「コンビニ人間」 村田 紗耶香 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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遅ればせながら、といったところだが、昨年芥川賞受賞の時、息子が買った文藝春秋を譲り受けて、延々と放置していた。
今回たまたまページを開いて一気に読んだ。以下、感想とあらすじ。

 

感想

コンビニやマクドで見掛ける、マニュアル通りの挨拶、応対にイラっとする事がたまにあるが、そのマニュアル通りに動く事で、ようやく「人間として生きられている」。そんな主人公を巡る話。

 

まず、本当に読み易いのに驚く。何の抵抗もなく読み進めているうちに、終わってしまったという印象。
文章力がある、という事なのだろう。
また、一人称なのに、どこか客観的な表現(あらすじでは便宜上三人称としている)。

十八歳でコンビニバイトを始めてから、同じ店で十八年間。元々おかしな子、と言われて来たのを、沈黙する事でかわして来た(本質は変わっていない)。コンビニのマニュアルを纏う事で「普通の人間」を手に入れたものの、延々と勤めるうちに、次第に綻びが出て来た。

 

そんな時に現れた白羽。いきなり婚姻届、にはちょっとドン引きだったが、もともと自身を突き放しているし、他人が感じる白羽に対する嫌悪感さえも、あまり感じていない。
そういう意味では、どこかが欠落している、という恐ろしさがジワジワと迫って来る。

 

結局白羽のようなクズ人間にさえも見放され、喜びを以て元のコンビニ生活に戻って行く姿に、悲惨さを感じるのか、明るさを感じるのか。

その両面性を持つのが、この小説を非凡なものにしている。

 

自分自身のエピソードで、幼稚園の運動会での大玉送りを、先生から「乱暴に扱ってはダメ」と言われて丁寧に扱いすぎ、競技が中断してしまったという話に、笑った(本人にそういう資質あり)。

 


あらすじ
コンビニ(スマイルマート日色町駅前店)でキビキビと働く女性、古倉恵子。コンビニ店員として「生まれて」18年の、現在36歳。
コンビニ店員になる前の記憶があいまいだが、奇妙がられる子だった。幼稚園の頃、公園で死んだ小鳥を見て「これ、食べよう」と言って母親を驚かせたり、小学校では男の子のケンカに「誰か止めて!」との叫びを聞いて、スコップで暴れる男子の頭を殴ったり。
何かをすると周りが強く反応する、そういう思いから、自分から動く事を一切やめた。

 

大学1年の時、今のコンビニがオープンする準備段階を目にして興味を持ち、面接を受けた。研修の過程で、店員としてのスキルをどんどん身に着けていく。手本通りにこなして行く快感。
他の店員たちとも適度な距離を保ち、日常生活も見かけ上うまくこなしている。相手の表情を見て「ああ、私は今上手に「人間」が出来ている」と感じる。
同僚の泉さん。

似た年恰好のため、同年代としてのセンスを真似ている。

 

学生時代の友人との会話。結婚していない事に対して最近問われる事が多い。あまり体が丈夫じゃないから今もバイト、という言い訳を続けている。

 

ある日店に、新人の白羽がやって来る。痩せて背が高く、勤勉とは無縁の印象。商品並べもまともに出来ない白羽に恵子が細かく説明。

こんな仕事は男の本能には向いていないと居直る白羽。
別の店員が白羽の奇妙さを指摘し、古倉さんは怒らないですよね、と感心。ぎくりとする。

 

バイトが休みの日に妹のところへ遊びに行く恵子。電気会社に勤める夫と、乳幼児の息子を持つ妹。結婚もせず、18年もコンビニ店員を続けている事の言い訳を、妹に考えてもらっていた。

 

客にいちいち指図をする中年男性を巡ってひと悶着。店長が対応した。それが一段落して白羽の話に。今日も遅刻でまだ顔を見せていない。別の店員から、勤務中にケータイ見ているとの情報も。
そこへやって来た白羽に店長が叱咤。恵子と二人だけになった時「コンビニの店長ふぜいが」と罵る。次々に出て来る差別用語。
何の気なしに、どうしてここで働き始めたのかを聞くと、婚活だと言う。だがろくな相手が居ない、とまたグチ。

