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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

夏真っ盛りのモンゴル。冬の厳しい寒さがウソのように毎日強い日差しが容赦なく僕達の頭上から降り注いでいます。


旅を、してきました。

前日に泊まったゲストハウスを含めると、実に8泊9日の長きにわたった、モンゴルの”なつたび”


たまには、モンゴルの写真をふんだんに盛り込んで、たびの様子を伝えていきたいとおもいます。



モンゴルの夏休みは6,7,8月と長いですが、6月は大きな仕事が3つあって休みというわけではなく、また8月はとある学校でサマースクールの手伝いをすることになっているので、実質、与えられた休みは7月。


休みとはいっても、大学院のレポートやら修士論文やらマラソンの走り込みやら、まぁなんだかんだいろいろあるんですが、、、



7日間くらい、たびを、しよう!



と思い、でもひとりで行ってもなぁ…と考えていたら、ちょうど日本から旅行者が来る、ということで、「いっしょに行かない?」と誘って、彼と旅行することになりました。


たびは、とあるゲストハウスに頼んでツアーを組んでもらい、7日間かけて、中央モンゴル、古都ハラホリンや温泉などをめぐるツアー。

6泊7日で、329ドルです。日本円だと、2万5千円くらい?でしょうか。

ま、結果的に6泊で終わらなかったんですが…


一緒に旅行する合い方とは、会ったことも話したことも無い、ただネットで知り合った人。

でも、メールのやり取りから、「たぶん、楽しくすごせる」という感覚があったので、そんなに不安も無く、空港へ出迎え。



モンゴル8000

空港で。

これから1週間以上も生活を共にする相方、ヒロ。

元・ミュージシャンで、たびにも小さなギターを持って登場。


モンゴル8000

バスで中心街まで移動。荷物が大きいのと、日本語で喋っているのとで、周りのモンゴル人たちの視線が痛い。。。


モンゴル8000

韓国料理店で夕飯。

モンゴルの物価の安さに驚くヒロと、モンゴルの生活に慣れすぎて韓国料理店の高級感に対応できない私。(ビール飲んで、だいたい2人で1500円くらい。)



翌日からのツアーが、朝8時半出発ということで、この日はゲストハウスに宿泊。

ゲストハウスには、多くの外国人、とくにヨーロッパ系の方々が多く、久しぶりに英会話。


外国人たちの何人かは、世界を放浪していて、彼らは口々に

「人生はいっかいきり。やりたいことをやらなきゃおもしろくない!」

と言っていました。

なかには日本人で世界一周している方も。


そして、ミュージシャンの血が騒いだヒロは、ギター片手に欧米人たちがくつろくリビングへ。


モンゴル8000

コンサートがはじまります。


モンゴル8000
ギャラリー。ノルウェイとかイスラエルとかフィリピンとか国籍は様々。


モンゴル8000
みんな、自分の持ち歌を披露します。


モンゴル8000
音楽が国境を越えた瞬間。



結局床に就いたのは午前1時過ぎ。
モンゴルに住んでいると、あまり経験できないけれど、ゲストハウスに行くと、それぞれの思いを抱いてたびを続けている人たちが多くいる。


