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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

1Q84 BOOK 3/村上 春樹
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ブログ仲間であり、モンゴル大先輩の千夏さんから借り、いとおしいようにページを一枚一枚めくって読んだ。

ここまでくると、もう病気ですね。私。。。


言わずと知れた、村上春樹さんの最新作。


正直、book2で完結していたかに見えたが、ああ、なるほど、そうなったのね。。。という始まり。




読み終えて、自分の中には少しだけ疑問符が残った。

確かに、文体や物語の終え方も、春樹さんらしい。


しかしながら、今作は、なんていうか、少しだけ、ドラマ的…というか…伊坂耕太郎的…というか


なんか、追われるものと追うものの活劇的な展開に見えませんでしたか?全世界の読者の皆様?


いや、文句は無いんですけど。。。




村上春樹さん特有の、「意識の壁」のようなものをすり抜ける場面もあって、そこも重要な要素を占めていたのだけれど、60歳を過ぎて、なんていうか「残りの時間」を考えざるを得なくなった彼は、これからどんな方向へ進んでいくのだろう、と、少し心配になる作品だった(私みたいな単なる一読者がいらぬ心配だとは思うけれど)。


また時間がたったら、読み返したい。日本で、かなぁ。




我々が住むこの世界には、この世界に寄り添うように違う世界がひっそりと存在していて、それはどこからともなくやってきて、ぼくらを飲み込んでしまう。

ぼくらはそれに対して抗することは出来ない。しかし、注意深く周りのものごとを観察することによって、そこから抜け出す出口みたいなものはあるのかもしれない。

しかし、入り口と出口がイコールの関係にあると言うことは必ずしも言えることではない。仮に出口を見つけてそこから抜け出したとしても、そこにはまた新しい世界が存在しているだけなのかもしれない。


結局のところ、「元いた場所」に帰るなんていうことは、時間を不可逆的に動かすことでしかその可能性を生の状態にすることは出来ず、したがって「元いた場所」というのは原則的にありえないことなのだ。


だから


ぼくらは、「今いる場所」から「新しい場所」へ移動するしかないのだ。好むと好まざるに関わらず。




というのが、一読しての感想です。2回、3回読むとまた違った感想になるんだろう。





どうでもいいけど、今年のオリコントップ10、アキバなんたらと嵐なんたらの2組ってどういうことだ!?


どうした?日本のミュージシャン!?



2007年


イギリス ロシア メキシコ カナダ チリ オーストラリア フィジー ソロモン トンガ セイシェル イエメン オマーン 日本


300人の青年が


ひとつの船に乗り込んで


語り


踊り


笑った。


それまで、何にも知らなかったもの同士が


お互いを、知ろうと


わかりあおうと



そこで、ぼくが得たのは


世界中の、ともだち。



そこで、ぼくがわかったのは


「ひと」なんだ ってこと。


国とか


組織とか


システムとかじゃなくって


「ひと」なんだ ってこと。



出会うって 


知り合うって 


わかりあうって


この世界に生まれてきたぼくたちができる


最高にエキサイティングな、キセキだ と思いました。



あれから3年半


世界のどこかで 


笑ってるたくさんのともだちが 


いるってのが 泣きそうなくらい、こころ強い。 


「第19回世界青年の船 (Ship of World Youth 19)」

http://www.youtube.com/watch?v=NyH6hUgdb3g


あれから3年半。みんな元気でやってる。

http://www.youtube.com/watch?v=MCw_swWXdso



たまにはちょっと立ち止まって


昔を思い出してみたって


いいよね。

ぼくは日本で高校の先生を3年やったわけだけれど(うち、クラス担任を2年)、なんていうか、ぼくにとって、高校の先生っていうのは、いってみれば特別な響きがある。


ぼくが高校1年生だったときの担任の先生は、英語の先生で、その高校の大先輩でもあったわけだが、授業の最後に、決まって


「辞書、引けよぉ」


と言って、教室を後にした。


すごく熱心で、教育意欲に燃えた先生、というのではなく、むしろその対極にあるような人で、

そんなに授業に熱が入っているわけでもなかった。


変なひとだった。


早稲田に在学中にイギリスのケンブリッジに1年留学してたころの話は、決まってイギリスの女の子の話になり


最近通っている飲み屋にかわいい中国人がいるから、と言って中国語のはなしをしたり(高1にそんな話!?)


