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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

小学校・・・6年生?のときだったっけ。


サッカー少年団で一緒だった友達と、夏休み、早起きして、ジョギングした。


結局、僕が熱を出して、医者に止められ、夏のジョギングは、2週間か、3週間くらいで終わってしまった記憶がある。


でも、そのころから、僕は、決してトップレベルではないけれど、「長距離が、得意」だった。

勉強もそこそこで、運動は、決して得意ではなかった僕が、「長距離走」という特技を発見した。


中学時代は、サッカー部。しかも、キーパー。

でも、陸上部の無かった我が中学校では、陸上の大会にはしぜんと、足の速いやつが選ばれる。


長距離走では、学年トップ。

市内ではぜんぜんだったけど、ウチの中学で、長距離は、中野。だった。


高校でも陸上部と張り合うレベル、自衛隊では長距離強化指定選手に選ばれ、駅伝大会で1区を走り、優勝したこともある。



走ることは、嫌いではなかった。



3年前、ふと、おもいたって、週に50キロ、月に200キロを目標に、コンスタントに走り始めた。

そう、2009年の、11月。



2010年3月には、はじめて100キロを走る。12時間くらい。



モンゴルでも、走った。

寒かった時期も、走った。




なーんか、くるとこまで来たなぁ、という気がする。


明日、佐渡へいき、金曜、土曜と、206キロを走ってくる。



日をまたいだマラソン。

なにが起きるかわからない。


しかも、天気は、雨、雪。



なんとか、走り終えて、無事に帰ってきます。




500キロを超える、日本海-太平洋横断マラソン

灼熱の、サハラマラソン 200キロ

南極マラソンなんてのも、ある。




どこまでいけるのかわからないし、


そんなものに参加したところで、何があるか、というと、別に何も無い。



まぁ、だけど、それが「人生」なんじゃないのかな。




どうせ、死ぬんだから。



僕たちは、 絶対 死ぬんだから



だったら、自分がやりたいことをやったらいいんじゃないか。



そしてそれが、誰か他の人ががんばるきっかけになったら、すごくうれしい。



というわけで、走ってきます。



足踏みしてても靴底は減るんだったら


走ったほうがおもしろい、と思う。



やっぱケツメイシ、いいなーー
WORLD JOURNEY/A-Works
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沖縄のゲストハウスに置いてあったので、帰りの道中に、と読む。



高橋歩&さやかが行った世界一周に加えて、いろいろなかたちで世界一周した方たちが、テーマに沿って自分たちのたびを振り返り、世界一周に必要なことを解説。



写真がふんだんに使われていて、読んでいるだけで、世界を旅している気分。


いちにちで読みきってしまった。



最後に、高橋歩が旅の中で書きとめたノートから、様々な台詞が取り上げられている。


その中で、「うっ!」と、心にグッとささった言葉。



足踏みしてても、靴底は減るぜ



そうだ。

足踏みなんかしてる場合じゃないっ!!


旅に、出よう!



結局わかりませんでした ザ・知的漫才 (集英社文庫)/集英社
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博学、というか、いや、そうでもあるんだけど、


「考える人」だなぁ、と改めて感じた。



様々な分野の第一線で働く方々と、たけしさんとの対談。


おもしろかったのは、「時間」のはなし。


よく言われることだが、どの動物でも、死ぬまでに心臓の鼓動する回数はだいたい同じ。

鼠とか犬は、だから、人間よりもずっと早い。


赤ちゃんは、大人より早い。


そうすると、流れてる時間も違うんだろうな。


小学校の6年間なんて、なんだか永遠のように感じられたし、高校時代もずいぶん長かった。


で、気づいたら、高校を卒業してもうすぐ13年になる。


・・・だんだん、時間のたつのが早くなってるなぁ、と、ほんと、思う。




で、そういう生物学的に人間を見ると、人間の寿命はだいたい30年らしい。


そして、固体の寿命と地球環境の負荷を考えると、地球上に住む人間の数は(狩猟採集が基本の生活であるとして)1000万人が限度らしい。



農業を始め、富を蓄え、化石資源を使いまくり、水さえ地下から吸い上げて生活をする人間。




ビートたけしいわく、


環境問題を解決するんだったら、地球上の人間にくじびきさせて、20人に1人くらい生き残らせて、あとは殺せばいい。



んーーー


バトルロワイアル、思い出しますね。

はまりやくだったなぁ。



走れ!



