まなべさんと一緒にいると、買い物運がいい。すてきな贈り物が買えたし、空前絶後のかわいさのiphoneケースを彼女も入手していた。
それにしても、いいiphoneケースだったなあ!
自分がiphoneでないのが悔やまれるほどの逸品であった。
彼女と過ごす時間は、全体的にじんわり運気が上がっている気がする。
不満や文句を言っても、彼女からはプラスのオーラしか出ない。
愛されて愛されて、いいように育った代表格のようだ。
通っているサロンで、オーナーの人生をきく。こんなにあからさまにパワフルで、生産的な女性が、家庭に縛られていたなんて!
元旦那、彼女と結婚したことが罪である。
でもそういうことがまかり通った時代だったのだろうし、それでもいつでも取り返せるということを学んだ。
そして、彼女もまた「大きな流れ」について言及していた。
そのあと京都まで足をのばし、承天閣美術館に若冲の水墨画をみにいく。
美術館はすごく消耗する。
たぶんいろんなものを全身でうけとめるからだ。
飲み込もうとするが大きすぎて、体が受け付けない、というかんじ。若冲は水墨画にも遊びごころがあり、好きになった。
まわりの寺群は時間がなく全然みれなかったけれど、また行きたい。
京都は、お寺が根付いてるかんじがした。
寺の中も、外から来たものにちっとも親切じゃなく、観光的なかんじがない。意外だったが、理にかなっている。王者の風格…。
帰りの電車で、親切な方に席をゆずられそうになる。
「ご妊娠では…」
ち、ちがいます!
わたしは自他ともに認めるスレンダーボディだが、ゆえにワンピースがおおきめに見えるときがあり、今日は散策のため斜めがけバッグにスニーカーという、たしかに、完璧な妊婦スタイルであった…。
とても恥ずかしそうにしてらしたので、妊婦のふりをしてあげたほうがよかったかと思ったが、「何ヵ月ですか?」などと話が盛り上がっては大変で、それはそれでだめだったと思う。
元旦那、彼女と結婚したことが罪である。
でもそういうことがまかり通った時代だったのだろうし、それでもいつでも取り返せるということを学んだ。
そして、彼女もまた「大きな流れ」について言及していた。
そのあと京都まで足をのばし、承天閣美術館に若冲の水墨画をみにいく。
美術館はすごく消耗する。
たぶんいろんなものを全身でうけとめるからだ。
飲み込もうとするが大きすぎて、体が受け付けない、というかんじ。若冲は水墨画にも遊びごころがあり、好きになった。
まわりの寺群は時間がなく全然みれなかったけれど、また行きたい。
京都は、お寺が根付いてるかんじがした。
寺の中も、外から来たものにちっとも親切じゃなく、観光的なかんじがない。意外だったが、理にかなっている。王者の風格…。
帰りの電車で、親切な方に席をゆずられそうになる。
「ご妊娠では…」
ち、ちがいます!
わたしは自他ともに認めるスレンダーボディだが、ゆえにワンピースがおおきめに見えるときがあり、今日は散策のため斜めがけバッグにスニーカーという、たしかに、完璧な妊婦スタイルであった…。
とても恥ずかしそうにしてらしたので、妊婦のふりをしてあげたほうがよかったかと思ったが、「何ヵ月ですか?」などと話が盛り上がっては大変で、それはそれでだめだったと思う。
あたりまえだけれど、いろんな価値観が世の中にはある。それを許せる人間でありたい。そういうひとは、意外に少ない。
むかしから、肯定的だろうと否定的だろうと、「強い」ことばが苦手。代表格は「絶対」「~すべき」。
もちろん、全く使ってはいけないとは思わないけれど、あえて使う、でありたいと思っている。こういう言葉は、無意識に使うには、暴力的すぎる。
言外に、「あなたがどう思うか、感じるかを、わたしは考慮しない。」というニュアンスをはらんでいる。
仕事をしていたら、価値観の違いに悩むことが多いけど、仕事に限らず、「自分と違う人間がいる」ということを意識できているかどうかはすごく大切で、難しい。
最後のぎりぎりのラインで、やさしくなれるかは、その想像力があるかないかで決まると思う。
他人を許すやさしさがあるかどうかを、まわりの人たちは感じ、ないと感じれば離れていく。
自分が正しいと思うことを貫くことは大事だけれど、自分の考えかたにはか ならず反対の考えかたがあり、だれかがどこかで許してくれているから、貫けるのだ、ということを忘れてはいけない。
そして、違う考え方を許してもいい、と思える余裕、やわらかさは、とてもとても美しい。
むかしから、肯定的だろうと否定的だろうと、「強い」ことばが苦手。代表格は「絶対」「~すべき」。
もちろん、全く使ってはいけないとは思わないけれど、あえて使う、でありたいと思っている。こういう言葉は、無意識に使うには、暴力的すぎる。
言外に、「あなたがどう思うか、感じるかを、わたしは考慮しない。」というニュアンスをはらんでいる。
仕事をしていたら、価値観の違いに悩むことが多いけど、仕事に限らず、「自分と違う人間がいる」ということを意識できているかどうかはすごく大切で、難しい。
最後のぎりぎりのラインで、やさしくなれるかは、その想像力があるかないかで決まると思う。
他人を許すやさしさがあるかどうかを、まわりの人たちは感じ、ないと感じれば離れていく。
自分が正しいと思うことを貫くことは大事だけれど、自分の考えかたにはか ならず反対の考えかたがあり、だれかがどこかで許してくれているから、貫けるのだ、ということを忘れてはいけない。
そして、違う考え方を許してもいい、と思える余裕、やわらかさは、とてもとても美しい。