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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

先月終わりから、走り方を変えた。

それは、この本に出会ったから。

裸足ランニング―世界初!ベアフット・ランナーの実用書 (ランニングBOOK)/吉野 剛
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踵から着地する現代の走り方は、膝を痛めるし、力のモーメントがブレーキ方向にも働くので、まったく効率的ではない。

そう遠くない昔の人たちは、そんな走り方をしていなかった。

なぜか。 裸足だったからだ。


裸足だと、かかとで着地したりなんかしない。そんなことをしたら足にかかる衝撃がすごいことになる。フォアフットと呼ばれる、前のほうの部分から、土踏まずのアーチをうまく使って衝撃をやわらげて走る。


足の前で着地すると、体の真下で地面をとらえられるようになり、踵で着地するときに比べて、体はやや前のめりになる。

だから、太ももを酷使することも無い。まえのめりだから、自然と足が出る。

アキレス腱とふくらはぎのあたりを、以前より使うようになった。



どんなに疲れていても、キロ5分を超えることは無い。


今日は、12キロを52分で走った。キロ4分20秒。さして疲労は感じない。


リズミカルに、楽に、跳ぶように、速く。


これが持続できれば、フルマラソンを3時間以内(キロ4分16秒ペース)で走ることも可能だ。




裸足ランニングの本を読んだだけで、これが実践できる背景には、日本の武道がある。


空手の足の運び、重心の移動。


そういうバックグラウンドがあるから、この走り方がすぐ出来たんだと思う。



日本に帰ったら、裸足で走ってみよう。


走ることは、それだけで、楽しい。

ご無沙汰です。



ここ1ヶ月ほど、新モンゴル高校という、日本の大学留学を目指す学校のサマースクールで教壇に立ってました。


夏期講習 っていうと、ひたすら机にかじりついて勉強…というイメージだけれど、ここは、そうじゃない。


川へゴミ拾いに行ったり、スピーチコンテストや詩の朗読大会、
環境や人権の授業、

そして、グループに分かれての、行動調査。


ゴミ問題担当の私は、街頭インタビューをしたり、JICAのプロジェクトについて聞きにいったり、ごみ収集所を訪れたりした。


ごみ収集所は、衝撃的だった。


ごみ収集車が到着すると、群がるホームレスたち。
ゴミの山で生活する人たち。
恥ずかしながら、1年以上こっちに住んでいて、そんな光景は初めて目にした。



生徒達は、日本の大学に行きたい、日本の大学で、知識や技術を学びたい、という。
しかし、大事なのは、その先。



「モンゴルの発展のために、働きたい」



みんな、口々に、そう語る。
はたして、日本の高校生、いや、大学生でも、「日本のために…」なんて言う生徒が、いるだろうか。



「自分の生まれ育った国のために」
そう語る生徒たちと過ごしていたら、僕の中のアツいものに、火がついてしまった。


日本のために、自分の生まれ育ったふるさとのために働ける人を、育てたい。つか、俺がそうなりたい。
国際的視野を持って、ものごとを相対的に捉えられる人を、育てていきたい。



変えるべきは、日本人だわー。
こんなとこで、あと10ヶ月もだらだらと税金食いつぶしてる場合じゃねーわ。


モンゴルの高校生に、教えられました。


生徒たちに、先生からの「ありがとう」を伝える動画を作りました。
よかったら、見てください。


さて、そろそろ帰国準備でもしましょうか。

29歳、無職、転職歴3回(うち、モンゴル1回)

