まだ静かな、夜明け前の山を登る。
張りつめた空気が、頬をなぞる。

 

遠く、澄みわたる東の空。
そこから、ゆっくりと太陽の光があらわれた。

 

初日の出。

 

気づけば、胸の前で自然と合掌している。

 

言葉はなく、
ただ——「つながっている」と感じる。

 

山と、空と、光と、
そして、ここに立っている自分。

 

いつ、どんなときも、
日は昇る。

 

そして今、日常へ戻る。

たぶん今年も、いろいろある。
思い通りにならない日も、悔しい日も、揺れる日も。
 

それでも——
今日見た光は、消えない。
 

うまくいかないことがあっても、
その出来事を「力に変える」と決める。
一歩ずつでいい。
呼吸を整えて、また前へ。

 

今年もあと2日。

 

眠る前に、今日の “よかったこと” を3つだけ。
ほんの小さな出来事でかまいません。

 

空の色がきれいだった。
誰かに微笑んでもらえた。
あたたかい飲み物で心がほっとした。

 

なんでもいい。

 

思い出したら、
「今日もありがとう」
そう呟いてみてください。

 

胸の奥がふわりと緩んで、
小さな灯りがひとつ残る。

 

その灯りを抱いたまま、
静かに目を閉じて。


あなたにとって、やさしい夜になりますように。
そしてどうぞ、あたたかな年をお迎えください。

Facebookを眺めていたら、
ふと目に飛び込んできた一枚の絵。

 

トルコの画家、スィベル・ギュレー

 

「見てみたい。」
そう思ったのは、人生で初めてだった。
気づけば、迷わず展示会の予約ボタンを押していた。

 

■ 人生で初めて“絵に呼ばれる感覚”

 

展示会の会場。
少し緊張しながら作品の前に立つ。

 

吸い込まれるような光。
揺れるような桜の表情。

深くて、やわらかくて、どこか厳か。

 

展示スタッフの方が声をかけてくれた。

 

「油絵は、近づくと凹凸が見えるんですよ」

 

なるほど、表面のわずかな盛り上がり。
筆の運び、色の厚み。
説明を聞けば聞くほど、
絵の奥へ奥へと引き込まれていく。

 

■ 光で変わる、一枚の絵の「表情」

 

気に入った作品をひとつ選び、
椅子に座ってゆっくり眺めさせてもらう。

 

スタッフの方が


「光の当たり方で、まったく違う表情になるんです」と。

 

窓から差しこむ光、
夕陽へと移り変わる光を想像しながら眺めると、
絵が浮かび上がってくる——まるで3Dのように。

 

さっきは見えていなかった色が見える。
隠れていた余韻がふわりと現れる。

 

なんて贅沢な時間なんだろう。

 

もう1点の作品は、冬の凛とした空気のなかに、やわらかさがそっと混ざり合っていた。
その絵もまた“時間と光”で表情を変えていく。

 

絵に吸い込まれるとは、こういうことなんだと知った。

 

■ 鑑賞後は、心のままに東京大神宮へ

 

絵の余韻をまとったまま、
年末のお参りで 東京大神宮 へ。

 

一年の感謝と、来年の抱負を静かに祈る。

 

そのあとにいただいた、
少し早い「年越し蕎麦」と、
お清めの蕎麦湯割りの焼酎。

なんともいえない満ち足りた締めくくり。

 

心が静かに深く動いた一日だった。
自分が“美しい”と感じるものに、
素直に手を伸ばしてよかった。