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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

春が来たことを、どうやって知るだろう。


日本にいたときは・・・どうだったっけ。


手袋をしなくてもよくなったとき・・・?

外を歩いていると、鳥の鳴き声が聞こえたとき?

こたつ・・・はけっこうだらだら出してるし。。。



そもそも、日本では真冬でも外でサッカーしていたし(つい1年前も、高校生とサッカーしてた)、なんていうか、


ああ、春、だなぁ っていう感じが、あまりじんわりとこない、というか、、、


あ、アレか。桜か。


桜が咲くと、春だなぁ、ってか、うしゃ!花見花見!全員集合!!


という感覚になりますね。日本は日本で、そういう、季節を感じることがたくさんありますが



今日、ウランバートルで、春を感じました。


何で感じたか。


水たまり、です。



あ 雪が 溶けた



これが、モンゴルでの、春の訪れ。


大気中の気温は、まだ氷点下。プラスになることはないですが、太陽の日差しが、地面を温め、雪を溶かすのでしょう。



冬のあいだは、帽子をかぶり、マスクをし、手袋をはめて、しかもその手袋をポケットに突っ込むので、自然と体は前傾姿勢。

前傾姿勢だと、視線の先にあるのは、ちょっと前の地面。

心も、暗くなりがちです。



手を、ポケットに突っ込まずにすむだけで、これだけ、景色が変わるんだ


マスクをしないだけで、これだけ街の空気がわかるんだ



まだ、夜はマイナス20度くらい。


それでも、



春、です。


写真は、また、今度

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 新装版 (新潮文庫 む 5-4)/村上 春樹
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限りある人生の中で、そして、無限のように増殖する情報の中で、自分がそのどれを選択するか、というのは、とても重要になってきている。


そんな世界で、1冊の本を何度も何度も読み返すことは、有意義なんだろうか、無駄なんだろうか、、、


と、思いながら、多分4回目だか5回目の読破。

昨今、「ノルウェイの森」が映画化されるなど、話題を呼んでいるが、実はこの作品が読者ナンバーワンとされている。たしか。



春樹さん特有の「僕はどこへもいけない」的世界観がどっぷりしていて、ともすると暗くなってしまうような作品。

動物のバクは、人の夢を食べる、と言われているが、ここに登場する一角獣は、人の心を吸う。


エゴだとか、悲しみだとか、焦り、苛立ち、そんな感情を吸い込んで、静かに真っ白な雪の上を横たわる。


しかし、心を失った世界は、幸せなんだろうか。



逃げ出したい、と思うことがある。大きなストレスにさらされたり、自分の思うようにものごとがすすまなかったり、どうにもならないくらい大きな壁が前に立ちはだかったりすると、もう、逃げ出したい、と思うことがある。


けど、そこで引き止めてくれるのは、心の存在だと思う。


それも、心と、心のふれあいなんじゃないか、と思う。



んーー


難しいなぁ。


ストーリーとは関係ないけれど、「世界の終わり」のほうで、門番が言っていた台詞



「懲りるのは良いことだ。人は懲りると用心深くなる。用心深くなると怪我をしなくなる。良いきこりというのは体にひとつだけ傷を持っているもんさ。それ以上でもなく、それ以下でもない。ひとつだけさ。」



そういうふうに、カッコよく生きたいんだけどな、同じミスをなんどもするあたり、やっぱり不完全な人間なんだよなぁ、としみじみ思う。




ゴン中山、かっこいいなぁ。

いくつになっても走っていたいなぁ。



ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)/村上 春樹
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ユング心理学の日本における第一人者であった故・河井隼雄さんは、この小説を「夫婦の物語」と言った。


コミットメントとデタッチメントが巧妙に入り組んで、主人公の意図とは関係ないところで物語が動いたりする。


自分で、自分をコントロールすることはある程度可能かもしれないけれど、自分の周りの人間を自分の思うようにコントロールすることは、すごく難しい。というか、そんなことが果たしてできるのだろうか、ということを読みながら考えていた。



ある程度、流れに身をゆだねることも重要であるし、それとは逆に、なんとか事態をうまい方向に向けてゆく努力をすることも重要。

そういうバランスを保っていきたいと思う。


ただし、ある一定の価値観を持って、自分の決めたルールに従って生きていくことによって、ある程度、周りに集まってくる人間というのは決まってくると思う。


願わくば、プラスのオーラを持った人間が自分を取り囲むような環境で生きていきたい。


そうなるために、そういう自分でありたい、と思う。




今までの人生で一番、プラスのオーラに囲まれていた高校時代。


選んだり ランダムされた人生を 共に生きてる 君に幸あれ


はじまりは、夏に知り合ったモンゴルの友人からの一通のメールでした…


「ヤスさん、わたしは田舎に帰ります。いつ会ったらいいですか。」


??


いや、別に会う義務とか無いんだけどな…


聞いてみると


「旧正月に、私の家へ招待するといいました。あなたにバスの乗り方を教えなければなりません。」


…そんな約束…したっけか…


確か、8月か9月に話の流れで、「じゃ、田舎につれてってよ」とかいった気がする…



というわけで、いってきました、モンゴルの田舎!旧正月(ツァガーンサルといいます)!


旧正月…親類がわさわさ集まって、ようこそようこそと言い合って、食べて飲んで…のお祭り。日本のお正月と似たようなものです。


せっかくなので、写真をふんだんにお送りします。


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バスに乗って、さあ出発!