 

次に店へ行った時、シフト表の、白羽の名前にバッテン。常連客の女性へのストーカーまがいの行為が見つかり、店長がクビにしたという。

 

久しぶりに同級生の集まり。バーベキューパーティで、ユカリの旦那も来ていた。仕事の話から、例によって恵子が結婚していない話題。

いつも通り体が弱いとの言い訳に、ユカリの旦那が反応。就職が難しくても、結婚ぐらいはした方がいいとおせっかい。

次第に盛り上がり、婚活サイトに登録したら、とまで。
「今のままじゃだめって事ですか、それって何ですか」の言葉に、場の空気が一変。自分が異物になっている事に気付く恵子。
だから治らなくてはいけないんだ。治らないと正常な人達に削除される。

 

パーティの後、休みだったが店に顔を出す恵子。店員たちから声をかけられ、今はまだ使える「道具」だと実感する。
店の外にいる白羽を偶然見つける恵子。常連客の女性を待ち伏せていた。今度こそ警察沙汰になりますよ、と警告されても居直る白羽。

だが話しているうちに感情が高ぶり、泣き出す。

 

仕方なく白羽を連れて近くのファミレスに入る恵子。ドリンクバーで恵子に出された飲み物を飲みながら、延々と持論を展開する白羽。この世界は縄文時代と同じ。ムラのためにならない人間は削除されて行く。
結婚して、文句を言われない人生を送りたい、という白羽に、婚姻だけが目的なら、私と婚姻届を出すのはどうか、と提案する恵子。
君を相手には勃起しないとうそぶく白羽に、婚姻届は書類上だけの話だと説明し、コンビニ店員を例に挙げて、皆の中にある「普通の人間」という架空の生き物を演じるのだと言った。
どこかで変化を求めていた恵子。悪い変化でも、膠着状態よりはマシ。沈黙する白羽。

 

見切りをつけて帰ろうとする恵子に、ぽつりぽつりと身の上話を始める白羽。
ルームシェアをしていた相手が居るが、家賃滞納で追い出されかかっている。北海道の実家には弟夫婦がいて借金が出来なくなった。
長い話に、翌日の仕事に差し支える、と強引に自分のアパートまで白羽を引っ張って来る恵子。妙な臭いのする白羽を無理やりシャワーさせている間に、妹に電話して家に男性が居ると話す。

妹は勝手に話を作り上げて感動。

シャワーから出て、恵子が妹に電話をかけた事を知った白羽は、そんなに結婚をあせっているのかと引くが、恵子自身にはそんな気はなく、嫌なら帰っていいと突き放す。翌日仕事だからと、さっさと寝る恵子。

翌朝も書置きだけして店に出る。

 

帰宅すると白羽はまだ居た。

恵子のことを底辺中の底辺、子宮も劣化した「ムラ」にとってのお荷物と罵った一方で、恵子の提案を受けるという。
白羽が家に居ることで(貧乏人が同棲)皆が納得してくれる。あなた側のメリットは?と聞くと「自分を世界から隠して欲しい」。

赤の他人に干渉されるのはうんざり。
何も食べていない白羽に冷蔵庫から炊いた米、茹で野菜(醤油をかけたもの)を出す。食材には火を通すが、味は必要ない。

塩分が欲しい時には醤油をかける。

 

こうして始まった同居生活。同級生の集まりに行った時、皆は狂喜乱舞。こちら側へ「ようこそ」。
白羽の分の食費が増えたので、出勤日を増やす必要がある。

店長へ申し入れ。
そのついでに店長が、白羽の私物が置きっぱなしだとのグチ。何の気なしに「持って行きましょうか」と口をすべらせると、店長が食い付いた。
混雑する店内に入り、ヘルプをしてその場を逃れるが、バックルームに戻ると店長が喋ったため、皆が恵子と白羽の関係を聞いてくる。

