モンゴル8000 -27ページ目

モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

春になって、あったかく なったなぁ、と思っていたら、ここ連日、天気が悪い。

週半ばには、吹雪くこともあった。


モンゴルの友人に聞くと、こんなことは普通で、春になって凍死する人もいるらしい。


羊なんかはもっと悲惨で、この時期は毛刈りが終わって、ほとんど素っ裸に近い状態。

そんな中に吹雪なんかが起きたら、死んでしまう羊もたくさんいるだろう、ということだった。



でも、そこで真っ先に考えたことばを、ぼくは口に出せなかった。


「なんで、そんな土地に、住んでいるんですか?」


とてもじゃないけれど、住みやすい、とはいえない。

長い長い冬が終わって、さぁ、春だ、と思って外に出たら、吹雪で亡くなってしまうこともあるなんて、ちょっと浮かばれない。



でも、それでも、自分の生まれた土地、自分の生まれ育った国、なんだろうなぁ。

やっぱり、オレも生まれ育った国で過ごしたいですもん。




そんな吹雪の中、ランニングは絶好調。

今日、7日にして、今月はすでに80キロ走っています。


この調子で行けば、今月は300キロ到達。

足は慢性的疲労状態だけど、ランニングのペースはキロ5分を下回るくらい。


あとは、自分の体とよく相談して、故障しない程度に無理を続けていくだけ。



たまには、昼寝でもしようか。

 朝、目が覚めると僕の前には見覚えのある小さな子どもが僕が起きるのを待ち構えていたように立っていた。たぶん10歳か11歳くらいのその少年の右手には、少年が持つにしてはやけにリアルな、黒光りする小さなものが握られていて、それが僕を落ち着かなくさせた。

 「なんだい?こんな朝早くに。だいたい、君はどうやってこの部屋に入ってきたんだ?」

 眠い目をこすりながら僕が起き上がろうとすると、少年は僕の動きをその小さな左手で制止しながら、小さいけれどはっきりした声でつぶやいた。

 「時間とか場所とかは、たいした問題じゃないんだ。あなたには本当に申し訳なく思う。けれど、こうするより他に方法がなかったし、こうしないといろんなものごとが前に進まないんだ。本当はあなたが自分の手でものごとを前に進めなくちゃいけないんだけれど、まぁ、今回は特別で、それで僕がここにきたんだ。悪く思わないでほしい。」

 おおよそ10歳だか11歳だかの少年が口にするにはどう考えても似つかわしくない表現だったが、昨晩は遅くまで飲んでいたことと、寝起きでまだぼんやりしている頭でははっきりしたことはなかなか考えられない。時間、ということばが気になって目覚まし時計を探したが、時計はそれがあるはずの場所に存在しなかった。僕はいつも正確な時間に目を覚ますために目覚まし時計の位置にまで常に気を使っているから、そんなことはありえなかった。しかし、頭のぼんやりさと、窓からカーテン越しに入ってくる少しの光から、それが6時前後だと推測できた。

 「ねぇ、僕には君の言っていることがよくわからないし、それに…」

 と僕が言いかけた瞬間、少年は右手に持っている黒いものを僕の額に向けた。

 「何か、目に見えることをしないと、目に見える変化は起こりにくいんだ。」


 パン、という乾いた音を聞くか聞かないかのうちに僕はまた深い眠りに落ちた。

 

 もういちど目が覚めたとき、目覚まし時計はいつもあるはずの場所で静かに時を刻んでいた。時間は8時だった。それが朝の8時なのか、夜の8時なのかわからない。ただ、二日酔い特有のけだるさと、頭を貫かれたような鋭い感覚が僕を支配しているのだけがわかった。

 どこまでが現実で、どこまでが非現実なのかはっきりしない。ただ幸いなことに、今日は土曜日のはずだ。だから、会社に行く必要はない。今が朝の8時でも夜の8時でも大差ない、と言う事実は僕を少し落ち着かせた。


 窓を開けると、まぶしいばかりの朝日が全身を覆った。道を行く人々は、土曜日特有の、仕事の疲れと休日の高揚感を混ぜたような表情でそれぞれが目指す場所へ向かっていた。なにかいつもと異なるような違和感を受けたが、これから始まる大型連休への期待のほうが上回り、僕は窓を閉めて洗面所へ行って顔を洗い、ひげを剃った。