彼ら彼女らの顔は新しい世界を目にしたいという高揚感で満ち溢れていて、話す内容も、楽しい。

非日常が日常になってしまっている感覚。だから、僕はゲストハウスに泊まるのが好きです。

彼ら彼女らは、決して、日常に不満を抱いてたびを続けているんじゃない。

もっといろんな人と知り合いたい、もっとたくさんの世界と、たくさんの生活を見たい。

そんな思いを抱いて、大きなバッグを担いでたびを続けている。

実際、このツアーで多くの旅人と寝食をともにし、笑いあってきた。


彼ら彼女らと話していると、自分がどれほど小さい枠の中に縛られて、小さなことに気をもんで生活してるか、ってことに気付かされる。


正直、このたびをつうじて、僕の、人生に対する考えが、少しずつ、変わっていった。

まぁしかし、そのへんは、後ほど。



ゲストハウスの地下の、小さなライブハウスで、ヒロが小さなギターを抱えて歌った曲。

たびに、出よう。荷物なんて、なにもいらない。



旅行から帰ってきて10日間で、126キロ走った。

それから4日、レストを2回入れて、24キロ走った。


呼吸は、ほとんど乱れない。それどころか、キロ5分程度のジョグなら、口をふさいで走っても、ある程度走れる。

鼻呼吸だけで…

呼吸器系はすいぶん強くなったものだ。


しかしながら、それとは裏腹に、足に疲労がたまっている。


たしかに距離を多く積んでいるけれど、それにしては疲労が大きい。


たぶん、ラスト150メートルを、ダッシュするようにしたからだろうと思う。

何キロ走ろうが、ラスト150メートルはかなりのスピードでダッシュしているので、それが足に蓄積しているんだろう。


うまく疲労とつきあいながら、限界ポイントを少しずつ上げていく。今は、そんな段階、か。



高校時代は、違ったなぁ


疲れているときこそ、疲れなんか、見せるな。


高校時代に所属していた應援團で、よく言われた(というか、叩き込まれた)。


応援団が疲れなんか見せてたら、選手はがんばる気になんかならないだろう!


応援団は、どんなに疲れていても、姿勢ひとつ崩さず、表情ひとつ変えず、むしろ疲れているときこそ、最大限の力で仲間を応援しなくちゃならないんだ!



夏の野球が、始まりますね。


多くの人にとっては、夏の高校野球ってのは7月末からだけれど、僕にとっては、7月初旬から。


県大会が、僕にとっての高校野球。


熊谷高校野球部、


今年も、ひとつ、もうひとつと、勝ちを積み上げていってください。



校歌、歌いてぇなぁ。第二応援歌、歌いてぇなぁ。

なぁ、熊高生。



とりあえず、音源だけでも。

9歳下の代のやつか・・・


日本帰ったら、自分の代、UPします。




コミュニティ福祉学入門―地球的見地に立った人間福祉/著者不明
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大きな仕事を終えた6月だけど(ああしかし気付けばもう7月になってしまっているじゃないか。)


相変わらず毎日パソコンの前に座って書き物をしている。

しかしながら、毎日少しずつ、ペースを守って、ひとつひとつ前へ進めていくことで、なんとなく視界がクリアーになっている。


マラソンと同じで、とにかく足を前に出さないことには、ゴールは見えてこない。


頭で考えていても、何も前にはすすまない。とにかく、体を使って、一歩を踏み出さないことには、形のある変化は訪れないのだ。



大学院のテキスト。

僕の仕事と、福祉なんてのは、どこで結びつきがあるんだろう?と思うけれど、教育、特に途上国の教育には福祉の要素が強い、いや、強くなくてはならない、ということをこの1年で感じ、授業をとってみた。


なるほどー と思うことが多かった。

けっこう厳しい先生で、もう5本のレポートを提出したけれど(それでまだ3分の2とか言ってるから、恐ろしい)、書くたびに、また他の受講生のレポートを読むたびに、ボランティアとはなにか、他者の福祉にたずさわるとは何か、地球的見地とは…ということが、見えてきた気がする。



「宇宙船地球号」とか「地球市民」ということばが、あまり好きではない。


誰もが、文化や習慣、宗教などのバックボーンを持ち、それを互いに尊敬し、尊重する延長における「地球・・・」というのは、わかる。


しかし、なーんか、ホットでピースな「みんな友達ジャン」的のは、なんか、傍から見てて、「おまいら、何人じゃい」と突っ込みを入れたくなってくる。

そしてそういうのが、(僕の主観だけれど)日本人に多いような気がする。


結局、ボランティアとか福祉とか、そういったことばを用いずとも、我々が生を続けていく中では、自己愛みたいなものと他者愛みたいなものを行きつ戻りつしながら、なーんとなくバランスをとり続けていくしかないんだよなぁ、と思う。