「アラブの春」の正体 欧米とメディアに踊らされた民主化革命 (角川oneテーマ21)/角川書店(角川グループパブリッシング)
¥820
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facebookで知人が紹介していたので、amazonで注文。


2007年と、今年に、内閣府の「世界青年の船」という事業に参加し、そこで、たくさんの国々の友を得た。


イエメンの友達とは毎朝空手をし、エジプトの友とは、夜な夜ないろんな話をした。


別れ際、オマーンの友は、「宗教も文化も異なる人たちと、こんなに仲良くなれるなんて、思っても見なかった」と、目を潤ませた。



2010年から参加した青年海外協力隊事業では、私の派遣国はモンゴルだったが、日本で約2ヶ月間、語学や生活の訓練をともにした仲間たちの中には、エジプト、シリア、ヨルダン、モロッコに派遣されたものもいた。



僕の中で、「アラブ」は、遠い国ではなく、そこに住む人たちの顔が思い浮かぶような、心の繋がった国だった。


それだけに、アラブの国々で起きたこの出来事には、関心はあるけれど、なんだかよくわからない、という感覚のまますごしていた。


僕はアラブへ行ったことはない。だから、彼ら彼女らがどんな生活を送っているのかまでは、わからない。


ただ、あれだけ笑顔を見せていた裏には、いろいろな感情を持ちながら、暮らしていたんだろう、と思いを馳せた。




本書で展開されている内容は、とどのつまり、「アラブの春」は単一ではないということ。


そして、決してすべての国が、「革命」を目的としていたわけではないこと。


いろいろと問題を抱えていながらも、国民がその政治にある程度の満足感を得ていたところもあった、ということ(いや、そもそも、政治に問題を抱えていない国などどこにあるんだろう)。



「欧米」が、外から様々なことを仕掛け、自分たちの都合のいい国ができるように仕向けた、という側面がある、ということ。



エジプトで起きた暴動で、日本への一時帰国を余儀なくされた日本語教師の友人は、生徒に


「先生は帰るところがあっていいですね。わたしたちには、帰るところなんてない」


と言われながら、機上の人となった。




「何が起きているのか」を、知る努力をすることは、大事だ、と、思う。


メディアは、決して真実だけを伝えているわけでは、ない。



頭のよい子が育つ家 (文春文庫)/文藝春秋
¥630
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著者とちょっとしたことからお話をする機会をいただき、興味を持って購入、読んでみた。


少子高齢化、都市人口集中化による、生活環境の変化


旧きよき日本の「コミュニティ」的な 家 が、どんどん失われつつあることを危惧した著者は、

その際たるものである、「お受験」をしている家庭は、どんな状況になってしまっているのか


を、調べ始めた。


すると、意外や意外。



開成、麻布といった超有名中学に合格するような子育てをしている家庭は、実は、


旧きよき日本の 家 だった。



すなわち、親子がしっかりとコミュニケーションを行い、子供は勉強部屋に貼りついたりなどせず、リビングで、キッチンで、「誰かが見ているところ、誰かとコミュニケーションがとれるところ」で、勉強をしていた。



コミュニケーションをとることで、「考える力」がつく。

誰かが見ているところで勉強することで、「説明する力」がつく。



国際化がすすみ、日本の経済競争力がどんどん衰えていく中


注目すべきは、「旧きよき、日本の家」なのかもしれない。




生活空間を、学びの場に。


面白い取り組みに出会えた。




そろそろ、クリスマスシーズンですなぁ。