ぼくらが学校行事で悪さをすると、「そんなんじゃ、まだまだ俺の時代には追いつけない」とかよくわからない競争意識を出したり(なぜウチの生徒は人前でケツを出すかについてアツく語ってた!)


水泳大会に優勝したときには、クラス全員を焼肉へ連れて行ってくれたり(授業中に!!)



・・・変なひとだった。


授業中にある生徒が知識力で戦いを挑むように質問すると、本気で戦いだしたり



なんつーか、「先生」じゃ、無かった。

先生じゃなかったし、ぼくらも「生徒」じゃなかった。

先輩と後輩?に近いような。


たぶん、ひとりの「ひと」として、接してくれていたんだと思う。


ま、それがいいことなのか悪いことなのかは別として。。。(オレにとっては、最高に良かった。悪さも覚えたが…)



その人がいつも言ってたのが、


「辞書、ひけよぉ」



「知らないことがあったら、自分で調べろ」


って、メッセージだったんだと思う。



人に聞くな。自分でやれ。お前らは、熊谷高校の学生だ。エリートなんだろ?



っていう、挑戦だったのかもしれない。


ただ単にいちいち説明するのが面倒だったのかもしれないけれど。




自分で、辞書を引いて、調べる。


世界を拡げるために、いろんな本を読む。


「自分」と語り合う時間を、しっかりつくり、それを大事にする。




ぼくの現在の教師としてのあり方は、どんどんその先生に近づいている気がする。


そうとは気付かずに。しかし、ゆっくりと、確実に。



あれやこれやと手を掛けるよりも、ほうっておくほうが、実は難しいのかもしれない。


うまく、生徒を「ほうっておける」ような、先生になりたい。




その先生とは、今でもよく飲みに行く。



長瀬先生、また飲みにいきましょう。

ぼくにとってのスーパーヒーロー。

こんな先生、アリなんだ、って、ぼくの中の先生像のコペルニクス的転回をおこしてくれた最大にして最強の悪役。


先生のおかげで、またどうしようもなく欠点だらけの教師がここに生まれてるんですよ 笑



こんな曲も流行ってたっけ。1996年。


アインシュタインの謎を解く 誰もがわかる相対性理論 (PHP文庫)/三田 誠広
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光速はそれ以上加速しない


ってのはアインシュタインの相対性理論を勉強したときになんとなく知っていたんだけれど、なぜ加速しないのか、わかりやすく書いてあった。


質量が無限大になり、動かすことが出来なくなるからだ。

もちろん光速で動いている物質(物質とは限らないけれど)の質量だから光速で動いているんだけれど、それ以上動かすことが出来なくなるということ。



宇宙の認識の限界(相対性理論)から、粒子の認識の限界(不確定性原理)までをわかりやすく解説。


個人的には、アインシュタインは実験などを行わずに、哲学的に考える人物だったというところに、到底及ぶべくも無いけれど、なんとなく親近感を感じた。


こうした、我々を取り囲むものを調べれば調べるほど、自分という存在がどういうものなのか、わかってくると同時に、わからなくなる。



自然科学はものごとを客観的に認識して、我々を取り囲むものの正体を突き止める立場であり、


人文科学は、人間という存在を通して、ものごとを考えていく立場である


と、前は考えていたんだけれど、うーん、どうなんだろうか。


認識できるものがすべてである、と考える立場(物理学の認識論)からすると、結局、われわれという存在があって、そして宇宙がある、という解釈になるのかなぁ、とも感じる。



何かを知る、っていうことは、喜びでもあり、孤独を助長することでもあるのかもしれない。

でもやっぱり、「知ろう」という思いには限界が無いんだと思います。



最後に、パスカルの「考える葦」の1節を引用。



 人間は、自然のうちで最も弱いひとくきの葦にすぎない。しかしそれは考える葦である。これをおしつぶすのに、宇宙全体は何も武装する必要はない。風のひと吹き、水のひとしずくも、これを殺すには十分である。しかし、宇宙がこれをおしつぶすときにも、人間は、人間を殺すものよりもいっそう高貴であるであろう。なぜなら、人間は自分が死ぬことを知っており、宇宙が人間の上に優越することを知っているからである。宇宙はそれについて何も知らない。