まさかの7時間、バスに揺られていました。



友人の実家、今回訪れた場所は、ウブルハンガイ県のアルバへールという、友人に言わせると


「県で唯一の、市です!」


・・・


・・・そうか・・・


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・・・これを、市と呼ぶのならば、



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・・・もう何も言うまい・・・


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あっ、一応、こんな建物もちょこちょこあるのね…



泊まった場所は、もちろん、ゲル(移動式住居)

電気は通っていますが、水道はない。トイレは外に掘ってある穴を利用します。


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友人宅。

これでゲルにステイするのは3回目だけど、なんか、慣れた感じがする…



さぁ、そういうわけで、ツァガーンサルの準備。


神棚に供えるお供え物を準備します。


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友人のダヴァ-。

まつぼっくりみたいなパンに飴を刺してる。



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こちらは、ダヴァーの姪。

お供え物に飴とかお菓子を乗っけてます。



そして・・・

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神棚、完成!!


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家の真ん中に置くお供え物も完成!


ツァガーンサルの”ツァガーン”とは、白い、という意味。

パンやお菓子など、白いものを飾るのが伝統。

右はヤギを煮たもの。客人が来るとナイフで切って食べます。



ツァガーンサル前日、準備も終わり、夜になると、お母さんが


「お祭りのお茶(ツァイ)を飲むよ!」


と、これも白いミルクティーを差し出し、その後は…

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ボーズ。

モンゴル式の蒸し餃子みたいなものを、とにかく食べまくります。


客人が来れば新しく作り、来なくても朝昼晩、ずっとボーズ(これも、白いですね)。


私は友人宅の家族として扱われていましたが、一応客人ということで、滞在の期間、ずーーーっと


「ボーズ、食べなさい」


「お茶(ツァイ)、飲みなさい」


と言われ続け…


ボーズ、100個以上食べたんじゃないだろうか。


また、これに加えて、客人が来るとアルヒ(モンゴルウォッカ)も振舞われるので、あっという間に酔っ払いができあがります。



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友人もボーズを食べる。



この夜(旧正月前夜)は、この後近くの親類を周り、よく食べ、よく飲まされました。

日本人!?というだけでネタになるらしく、、、いや、もう飲めねぇってほんと…


翌日。ツァガーンサル初日。


とりあえず、正月なので、お寺へ行って

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ガンダン寺。モンゴルはチベット仏教と、昔ながらの自然崇拝が融合しているので、日本とよく似ています。


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僧(ラマという)はずっと経文を唱えていました。


お寺をまわって帰ると、あとはずっと、いろんな親類の家を行き来して、挨拶をします。

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年上の人が手を上に、年下が下にして、「休みはどうだい?」と言いながら、両の頬を合わせる。


たくさん親類がやってきたので、友人に、「あの人はどんな関係?」と聞いたら


「姉の夫の兄の息子です。」


・・・そんな遠縁の方までいらっしゃるのですか・・・


友人に「日本語でなんといいますか?」と聞かれたので


「知らねぇ、ってか、そんな人が誰だかさえ知らねぇ。」


親族がこんなに関係を続けているんですね。。。


日本も昔はこうだったのかなぁ。



その後、友人が

「今日は遊牧をしている姉の家に行って、泊まります。」

と。


遊牧をしている姉の家…

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大自然ですね。


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今は、こうやって遊牧ではなく、餌を与えたりもしているようで。



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馬に乗る私と、子どもたち。

後ろは、夜のあいだに羊や牛を入れる小屋です。


2月になったとはいえ、まだ夜はマイナス25度くらいですからね。

(ちなみに昼でもマイナス10度くらいですが、なんだかもう慣れました)



そんなこんななツァガーンサル。


感じたのは、親族のつながりですね。


日本では希薄になりつつある、親族とのつながり。


こうやって、伝統を守り、受け継ぐことで、厳しい寒さの中でも、人と人との結びつきの暖かさを感じることが出来るわけです。


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友人の母、兄一家、姉一家。


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旧正月中は、私も、モンゴルの民族衣装(デール)を着ていました。

着ていなくてもそうですが、よくモンゴル人に間違われます。





人と人との暖かさを感じた、モンゴルのツァガーンサルでした。


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ボーズ、ごちそうさまです!!!!!

ヤスです(なーんて書くと、mixiの日記みたいになってしまいますが)。


冬至を過ぎて1ヶ月。ずいぶん日が長くなったように感じますが、


睡眠時間はどんどん長くなっています。



なんていうか、


自然現象と、人間の営みって、少しずれますよね。


そろそろ冬だな、寒いな、とおもっても、まだ秋の気配を引きずっているので、少々は我慢してしまう。


でも、一度冬モードに入ると、春が近づいても、けっこう冬モードをひきずることが多い。



「コタツがしまえない症候群」



的なやつですね。



というわけで、仕事が無い時間は家に引きこもって本を読んだり、勉強をしたり、ヤフーオセロを延々としたりしています。


そんな生活をしていると、爆発したくなりますね。


無茶、したいなぁ。


いつでも、体を投げ出して無茶する自分でありたいです。





世界のどこかに「夏」っていう場所があるならば


そこ、いきてぇなぁ。



かりゆし58「アンマー」 アンマーってのは、沖縄のことばでお母さんのこと。


昔からずーーーっと、同じように見守ってくれる母へ。