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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

ファーガソンの薫陶 勝利をもぎ取るための名将の心がまえ/幻冬舎
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facebookで誰かが紹介していたので、即買い。

さいきんは、読書ブーム。

ちょっと、英語の勉強はスピードを緩めて、いろんな本を読む時期にしている。

ご存知、サー・アレックス・ファーガソン。

プレミアの名門、マンチェスターユナイテッドを、かれこれ26年もの長きに渡って率いている、サッカー界の生きる伝説。

彼は、スーパースターをどうやってまとめ、長期政権を築き上げてきたのか。

いろいろ、諭されるところはあったが、ひとことでいえば、彼は、一貫している。

特別扱いは、しない。

規律をつくる。

家族のように、接する。

サッカーだけでなく、生活全般にわたって世話をする。

その後の人生でさえ、ときにはフォローする。

メディアを効果的に使う。

信念を曲げない。

そして、なにより、

今の状態に、満足しない。

プロフェッショナルだなぁ、と、ほんとに思う。

私も、こんな、プロフェッショナルでありたい。

仕事がしっかりと評価を受ける場所にいたい、と思う。

ひとつ、少し心躍ったのが、私とファーガソンは、誕生日が同じだということ。

12月31日。大晦日だ。

ぜんぜん意味なんか無くっても

それだけで、「俺もファーガソンのように!」と思えるくらい単純で、いいと思う。

うし。

さいきんは、もっぱらモン8ばかり聞いている。

カヴァー曲。沖縄アレンジ。いいね。

街場のアメリカ論 (文春文庫)/文藝春秋
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読書の秋。

ちょっと、集中的に内田樹さんを読んでみた。


なんつーのかな、批判的思考を、持たないと、やっぱ、駄目ですよね。


大人は武器を持たない、なんていうけど、ガンガンぶっ放していかないと。

いいじゃない。それで、居場所がなくなっても。

そんな居場所、こっちから願い下げだって。



さてさて、



アメリカ論。

日本人の、アメリカ学者の語るアメリカは、矛盾している、いや、矛盾を内包せずには、語れない、と、著者は言う。


なぜか。



日本は、アメリカを非難しながら、アメリカに擦り寄っている、という状況があるから。


アメリカを批判するけれど、アメリカ無しでは生きて行けない、という状況があるから。



そこで、専門家ではない著者が、いっちょ、語ってみるか、ということになった本。


テーマは多岐にわたるが、政治関連のところがおもしろかった。



アメリカは、他の国家と違って、移民国家。

そこにあった歴史や民族とはまったく関係なしに、イチから国を作ってしまった。

だから、はじめに、「国家」という理想があって、はじまった。


民族がだんだんと団結して国を作ったのではなくて、はじめから完全な理想の基に作成された国家である。


はじめから完璧なのだから、それを崩す必要は無い。


しかし、リーダーは必要だ。


でも、リーダーに、リーダーたる資質は必要ない。だって、はじめっから完璧な国家を作っちゃったんだから。

悪くならないようにするだけ。



この場合、政治システムは、どう働くか。



「いかに、個々人の権限を抑えるか」という方向に働く。


誰かの出現によって国が悪くならないように、いろいろな制度で歯止めをかけておく。


極端な言い方をすると、バカが大統領になっても、大丈夫なようにシステムを作っておく。



それが、アメリカ。バカと呼ばれる大統領、いましたね、最近まで。。。



つまり、アメリカは、政治制度の中に、


「人間個々人は、バカになりうる」


っていう考えがある。

これは、評価するべき、と著者は語る。



頭がいい人はよい行動をするひとだ、と性善説でもって中央官僚制を作って、その官僚が私利私欲で馬鹿なことばっかりしてる日本とは、この点が違う。




誰だって、バカになっちゃうんですよね。

だから、システムで歯止めをかける。




参考になった。


アメリカ~~

ビーチボーイズでも聞くか。


あ、なつかしー。これ。高校時代、聴いてた。



下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち/講談社
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読んでいて、つらくてつらくてしょうがなくなった。