自分だけよくっても、アカン。


「これがいい」って思うことを、他人に押し付けようと思っても、アカン。




そう考えると、


うーん



一緒になって、自分も、まわりも、ガハハと笑ってる状態が、最高だよなぁ、と、真剣に思う。




だったら、難しいことなんか、なんも考えなくっていいよね。




育ってきた環境が違えば、好き嫌いだってイナメナイ。から



思えばこれだけ生きてきて、俺は何人の人に出会ったろう




日本にいると、たくさん神社仏閣があるので、手を合わせる機会が多い。


願い事…



モンゴルでも、たまに寺社を訪れることがあり、手を合わせる。


願い事…




願い事は、好きじゃない。

願いがあるなら、自分でなんとかすればいい。




でも、



人との出会いは、なかなか、自分でなんとかできるものではない。


もちろん、ある程度まではコントロールできるけれど、一定のラインを超えたら、手に負えない。



だから、


願い事、というわけではないけれど、手を合わせる機会があると、いつも決まって同じことを頭に思い浮かべる。



良き、出会いを。





一生ものの友に、何人も出会えている私の人生に、感謝。




そんな、心の奥底に響くような歌を届けてくれるケツメイシに、感謝。



ケツメイシ「出会いは成長の種」



趣味の良い携帯電話を探すことほど、難しいことはない。


まったく、なんでこんな世の中になってしまったんだ。10年ちょっと前は、やれポケットベルだ、やれPHSだと浮かれて、携帯電話はまだ登場したばかりで、そのころは携帯電話が僕らに対して要望をつきつけるなんてことは考えられてすらなかった。


今日、私は朝から会議だったため、いつもより早く起きて携帯電話を起こさなければならなかった。


お尻のほうからさっと軽く持ち上げて、緑のボタンを1回、2回、3回とゆっくり押さなければ、機嫌が悪くなる。それが私の携帯電話の特徴だ。一度機嫌がわるくなった携帯電話をもっていちにち過ごすことほど面倒なことは無い。契約寸前だった商談も携帯電話の機嫌ひとつでダメになることだってある。


帰り道、私は珍しく携帯電話とふたりでゆっくり話をしようと、近くのミスター・ドーナッツに寄った。おいしいとはとてもいえないコーヒーを出すし、私の大好きなオールドファッション(外がさくっとして、中がふっくらした、ドーナツの最高傑作だ)が売り切れていることの多い、私としてはあまり行きたいくはない駅前のミスタードーナッツだ。しかししょうがない。携帯電話はこの店のコーヒーを好むし、それになにより、彼はこの店で作られているエンゼルクリーム(生クリームだらけの虫歯になりやすいあのエンゼルクリーム!!)が大好きなのだ。


「そんなこと言ったって、朝は眠いんだ。それに、君は充電が切れそうになってもギリギリまで僕を充電しようとしないじゃないか。」エンゼルクリームをほおばりながら、けだるそうに携帯電話は私に対する不満を口にした。


「そう何回も充電すると、バッテリーが長く持たないんだ。だから勘弁してくれ。」


「でも、真新しいバッテリーをつけるっていうのは、とても気持ちがいいんだ。ちょうど、夏の寝苦しい夜にまあたらしシーツに身を包んで、クーラーの中で寝るように。」


「それはわかるけれど、バッテリーを買うのは僕だ。君はいつでも受動的じゃないか。」


「でも君は、僕がいなくなったら困るだろう?」



携帯電話は、いつもこうだ。彼の不在による私の生活困難さを引き合いに出して、私に様々な要求をする。

それは正当性をもつような気もするし、まったく彼の自己中心的な判断であるともいえる。いずれにせよ、いまのところ、私が携帯電話に依存している限り、この関係性は解消のしようがないように思う。


でも、そうしている間にも、携帯電話工場では新しい機種がせっせと生み出され、不器用で偏狭な携帯電話たちは、どんどんと廃棄物として解体され、レアメタルだけを抜き取られ、ゴミのように捨てられている。そこには携帯電話たちの人格は無く、ましてや真新しいバッテリーの可能性すらない。



今日はすごく暑い日だった。私はクーラーの効いた部屋で、真新しいシーツに身を包んで寝る。

携帯電話は、念のため、充電器につないでおいた。そうしておけば、彼は文句をいうこともないだろう。




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無内容なようで内容があるような・・・


自分でもわかんないです。酔っ払って書きました。