シリーズものをやるとブログのアクセスがだいたい跳ね上がるんですが、昨日は460を越えました。
私の独り言をお読みくださってありがとうございます感謝しております。
ちなみに、今は期間限定で実家に住んでおりますが、すきま風がひどくて、パソコンのキーボードを叩く指がほんと冷たいです。
そんな状況ですがみなさんのご期待にこたえて今日もたらたらとお話を続けさせていただきますよろしくお願いします。
あ
世間は、もうクリスマスですね。
私は仲のよい男3人衆で鍋パーティを行う予定ですああ切ない 笑
ではでは、気を取り直して。
お話を続ける私。
今日は、青年海外協力隊の仕事について、お話します。
たぶん、みんな、いちばん聞きたいところじゃなかったかと思います。
国際関係学部の講演会でしたから、協力隊に興味を持っている人たちは多いんですよね。
モンゴル・ウランバートル市教育局外国語課に配属されていた私の仕事は、大きく2つ。
・市内の初中等機関(平たく言うと、小学校から高校までです)を巡回して、日本語を教えること。
・現地の日本語教師の能力向上のための勉強会を開くこと
まぁ、そのほかにもラジオ講座の声優とか、統一試験の運営とか日本語キャンプ主催とか、わりになんでもやみたいな仕事でしたが。。。
上の写真は、入学式です。
モンゴルは大きな講堂がないので、式典はこうして外で行うことが多いですね。
おなじく、入学式。校舎はこんなかんじです。
日本語を学ぶ子供たち。
3年生だから、9~10歳でしょうか。
ひらがなを学んでいます。
ここは、21番学校。理系、とくに医学系の進路を希望している生徒が多い、とのことです。
おなじく21番学校の、5年生。
ガラにも無く折り紙などを教えております。
ここは84番学校。日本語のほか、ドイツ語も教えられていて、音楽や舞踊の専門コースもあります。
剣玉を教えています。
ひとつのことに集中する、という意味では、モンゴルの子供たちはすごいです。
ほかに遊び道具が無いからかもしれません。
日本は…モノであふれてますよね。
日本の今の状況は、子供が真剣になる機会を奪ってしまっているのではないか、と思うことがあります。
教育実習生の指導なんかもしました。
本当は先生たちの役目なんですけどね。。。なんか、こうして仕事をちょこちょこ振られていました。
彼はデギー君といって、静岡の高校を卒業しており、日本語は達者です。
今は、通訳のような仕事をしている、と聞きました。いまでもたまにチャットをしています。
これは、集団メイド喫茶…ではなく、卒業式です。
やっぱり外でやります。
卒業式が終わり、各教室で写真撮影などをしています。
なんか、あれですね。一見、どっかの田舎のヤンキーみたいですね。
れっきとした卒業生たちです。
私の左側に移っているのは、ダルマーといって、とても勉強熱心だった生徒です。
今も大学で日本語を専攻しており、機会を見て日本へ留学したい、と言っています。
こちらが、先生方を対象にした勉強会の様子。
このときは教育学部の学生たちも来てくれたので、これだけの人だかりになっています。
ふだんはもっと少ないんですよ 笑
このときは、「読解教材の指導法について」というセミナーを行いました。
こちらも勉強会のひとコマです。
せっかく日本人が来ているのだから、ということで、日本文化紹介なんかもやっていました。
私は空手道の初段を持っているので、こうして空手講座などを。。。
書道の講座です。
みなさん、真剣ですね。
…と…
まぁそんなふうに、日々をすごしておりました。
けっこう日本に帰ってきてから、
「協力隊って、どうでしたか。」
というような質問をされることがあります。
でも、、、
うーん
「協力隊」とひとくちにいっても、いろんな職種があるし、国も違えば地域も違います。
同じ国、地域でも、職種によって、何をするかは違います。
それと、「運」みたいなものもあります。
なにが「運」かというと…
派遣先へ行って、歓迎されるかされないか、という運です。
心待ちにしているところもあれば、そうでないところだってあるんです。実際。
モンゴルに同じ時期に出かけた同期だけを見ても、
「よく来てくれた!」と歓迎された仲間もいるし
「やることが何も無い」という人もいる。
モンゴルに来てから、「やっぱり、来なくていい」と配属先に言われ、3ヶ月待ってようやく行き先が決まった人もいる。
大切に扱われて、毎日昼ごはんを出してもらっている人もいれば
仕事に来なくても何も言われない人もいる。
千差万別なんです。
でも
いや、
だから、なのか。
自分で動かないと、何もはじまらないなぁ、というのは、いつも思っていました。
昨年末あたり、けっこう仕事がつらかったときに、ふと、日本の友人にメールを送りました。
「じぶんとなんの関係も無いところにでかけていって、何かを変えようとする、って、難しいよ」
無意識のうちに、そんなことを書いていた自分にびっくりしました。
そうですよ。
難しいんです。
でも、
「変えよう」 じゃなくって
「変わろう」 とすることなら、できる、と思いませんか。
私は、高校時代、ガチガチに厳しい応援団に所属していましたが、先輩からはいつも
「がんばっていないやつに「がんばれ」と言われても、何もうれしくなんかない。そんなのは応援団じゃない」
と言われていました。
誰かを変えようと思ったら、自分が変わらないと。
誰かを笑わせようと思ったら、自分が笑わないと。
誰かに夢を持たせたかったら、まず、自分が夢を持たないと。
まず、自分が動かないと、周りは変わっていかないんです。
「協力隊って、どうでしたか」
そう、問われたら
「自分が変わって、周りが変わるきっかけをつくるみたいな仕事じゃないかな」
そう、答えるようにしています。
音を出さなければ、音楽ははじまらない、ですよね。
明日は、「新モンゴル高校」という学校と出会い、そこですごした1ヶ月のお話をしましょう。
目の前の現実と 僕の理想が いつか 重なるかもしれない。
トータス松本『花のように 星のように』




























