ちょうど、教えている生徒のなかに、こんな人間がいるから。


教育がサービス業化すると、サービスの利用者たるこどもたちは、


最低限の労力で、最大限の効用を手にしようとする。


どういうことかというと、つまり、



いかに勉強せずに


高校(大学)を、卒業するか。



いかに努力せずに、


目標を達成するか



に、明け暮れるのである。



そして、そういう生徒がいま、自分の目の前に、少なからず、いる。




一方で、毎日毎日しっかり勉強し、目標に対して着実に力をつけていっている生徒も、いる。


そういう生徒の力になりたい。全力でそういう生徒を応援したい。と、心から、思う。



でも、どうしようもないのも、いるのが事実。




いつから日本はこんな状態になってしまったのか。


どうしたら、なにか変わっていくのだろうか。




教員がサラリーマン化し、問題を起こさず、波風立てず、ただただ目の前の生徒と争わずに毎日を送ることに明け暮れている現状を目の当たりにして、ぼくは、何もできない。


ただ、自分ひとりで、大きな空洞の中に、叫んでいるだけ。


それで損をするのは、いつも僕ひとり。




こんな教育界ならば、もう僕はそこにいる必要な無いのかもしれない。



志を持って、日本の教育界に戻ってきたけれど



なんだか、さいきん、僕の居場所は、無いみたいだ。




ちょっと、無力感に襲われています。



そんなときは、深さのある斉藤和義だな。



What I Talk about When I Talk about Running: A .../Vintage Books
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「走ることについて語るときに、ぼくの語ること」村上春樹


の、英語バージョン。

平易な英文なので、すらすら読める。



僕が村上春樹さんを尊敬する理由は、彼が、現実主義者だということ。


どこかの著作で書いていたが、彼は、自分が目で見たものや、手で触れたものしか、信じない。



彼は、本作の中で、言う。


「100キロ走るというのはどういうことか、実際に走ってみないとわからない。」


この言葉に惹かれ、3年前、100キロを完走した。



今日は、トレイルランニングと呼ばれる、登山マラソンに挑戦してきた。


標高差最大800メートル。

とにかく、ずーっと、山登りか、山くだり。アップダウン。フラットなコースは無い状況で、42キロ。


しんどかった。

42キロ程度ならさらっと走れるようになってきたが、今日のコースはしんどかった。


ゴール後、おもわず、近くにいた人と


「100キロよりきついですね」

と、笑いあってしまった。



と、書いても、たぶん、1割くらいも伝わらないんだろうな、と思う。



やっぱり、実際に、走ってみないと。


その場に行って、自分の足を動かしてみないと、わからないですよね。



もっともっと世界を見て欲しい、そう思って、日本に帰って、教えているけれど、


何を教えるよりも、実際に行って、見て、感じたほうが、いい。


そう、思う。



余談だけれど、参加者約1000人中、30位だった(暫定順位で、確定ではないみたいだったけれど。)


・・・そんなレベルにきちゃった?俺?




さいきんはモンパチをジョギング中によく聴く。



街場のメディア論 (光文社新書)/光文社
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「日本辺境論」を読んでから、内田樹さんのファン。


哲学を専門とされ、また、合気道をやらさていることも、共感。


氏の教える大学での講義をまとめたもの。



メディアがこれだけ多様化した現在、テレビや新聞といった既存のマス・メディアの役割は?

そしてモラルの低下したテレビの行く末は?

どれも興味深いが、もっともおもしろかったのは、経済について。


世の中のすべては、「贈与」でなりたっている、と。

これはレヴィ・ストロースも言っている(本書に多く引用がある)。



どういうことか、というと、


人が、何かを受け取る。

それに対して感謝をし、返礼する。


これが、社会をうごかす基礎となっている、と。


結婚は、家族間での、女性のやり取り。

女性を受け取った家庭は、子を作り、次の世代、どこか違う家庭に女性を差し出す。


本が売れるのも、この辺だ、という。

ネットや新聞を読めば、全部書いてあることを、なぜわざわざ金を出して買うのか。

「ありがとう」の気持ち、情報に対する礼があるのだ、と語る。




読んでいて、ふと、パッと明るくなったことがあった。


最近の、情報産業や、教育産業。


ネットをみればすべて書いてあることなのに、わざわざ本を買う。

書いてあることをそのまま実践すれば成績が上がるのに、わざわざ金を出して教えを請う。



つまり、ネットコンテンツにおける情報産業で成功したいなら、惜しげもなく手の内をさらしてしまえばいいんじゃないか。

それで、それを見てくれた読者のほんの何パーセントかかもしれないけれど、金を出してもいい、と思うような人が現れたら、そこからまた新しいことが始まるかもしれない。


これから自分がやろうとしていることに、なんとなく方向性が見えてきた。

けっこう大きな作業なので、時間がかかるけど、着実に構築していきたい。



今日はマラソンを走ってきたので、もうひとつ書く。