もちろん日本の中にも龍や蛇にまつわる神話や民話は沢山あるのだ。
むしろ日本ほど龍蛇にまつわる話を多くもつ国は他にない。
今回から龍蛇について入って行きたいと思います。
先ず、蛇にまつわる身近なものとして、日本の古来から伝わる『しめ縄』がある。
しめ縄は二本の縄をねじり合わせて編まれている。
そもそも、しめ縄は蛇が交尾している形を現すとされる。
蛇は交尾をする時にお互いの体を絡め合って何日も続く。
更に蛇は脱皮して成長することから再生と生命の力をもつ。
このことよりしめ縄は古きものから、新たなものへの再生の形を表すのだ。
だが、表すと言うだけにこれは表の事象と言える。
伊勢神宮を始め、日本全国の神社の殆どが
結界の意味として張られているのが裏の事象である。
しめ縄は聖域と人間界の境界線である。また、外の世界と内の世界を分ける境界線ともいえる。
しめ縄の『境界線』は表の意味であり、裏は『結界』の意味をもつ。
更に結界にも表と裏の意味がある。
表は外からの侵入を防ぐ(守る)意味があり、裏は内のものを外に出さない(護る)意味がある。
この二つの漢字は現代では同義語になっている。
しかし漢字の成り立ちをみると全く状況が違う。
『守る』は家屋を表す象形と手の象形である。つまり、家屋を手で囲ってまもるという意味がある。
『護る』は違うのだ。
護るの左側の『言』の漢字は取っ手のある刃物の象形と神への誓いの文書(言葉の祝詞)を入れる器の象形の組み合わせであり、まもれないと刑罰を与える意味がある。
更に右側の漢字は鳥と手の象形の組み合わせであり、鳥を掴んで自分の手元に置いてまもる意味がある。
かごめかごめ
籠の中の鳥はいついつ出やる…
まさに捕らわれた鳥とはこの結界の中に封じられている神を表す。
そしてその仕切りを出ようとするものならば鋭い刃物が待ち受けていることになる。
似ているが意味の違う2つを合わせて『守護』という言葉で同じ意味になり、当たり前に使われる世の中である。
このように、しめ縄は表と裏の意味を持つ結界であるのだ。
では元々そのような意味で作られたものがしめ縄かと言えばそうではない。
太古から日本に存在した本来のしめ縄の意味はもっと違う意味なのである。
しめ縄の2本の縄をねじるように編む形は他に意味がある。
私も小さい頃しめ縄を編んだ事があるが、2つに分けた藁を右巻きに捩じりながら綯(な)うのだ。
古代のしめ縄は岩や木などにしめ縄を掛け、自然界からのエネルギーを宿す意味がある。
つまり、自然界のエネルギーを木や岩に宿し、神の木、神の岩となる。そこからもたらされる生態系の中で、人間もその恩恵を受け自然界の一環の中で生命を紡ぐことへの敬意を神に還す形が本来のしめ縄の形なのだ。
日本にもピラミッドのように人口で造られたと思われる山や、意図的に積まれた岩の集合体が沢山ある。
これらはみな、天と地のエネルギーを融合させるための造られた太古の遺跡なのだ。
汚い手描きで申し訳ないが、
上の写真のように天から降りてくるエネルギーは右回転であり、地から昇るエネルギーは左回転である。
同じ渦でも回転の方向が違うのだ。
この2つのエネルギーを一体化した時の形は下の写真になる。
雄と雌の蛇の交尾をした形のしめ縄になるのだ。
更に、何処かで見覚えはないであろうか。
まさにこれは私たちの遺伝子の構造を現すのだ。
私が人間の手でいくら書き換えることが出来ても神の遺伝子を書き換えることは出来ないというのは、この法則が働き、神々はあらゆるところに見えない指紋を残しているのだ。
ではいつからしめ縄の意味が結界として変えられてしまったのであろうか。
それは次にお話をして行きましょう。