 連休だからといって、特に予定があるわけではない。流れに身を任せて、好きなようにするだけだ。簡単な朝食をとってできたての朝刊にざっと目を通した僕は、とりあえず駅の近くにあるコーヒー・ショップでドーナツとコーヒーを食べながら、読みかけの小説の続きにとりかかった。これから何も予定がない、という状態が僕は好きだ。誰と会う必要も無く、愛想笑いをする必要も無い。その気になればひと言も喋る必要だって無い。そうだ。口はものを食べるためにあるべきなのだ。ことばを発するのは副次的な産物であって、そんなものは表情とかしぐさに任せておけばいい。そうやってすべての人が必要以上のことばを話さなくなったら、どんなにか素敵だろう。


 変化に気付いたのは、コーヒーを飲んだ帰りだった。みんな、帽子をかぶっている。それも、冬にかぶるような厚手のニット帽だ。季節は春の終わりから夏に向かうところで、そんなに深く帽子をかぶったりしたら暑くて仕方ないように思うが、道行く人はみな一様に帽子をかぶっていた。それで、僕は反射的に自分の額に手をやってみた。額を探りながら、早朝に自分に起こったことを思い出してみた。

 額に、何かがある。もしくは、何かがない。何かがあるような感触を受けるが、同時に、もとあったものがなくなっているような感じもする。

 急いで近くのコンビニエンス・ストアで洗面所を借り、鏡で自分の顔を見てみた。


 その年の夏は、厚手のニット帽がよく売れた。



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んー、まだ雑ですね。まだまだ、降りるとこが深くない。

中学生のときは長距離の選手だったし

自衛隊のときも特別強化選手に選ばれたし

初めてハーフマラソンを走ったのは20歳。


だから、まぁ、いつ走り始めたか…ってのは、ずっとずっと昔になるんだけど


コンスタントに、継続的に「走る」ことをはじめたのは、一昨年の10月。

それから…


2009 Oct. 78km

2009 Nov. 193km

2009 Dec. 199km

2010 Jan. 217km

2010 Feb. 215km

2010 Mar. 259km

2010 Apr. 200km

2010 May 206km

2010 Jan. 138km

2010 Jul. 43km

2010 Aug. 0

2010 Sep. 0

2010 Oct. 145km

2010 Nov. 102km

2010 Dec. 44km

2010 Jan. 60km

2010 Feb. 79km

2010 Mar. 181km


2010年の6月から9月は、モンゴルに来て、その乾燥と、車の多さと、空気の汚さに戸惑い、一時期、走るのをやめていた。

また、この冬は、マイナス30度という常軌を逸した寒さで、ほとんど走れなかった。


で、今月。

今日は25日。


今日で、累計走行距離は、226km。

このままいくと、フィニッシュは286kmになる。


このペースで走り続けるのは、人生初。

2010年の3月は259キロになっているが、これは100キロマラソンに出場したからで、それがなければ159キロ。たいしたことない記録。



足が、重い。

普通にあるっていても、膝が落ちるような感覚がある。

もっと負荷をかけると、たぶん故障するだろう、っていう感覚。



外国にいると、いろんな情報をネットから得るけれど、マラソンの準備ランの情報を探していたときに、あることばに出会った。


たぶん、何の気なしに記したんだろうけど、僕にはすごくすごく響いた。



その方は、40キロを3時間以内で走るには、月間300,400キロ走る必要がある、とまえおきをして、


「300,400キロ走って足が故障するようなら、まだまだそんなタイムで走る状態ができていない、ということ」


と、書いていた。



うおおおおおおおおおおおお



まだまだ、オレの前にはたくさん人がいるなぁ。


オレの前にいるたくさんの人たちに会って話を聞くには、



オレが、走らないと。




斉藤和義 Don't worry be happy


幸せになって、何が悪い?