 

帰宅すると、白羽は風呂場のカラになったバスタブでタブレットを見ている。押入れでは虫が出るという。コンビニで白羽の事を話してしまったと言うと、困るのは貴女だと返す。

今までただ気持ち悪かっただけだから何も言われなかった。

だがこれからは直接言われる、と。

店では白羽と恵子の事が広まり、皆からしつこく聞かれるようになった。うんざりする恵子。

 

あの日電話を掛けてから1ケ月ほどして妹が訪ねて来た。外出を促したが、白羽は部屋から出なかった。妹が来て、電話で喜んだ状況とは違っている事に気付く。あれを家に入れておくと便利だと説明する恵子に、いつになったら治るの、と泣き始める妹。

コンビニのバイトを始めてからますますおかしくなったとも。
そこに、風呂場から出て来る白羽。実は恵子とケンカをして風呂場に居たとの説明。元カノと飲みに行ったのがバレたのだという嘘の演出に、妹として許せない!と叫びながらも、このうえなく嬉しそうな妹。
叱るのは「こちら側」の人間だと思っているから。

問題だらけでも「こちら側」の方がマシ。

 

翌日、店から帰るとまた女物の靴。白羽の弟の嫁だという。ルームシェアの家賃滞納で実家まで請求が来た。

どうしてここが判ったのかと白羽が聞くと義妹は、以前彼が借金で実家に来た時、亭主に頼んで白羽の携帯に追跡アプリを入れたのだと言って鼻で笑う。

義妹の視線が恵子に向かった。36歳でバイトをしているという返事に驚き、就職か結婚、どちらかした方がいいと忠告。

白羽は、彼女にはバイトをやめてもらって職探しをしてもらう、と宣言。しぶしぶ帰る義妹。疲れてぐったりとなる恵子。

 

コンビニを退職した恵子。18年間勤めた割には全くあっけなかった。
白羽はネットで恵子が次に働くための求人チェックを意気揚々と行っている。
眠くなったら眠り、起きたらご飯を食べる生活。

日付を見たら二週間ほど経っていた。全てをコンビニにとって合理的かどうかで判断していた自分。基準を失った。

 

コンビニを辞めてから1ケ月あまり。

初めての面接。白羽が見つけて来たもの。
面接先まで送るという白羽。電車で向かうが、一時間以上前に着いてしまった。コンビニのトイレに向かって恵子も後に付いた。
コンビニに入った瞬間、聞こえる懐かしいチャイム。

コンビニの中の音全てが細胞へ直接働きかける。
店内の商品レイアウトが気になって手直しする。怪訝そうに見る客に「いらっしゃいませ」と挨拶してごまかす。

更にチョコレートの陳列も売れ筋に合わせてセットし直す。
女子店員も怪訝な顔で見るが、レジに忙しくて身動きが取れない。

本社の社員を装い会釈する恵子。それだけで納得する店員。
その間にセットし直したチョコに目を止めて客が盛り上がる。
レジが一段落して女店員が近づくと、店の運営についての注意すべき点をテキパキと教えた。信頼しきった声で「はい」と返す女店員。

 

トイレから戻った白羽が「何をしているんだ!」と怒鳴る。

訳が判らない女店員。
店の外へ引き出された恵子は「コンビニの声が聞こえるんです」。
怯えたような表情の白羽に、人間としていびつでもコンビニ店員から逃れられない、私の細胞全部がコンビニのために存在している、と話す。
狂ってる、そんな生き物を世界は許さない。そんな事より僕のために働いた方がずっといい、と諭す白羽に、コンビニ店員という動物である私に、あなたは全く必要ないんですと言った。

気持ちが悪い、お前なんか、人間じゃない、と言う白羽の手を振りほどく恵子。白羽は去って行く。

 

細胞全てがコンビニのガラスの向こうで響く音楽に呼応して、皮膚の中で蠢いているのをはっきりと感じていた。