そんな破天荒なボーズを雇ってくれる学校、絶賛募集中。


日本留学を希望する学生達を前にして教壇に立って、早、1ヶ月が過ぎようとしている。


この間、いろいろな思いが、僕の中に現れては消え、していた。



説明みたいに書くと長くなるから書かないけど



つまり、


やりかたとか、テクニックとかじゃ、ないんだよね。


僕が一生かけて、伝えていきたいことっていうのは。



僕は、正直、英語教育にも、日本語教育にも、そんなに関心が無い。



だから、


大学は言語学で学士をとったけど、いまは開発学で修士を取ろうとしてるんです。



伝えたいのは、モノの見方。


世界の見方。


自分の見方。


どうやって、考えたらいいか。どうやって、感じたらいいか。


どうやって、生きたらいいか。



高校教師時代の教え子の中に、何人か、


「英語の先生になりたい」


って言ってくれるのがいる。



・・・うーん


そうじゃねーんだよ。


そうじゃねーんだよなぁ。



狭くなっちゃだめなんですよ。


僕は、自己紹介で、「教師です」って言うと


「えっ!!!」


と、驚かれることが多い。



ある職業に特有の顔って、あるみたいですね。


決して、その職業に就くときにそんな顔をしていた、ということではなくて


働いているうちに、だんだん、その職業にあった顔に変わっていくらしい。



僕は、教師らしくない。



今日、日本から研修に来た山形県の高校の先生方に会ったけど



先生ですねー



という顔してた(ついでに言えば、公立の先生特有のゆっくりした、平和な感じ)。





ちげーんだよなぁ。




死ぬまで、全力で、走り続けて、いたいんです。


いろんな方向に向かって、全力で走り続けていたら


だんだん、自分の方向性が、見えてきたんです。


やっぱ、公立高校じゃないんですね。それは、わかった。


ただ、待遇とか将来性とか安定性とか、そういうクソつまらない理由で、まだ未練があるみたいで。





そういうわけです。



8月、9月・・・


まだ、間に合うか。




斉藤孝の『スラムダンクな友情論』っていう本を、昨日から寝る前の読書で読んでいる。


で、読んでいたら、なんだか、ふと、圧倒的な感謝の気持ちに襲われた。



生まれたときから、家族の笑顔に囲まれ


小さかったころの写真が家に飾ってあり


小学校、中学校、高校、と、大人になるまでの各ステージで、様々な、趣向を凝らしたイベントが用意されていて


涙を流すほど感動する経験もさせてもらえて




・・・なんだろう、これ。


すべて、人間が、人間のためにこしらえた装置なんだよね。全部。


小さいとき、アイスが食べたい!って言うと、こっそり、じーちゃんが連れて行ってくれた、セブンイレブン。


母さんに怒られるのがわかっていながら、こっそりマルヒデにファミコンを買いに連れて行ってくれた、オヤジ。



そういう、いままでの僕に降り注がれていた善意みたいなもののすべてが、僕の頭を駆け巡った。



人間って、すっげぇ。


人間を感動させるためにこんな大掛かりなシステムを長いあいだかけて作り上げてきた人間って、すっげぇ、と思う。




だから


いま、これを書いているアパートの窓の下で遊ぶ子ども達にも、感動を見つけられるための装置を、作る手助けをしていきたいと思う。




大人になったとき、「いい人生を過ごしてる」ってみんなが実感できるような舞台を


その助けができれば、と思う。



そんなことを、夜、ベッドにねっころがりながら、ふと、思った。






いまは、JICAの仕事は休み。モンゴルは夏休み真っ盛りなので、学校に勤めるほかの隊員達は、いろいろな場所にたびに出ている。


僕は、前にも書いたとおり、知り合いの勤める学校で、「夏期講習」の講師をしている。



その学校は、日本の大学へ留学させることを目的にし、日本式の教育を施す、ということで有名な、モンゴルでもトップクラスのエリート学校。

ここで講師をすることになってから、校長その他いろんな方と話す機会があるが、みな、野心的というか、熱いものを感じる。

日本の会社やNGOなどをどんどん味方につけ、奨学金を得たり、スポンサーをつけたりしている。


そうでもしないと、日本の大学の学費や生活費なんて、とても生み出すことは出来ない。


ま、そんな、学校のことはどうでもいいんだけど…





ここで学んでいる生徒達に、いつも、おどろかされる。


「日本の大学に行きたい!」という熱意を感じるのは、当たり前なんだけど、、、


もんだいは、そのあと。


「日本の大学に行って、そして、どうするんですか?」ときくと



「日本で○○を学んで、それをモンゴルの発展のために、生かしたい」



という答えが、必ずといっていいほど返ってくる。


日本に置き換えて考えてみると…


アメリカやイギリスへ留学する日本人が


「学んだことを、日本のために…」


なんて、ほとんど言わないだろうなぁ。。。




国のために、海外へ出て学ぶ。


聞くと、日本の会社に入って、日本で暮らしたい なんて生徒は一人もいなかった。





うーん…


日本は、いまのままでいいのか?


もっと、愛国心を養う教育が必要なんじゃないのか?


もっと、途上国から学ぶこと、たくさんあるだろうなぁ。



と、思うこのごろです。

大学院も佳境。あとは修士論文と、いくつかの単位を残すのみです。


卒業すれば、私は「開発学修士」。

その気になれば、国連なんかの国際機関にも就職できるんだよな。。。


いろいろ考えてみます。今後のこと。

教壇に立つか、もっとひろく教育を動かす立場に行くか。

ま、いければ、のハナシだけど。






なんだか今日はひとりごとっぽいな。


突然あたまに浮かんだので、エレカシ。なっつかしいなぁ。あのころ。