 夜が明けるか明けないかの、暗闇に浮かぶ一筋の光線に照らされながら、街を走る。吐く息は白く、吸う息はびっくりするほど冷たい。僕はリズムにあわせて手足を動かす。車はほとんどやってこない。リズムは崩れない。人影もない。ときおり、子犬を散歩する老人が僕に微笑みかける。朝早くから、お元気ですね。僕はそっと笑顔を返す。そんなやりとりを除けば、僕はひとりだ。走っている間、僕は僕自身に問いかける。言葉ではない。感覚に問いかける。今日も大丈夫だろうか、と。


 一方で、僕は日が暮れるか暮れないかの時間を、好んだ。僕はたいてい、自転車に乗っている。流れる景色を、眺める。大丈夫。毎日通る道だ。少しくらいよそみをしたって運転に支障はない。太陽は、自分がそこにいることをささやかに主張するかのように、やや肥大化し、赤みがかる。また明日、来るからね。別れ際に、そんなことを行って去っていく友達みたいに、太陽は僕の視界から消えていく。ライトを灯さなくてはならない。太陽のない暗闇の世界では、僕らは各々が光を持たなくてはならない。そうしないことには、暗闇から逃れるすべはない。もし灯りを持たなかったら、暗闇は僕らを飲み込み、二度と待ち合わせの時間に間に合うことはなくなってしまうだろう。改めて、僕は思う。灯りを、手放してはならない、と。


 人と話すよりも、景色を眺めているほうが好きな少年だった。僕は目の前にあるそのひっそりとした不完全な世界に体をなじませ、なにかが起こるのを待った。もちろん、たいていは、何も起こらない。世界はあちら側にあって、僕はこちら側にいる。僕がいくら手を伸ばしても、この差は埋まらない。しかし、ときどき、僕がひどく疲労しきっているとき、また極度に集中しているとき、僕はあちら側にいて、そして世界がこちら側にあるような感覚を覚えることがあった。それで、何かが決定的に変わる、ということではない。しかしその感覚は僕を現実から遠ざけ、そして太陽に近づけた。それはいつも見慣れているものとは異なった実態であるようだった。肥大化し、そしてどこかいびつなふうな感覚を覚えさせる。僕は、それが熱を発していないことに気づく。それは、ただそこに存在しているだけだ。ガラス張りの大広間の向こうで、ひっそりとしかし確実に、存在しているだけの、単なるオブジェだ。誰もそれに気づいていない。この世界で、ただ、僕ひとりだけが、それに気づく。僕はそれを誰かと共有したいと思う。しかし、それは不可能だ。なぜなら、それに気がついているのはただひとり、僕だけなのだから。いつだって、それは変わることなく、その事実は僕を少なからず磨耗させ、消耗させ続けてきた。


 僕の視界に、ライトが再びともされる。太陽はその姿を消し、街は街灯に灯される。しかし、誰も知らないのだ。明かりの無い世界がどういうものか。それがどれほど、無慈悲で残酷な形で僕らを暗闇に放り出していくのか。


 そう。世界は、知らないことだらけなのだ。


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うーん、慣れない。久々だから。

高校の教師だったとき、


英検1級に4回落ちた。


TOEIC 900点を目指してずっと受けたけれど、885点止まりだった。



どうすれば、英検1級の作文で点が取れるようになるか。


なんてことはない。英検1級レベルの作文を、何度も何度も書けばいいんだ。


どうすれば、リスニング力が上がるか。


英語を聴いて、全部ノートに書き出せばいいんだ。



今日も、10キロ走った。


今日は、1キロ4分ちょいのペースで、10キロ。かなり早い。しかもモンゴル 笑


なんてことはない。


毎日、自分の限界のちょっと向こうまで走ればいいんだ。




そういうわけで、暖かくなってきたし、がんばります。

この前の新展開、っていうのは、そろそろ小説をちょこちょこ書いていこうと思っています。

ま、週1回くらい。1000字程度の、超短編。


どうやったら、小説が書けるようになるか。


なんてことはない・・・ ね。そういうことなんです。



言うは易し。 29歳。そろそろ本気ださねーとな。


斉藤和義。彼の無防備なファンキーさが大好き。


この唄が、「ひらけ!ポンキッキ!」のテーマソングとして流れていたなんて…

ファンキーな幼児たちだなぁ