「ご注文はフィッシュバーガーとカフェオレでよろしかったでしょうか。」
変な取り合わせだ。カフェオレといえば半分コーヒーみたいなもので、コーヒーにパンはまあ合うかもしれないけれど、少なくとも魚はコーヒーにはあわないだろう。魚を食べるならば、お茶がいい。それも、緑茶ではなくて、茶色い色の…どくだみ茶じゃないな。ほうじ茶。まて、ほうじ茶は茶色だったのか?ウーロン茶のほうが合いそうな気もするけれど、なんというか今はウーロン茶という気分じゃない。いやそもそも、ハンバーガーショップにお茶みたいなものがあるのだろうか。
「いや、ちょっとまって。飲み物に、お茶のようなものはあるかな。」
店員は少し困った様子で私を見た。それもそうだ。今日は日曜日で、そして今は昼の12時だ。公園でバドミントンやボール遊びをするためにでかけようとしている親子連れの多くは、このハンバーガーショップでお昼ごはんを買って、そして公園へと向かっていく。駐車場だってたくさんある。その気になれば、このハンバーガーショップに車を置いたまま公園へでかけることだってできる。いってみれば、それをみこしてこんなに大きな駐車場があるようなものなのだ。レジの前にはたくさんのひとだかりができている。店内には子どもの遊び場もあるから、あるいはここでゆっくりと昼食を取ってからでかけるのかもしれない。私だって、こんなよく晴れた日曜日に、仕事なんかしたくない。
「ティー・オレでしたらございますが。」
お茶にミルクを入れる必要がどこにあるのだ。私はお茶が飲みたいのだ。にごりなんか必要ない。透き通った色をしたお茶ののどごしを楽しみたいだけなのだ。それに、ティー・オレはやはり魚には合わないだろう。こんなことなら、いっそのことフィッシュバーガーをやめたらいい。いやまてよ。そもそも私はフィッシュバーガーを頼んだのだろうか。私はいまフィッシュバーガーが食べたいのか。今はチキンバーガーが安いと書いてあるじゃないか。だったら始めからフィッシュバーガーではなくてチキンバーガーを頼めばいい。チキンバーガーならカフェオレにも合うだろう。新鮮なキャベツの上にこんがり焼かれたチキンが載り、その上にタルタルソースだ。少し大きめのピクルスが添えてあればもういうことはない。
「あ、ごめん、やっぱり、チキンバーガーとカフェオレをお願いできるかな。」
今度は店員は注文を繰り返さなかった。春がきて、まわりの木々が花をつけるようになってもどういうわけか1本だけ花がついていない桜の木を眺めるような目で店員は僕をちらりと見ると、後ろを向いてチキンバーガーとカフェオレを取って私に渡した。彼女は急いでいたのか、会計の後にレシートを渡すのを忘れた。まあ、いい。レシートのひとつやふたつ、忘れたって何かが決定的に損なわれることなんかない。
さいきん、どうも、忘れることが多い。朝、新聞を読んだはずなのにどんな事件があったか思い出せず、そのため社内でも少し浮いた存在になっている。そして、そんな浮いた存在になっていることさえ忘れ、なんとなく昔の雰囲気で部下などに話しかけてしまうから、なんだか居心地の悪さを覚える。
「ねぇ、昨日の夕食、おいしかった?」
仕事帰りにコーヒー・ショップで落ち合った彼女がコーヒーを飲みながら言った。そのコーヒー・ショップは私の職場のすぐ近くにあって、仕事帰りに彼女と落ち合うときによく利用する。彼女のほうも、駅から近いのでなにかと便利なのだ。そういえば、ここにもティー・オレはあるけれど、お茶は無い。
「ごめん、さいきん、物忘れがひどくてさ、朝読んだ新聞の内容だってろくに覚えていないんだ。昨日何食べたかなんて、もう遠い昔のことみたいになっちゃったよ。」
私が言うと、なんだか私たちのテーブルの空気は周りよりも少しだけ薄くなったような気がした。少し呼吸がしずらい。何が起こったのか、と彼女を見ると、彼女は無表情で私を見ていた。私を見ている、というよりも、私の後ろにある窓を見ているような感じさえした。なにか間違ったことを言っただろうか、と考えてみたら、決定的な事実に思い当たった。そうだ。昨日は私の誕生日だったのだ。彼女は家でロースト・チキンとハッシュド・ポテトを作り、わざわざ私の家へ持ってきたのだ。そして私はお湯を沸かしてコーヒーをドリップし、それを食べた。そうだった。だから私は今日の昼、チキンではなくてフィッシュバーガーを注文したのだし、コーヒーではなくてお茶が飲みたかったのだ。どんなにうまい料理でも同じものを毎回食べるよりも、違ったものを食べたほうがいい。意識の上には上ってこなかったものの、無意識では覚えていたのだ。
無言で帰ってしまった彼女が飲んでいたコーヒーを眺めながら、自分のコーヒーを飲み、サンドイッチを食べた。ハムときゅうりのサンドイッチ。まだきゅうりはみずみずしく、噛むとパリッという音さえする。
口は、ものをいうためにあるのではなく、ものを食べるためにあるのだ。そうやって存在する分には、なんら問題はない。
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なんか・・・コミカルなようでシニカルですよね。うーむ。