやかになってきました。
選挙というと、いつもケネディを思います。
彼は理想を求め、夢を見ることの重要さを教えてくれた政治家だからです。
彼の就任演説でそれが分かります。そして実際それらを実行し実現した政治家だったのだから凄いです。政治家を目指す人には彼の信条を倣ってほしいと切に願っています。
『私の掲げる政策は、最初の100日間で成し遂げられるものではありません。 1,000日でも、政権の任期中でも、あるいはこの地球上に我々が生きている間でさえ、成し遂げられるものではないでしょう。しかし、それでも始めようではありませんか。』
このような呼びかけで、核の恐怖から平和の希求、人種差別撤廃、そして対立でなく融和と協調の道を探り、個人の力の結集による人類の夢の実現に向かう、そんな政治を始めたからです。
最近の世界の政治は、都民ファーストやアメリカファーストの政治が蔓延し、実に嘆かわしい、いや、恥ずかしい政治になってきました。
》どの政治家が理想を追求しているのか、》どの政策が夢に向かっているのか、》どの人がケネディを倣っているか、僕の投票選択基準はその3点です。
介護も政治も、すべからく人間は理想を目指さないといけません。夢を持たなくなっては、人類の未来がなくなるからです。
理想を求めて、夢を見ましょう。
参照:NHKカルチャーラジオ「ケネディと日本」 土田 宏
(ケネディの就任演説の部分を参照させていただきました)
高齢者介護は「人」の未来を預かる仕事
ディサービスで、、
80+ぅん歳のOさんは、実にのりがイイ。
何かとトイレに行くのは好きでない人が多い中、、、
「お富、カワラへ参ろうぞ!」と頃を見計らい歌舞伎風にお誘いすると、
『連れて行ってくれるかェえ』などと、これまた節をつけてあわせてくれる。
「いざ、参ろうぞ、お手を・・」
『お手を・・・』な~んて言いながら、手引歩行でトイレに行く。
トイレで、、、
『お仕事とはいえ大変だね、、申し訳ないね、
こんな婆のお世話をしてもらって、、、、
、、、もう少し勉強していたなら、こんなことをしなくてもすんだろうにね、、
・・・申し訳ないね、、。』
当方「・・・エ、、、」
「Oさんさ、、勉強したからこそ、この仕事しているんだよ」
「お年寄りは我らの未来でしょう、その未来がみじめだったら、
人間、、みじめじゃない。Oさんは我らの未来なんだからね、
幸せに過ごしてもらわなくっちゃ、、」
『へー、、そうなのか、、あんたイイこというよ、まったくだね』
「そうなんだよ、、、」
「では、もどるぞえ」
『かたじけない、かたじ けな~い』と言いながら、トイレから戻っていく。
でも、本当にそうなんだよね、
高齢者介護は、「人」の未来を預かる仕事、
大変のは確かだけれど、
未来のためにも頑張らなくっちゃ。
80+ぅん歳のOさんは、実にのりがイイ。
何かとトイレに行くのは好きでない人が多い中、、、
「お富、カワラへ参ろうぞ!」と頃を見計らい歌舞伎風にお誘いすると、
『連れて行ってくれるかェえ』などと、これまた節をつけてあわせてくれる。
「いざ、参ろうぞ、お手を・・」
『お手を・・・』な~んて言いながら、手引歩行でトイレに行く。
トイレで、、、
『お仕事とはいえ大変だね、、申し訳ないね、
こんな婆のお世話をしてもらって、、、、
、、、もう少し勉強していたなら、こんなことをしなくてもすんだろうにね、、
・・・申し訳ないね、、。』
当方「・・・エ、、、」
「Oさんさ、、勉強したからこそ、この仕事しているんだよ」
「お年寄りは我らの未来でしょう、その未来がみじめだったら、
人間、、みじめじゃない。Oさんは我らの未来なんだからね、
幸せに過ごしてもらわなくっちゃ、、」
『へー、、そうなのか、、あんたイイこというよ、まったくだね』
「そうなんだよ、、、」
「では、もどるぞえ」
『かたじけない、かたじ けな~い』と言いながら、トイレから戻っていく。
でも、本当にそうなんだよね、
高齢者介護は、「人」の未来を預かる仕事、
大変のは確かだけれど、
未来のためにも頑張らなくっちゃ。
どこかへ行きたい、ここじゃないどこかへ、、、
どこかへ行きたい願望って、、誰でも持っていると思う。
だからアレだけ多くのツーリスト会社があって、、、
飛行機も毎日飛び交って、、、
街も賑わっているような(これは少し違うかな?)
ともかく「ここ」ではない「どこか」へ行きたい。
時として「行かなければならない」そういう本能があるのだと思う。
高齢者の徘徊とか、認知症の人が家の中でそわそわするとか、
デイサービスの施設から出たがるとか、
この本能が影響しているのではと、最近感じる。
その裏付けとして、、歩いたり、来るまでどこかへ向かっている時は、
どんなに手のかかる人でも、気分よさそうに歩いたり、車窓から外を見たり、、、
でも目的地についてしばらくすると、またどこかへ行きたくなったり、、
そんな時、『いったい、どこへ行きたいのよ。ハッキリしてよ』とか、
だからアレだけ多くのツーリスト会社があって、、、
飛行機も毎日飛び交って、、、
街も賑わっているような(これは少し違うかな?)
ともかく「ここ」ではない「どこか」へ行きたい。
時として「行かなければならない」そういう本能があるのだと思う。
高齢者の徘徊とか、認知症の人が家の中でそわそわするとか、
デイサービスの施設から出たがるとか、
この本能が影響しているのではと、最近感じる。
その裏付けとして、、歩いたり、来るまでどこかへ向かっている時は、
どんなに手のかかる人でも、気分よさそうに歩いたり、車窓から外を見たり、、、
でも目的地についてしばらくすると、またどこかへ行きたくなったり、、
そんな時、『いったい、どこへ行きたいのよ。ハッキリしてよ』とか、
