箴言31章 第2回「王よ、口を開け」締めのお祈り | Truth Hawkのblog

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🙏 箴言31章 第2回

「王よ、口を開け」締めのお祈り


天のお父様。

今日も安息日の中で、
あなたの御言葉を開き、
箴言31章から学ぶ時を与えてくださったことを、
心から感謝します。

レムエルの母が、
王となった息子へ語った言葉を通して、
私たちは今日、
改めて問われました。

何に満たされているのか。
何を忘れているのか。
誰の声を聞いているのか。

そして、
誰のために口を開いているのか。

主よ。

どうか、
私たちの心を探ってください。

私たちは、
酒だけではなく、
さまざまなものに、
酔ってしまうことがあります。

自分の力。
自分の経験。
自分の知識。
自分の正しさ。
人からの評価。

お金。
立場。
成功。

そして時には、
あなたを知るために与えられたはずの、
聖書の知識さえ、
自分を高くするために、
使ってしまうことがあります。

主よ。

私たちを、
自分自身に酔う者としないでください。

何かによって、
判断を曇らせ、
あなたの御言葉を忘れ、
目の前にいる人を、
見失うことがありませんように。

酒に酔うのではなく、
御霊に満たしてください。

そして、
イェシュアが語られた御言葉を、
御霊によって、
思い起こさせてください。

主よ。

私たちに、
覚えている心
を与えてください。

自分が、
どこから救い出されたのかを、
忘れないようにしてください。

自分の力だけで、
ここまで歩いてきたのではないことを、
忘れないようにしてください。

何度赦されたのか。
何度支えられたのか。

何度倒れたところから、
起こしていただいたのか。

それを、
忘れない者としてください。

満ち足りた時ほど、
あなたを覚えさせてください。

力を持った時ほど、
自分もまた、
あなたの恵みによって生かされている者であることを、
覚えさせてください。

そして主よ。

私たちが、
自分自身の過去を覚えることによって、
弱い立場にいる人を、
見下すことがありませんように。

「なぜできないのか」
ではなく、
「何が必要なのか」
を見ることができますように。

「なぜ声を上げないのか」
ではなく、
「声を上げられない理由があるのではないか」
と、
立ち止まることのできる者としてください。

主よ。

私たちの耳を、
開いてください。

声の大きな者だけではなく、
小さな声を聞かせてください。

立場のある者の言葉だけではなく、
誰にも聞いてもらえなかった声を、
聞くことができますように。

言葉になった訴えだけではなく、
言葉にできない苦しみにも、
気づくことができますように。

「大丈夫です」
という一言の陰に、
涙が隠されているなら、
それを見過ごさない心を、
与えてください。

しかし主よ。

私たちが、
感情だけで判断することもないように、
守ってください。

一方の言葉だけを聞き、
すぐに誰かを悪と決めつけることがありませんように。

事実を確かめ、
よく聞き、
正しく見分ける知恵を、
与えてください。

弱い者だからという理由だけで、
すべてを正しいとするのでもなく、
強い者だからという理由だけで、
すべてを悪とするのでもなく、
人の立場ではなく、
あなたの真実によって、
判断することができますように。

そして主よ。

私たちの口を、
治めてください。

自分を高くするために、
語ろうとしている時には、
口を閉じさせてください。

怒りによって、
人を傷つけようとしている時には、
手を口に当てさせてください。

自分の知識を見せたいだけなら、
沈黙する知恵を、
与えてください。

言い返せる時にも、
言い返さない強さを。

勝てる時にも、
勝つことを目的としない強さを。

自分の正しさより、
あなたの御心を求める心を、
与えてください。

しかし、
主よ。

語らなければならない時には、
私たちを、
黙らせないでください。

誰かが傷つけられている時。
弱い者の権利が、
曲げられようとしている時。
助けを求める声が、
誰にも聞いてもらえない時。
恐れによって、
誰も口を開こうとしない時。

その時には、
勇気を与えてください。

自分を守るためではなく、
人を守るために、
口を開くことができますように。

主よ。

「平和」という言葉を使って、
問題を隠してしまうことがありませんように。

一人の人が、
すべてを我慢することで保たれている静けさを、
平和と呼ぶことがありませんように。

あなたの平和は、
傷を見えなくすることではなく、
真実の中に、
人を立たせるものであることを、
覚えさせてください。

閉じるべき口と、
開くべき口を、
御霊によって、
見分けさせてください。

イェシュア・ハ・マシアハ。
あなたは、
真の王です。

あなたは、
ご自分を守るためには、
沈黙することのできる王でした。

偽りによって訴えられても、
侮辱されても、
ご自分の力を、
ご自分のために使われませんでした。

しかし、
弱い者のためには、
口を開かれました。

人々から退けられた者へ、
近づかれました。

誰も聞こうとしなかった声に、
立ち止まられました。

そして、
十字架の上でさえ、
あなたの口は、
他者へ向けられていました。

どうか、
私たちにも、
その王の姿を、
刻んでください。

主よ。

あなたのエクレシアを、
守ってください。

私たちが、
自分たちの名誉を守る時だけ、
大きな声を出す共同体とならないようにしてください。

教理を語りながら、
人を忘れないように。

預言を語りながら、
苦しむ者を忘れないように。

終末を語りながら、
今日、
目の前で助けを必要としている人を、
見過ごさないようにしてください。

建物や制度や人数ではなく、
イェシュアに属する者たちが、
互いに耳を傾け、
パンを分け、
傷ついた者を支え、
声なき者のために口を開く、
そのようなエクレシアとなりますように。

主よ。

私たちに与えられている、
力を聖別してください。

私たちに与えられている、
知識を聖別してください。

私たちに与えられている、
経験を聖別してください。

私たちに与えられている、
立場を聖別してください。

そして、
私たちに与えられている、
口を聖別してください。

自分を大きくするためではなく、
あなたを賛美するために。

人を傷つけるためではなく、
人を生かすために。

嘘を広げるためではなく、
真実を語るために。

そして、
自分では声を届けることのできない者のために、
使うことができますように。

主よ。

今日学んだ御言葉を、
私たちの心に刻んでください。

何に満たされているのか。
何を覚えているのか。
誰の声を聞いているのか。
いつ口を閉じるのか。
そして、誰のために口を開くのか。

この問いを、
知識として終わらせず、
今週の歩みの中で、
生きることができますように。

自分のためには、
口を閉じることのできる強さを。

声なき者のためには、
口を開くことのできる勇気を。

そして、
そのどちらを選ぶべきかを見分ける、
御霊の知恵を、
私たちに与えてください。

王よ、
酔ってはいけない。
王よ、
忘れてはいけない。
王よ、
耳を開け。
王よ、
自分を高くするためには、
口を閉じよ。

そして、
声なき者がいるなら――
王よ、口を開け。

私たちの真の王、
イェシュア・ハ・マシアハの御名によって、
感謝してお祈りいたします。

アーメン。