   (『パンセ』第6篇・断片347)





ぼくたちがこうして生きていることは、宇宙にとっては何の意味も無いのかもしれないけれど、いやむしろ、意味なんて認識は宇宙側には無いだろうけれど


せっかく生きているんだから、そして「考える葦」という、非常に特異な存在としてこの宇宙に存在しているのだから


 なんつか、楽しく生きたいですね。




私のひいきにしているアーティスト、caravan.  旅に出よう。


テキスト社会開発―貧困削減への新たな道筋/著者不明
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友達にメールを書きながら


「自分とはなんもかかわりの無い土地に行って、そこに暮らしている人たちの生活とか社会を変えるっつーのは、なかなか難しいよ」


って言葉が自分の中から出てきた。


そもそも、なんで変えなきゃならない?

自分たちのことは、自分たちで決める。それが原則であり、そうすると開発援助がやってることなんか、ただの内政干渉なんじゃないだろうか。


そんなことを、ときどきすごく思う。


上で掲げたテキストは、現在、大学院の「開発協力論」という科目で使用しているもの。社会開発とは、いわゆる「お金系」開発の経済開発とは少し異なり、教育分野、保健衛生分野、村落開発分野など、人々の生活に密着している箇所をもっと向上させようとする開発形態。

経済開発と異なって、なかなか数字として現れにくい、という特徴がある。



日本でだって、知らない土地の人間がのこのこやってきてなんかいいたいこと言ってると、腹立ちます。

私が田舎の出身だからなおさらなのかもしれないけれど。

昨年の衆院選では、我が地区は、地元出身の代議士ではなく、北海道出身の民主党代議士を選びました。

それがどういうことだったのか、最近ようやく気付くようになった。


「おらがまち」意識ってのは、すごくすごくたいせつで、それをしっかり正しい方向に伸ばしてあげることが、結果として少子高齢化や都市への人口集中、過疎化の歯止めをかけるきっかけになると、今では考えている。



なんでぼくは、この国へ来て、しかも、専門でない日本語なんて教えているんだろうか。


これも、わりに長く悩んでいた問題。これからも多分、ずっと悩みながらあと1年半を過ごしていくのだろうけれど。


ひとつは、これからのこと。

これから、日本に帰ったら、また高校で英語を教えていく。

高校教師ってのは、ただ英語を教えてりゃいいんじゃなくって

いわば

世界を教えなきゃならない。教える・・・というか、一緒に考えていかなきゃならない。

高校生っていう年齢は、かなり大きなことだってできる。


そのために

今、ぼくがこうやって違う国に来て、そこから自分の国のことを考える。

それは、すごくすごく意味のあることだと思う。

ましてや、日本語を勉強している生徒、日本語を教えている先生と関わるわけだ。

日本は、彼ら彼女らからどう見られているのか。

なかなか楽しいじゃないか。



もうひとつは、この国のこと。

「なんか、しなきゃ」

とは、正直、ほとんど思ってない。

そこになにかあるから、できることをする。

そんな、ゆるいかんじで毎日を送っている。

もともと、サボるのが得意の人間だし。

がんばらない。


けれど、

こっちに来る前に、日本語教師の仲間で、目標を立てたときに誓ったこと。

「いちにち、いっかい、モンゴル人を笑わせる。」


あの日本人、言ってることはよくわかんないけれど、なんかおもしろいじゃん。


そう、思わせようと、毎日学校へ行く。

笑わせてりゃ、いろんなことが前向きになっていくんじゃないか。そう、思っている。


昨日は、いつもは通っていない学校で「けん玉を教えてほしい」といわれ、特別授業をした。

みんな楽しそうにやっていたけれど、最後

「このけん玉、ください!」

と言われ、どうにもできなかった。

こんなもん1つでその生徒の何かが変わるんだったら、くれてやりゃいい。


その辺が、公務員的体質の限界。

ちょっと、考えるべき課題だと思う。