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yanu風呂

ゆっくりしてってください

海外で起きる戦争も、ニュースで流れる事故も、そして今回の地震も、かなしいくらい私に関係がない。

映画を観て泣くのと、今泣くのと、なにが違うというんだろう?
あのひとたちの苦しみを、ひとつも共有することができない。

地震に関して、わたしが発する言葉は何も意味をもたない。
どんなに言葉が好きでも、こんなときに尽くす言葉を見つけられなければ意味かない。

わたしはなにもできないんじゃない。
わたしは、いまなにもしないで目をそらすということを、みずから選んでいる。

でも、なにもしないなら、落ち込む資格だってない。
目をそらすなら、せめて明るい顔をしなくては。

それでも。
『暗すぎるから星がきれいだ、みんな上を見よう』と言った被災地のだれか。見知らぬおばあちゃんを背負って津波から逃げた少年。波にのまれるまで、避難指示の放送を続けた無線センターの女性。
人間は美しく、日本人はとりわけ素晴らしい。
そう信じられる。

強く美しい彼らの、かなしみが少しずつでもやわらぎますように。
みんなの助けたいという気持ちが、早く物理的にかたちをなして、彼らに届きますように。

いのちをかけて日本を守ろうとしているひとたちの思いがかないますように。

生活も、仕事も、ひととのコミュニケーションでできているし、好かれるための努力をしなければならないなと思う。
昔は、自由にしていても好きになってくれるひとはいるし、少しの理解者がいればそれでいいと思っていたけれど、変わってきた。

この歳になると、みなそれぞれ価値観がかたまっているし、ひとに合わせたり新しいものを受け入れることって難しくなっている。

だからこそ、好きだよ、いいと思うよと表現してくれるひとがいればより一層うれしい。

いいと思うところを口に出すだけでいい(お世辞を見抜くちからもついているから、嘘は意味がない)。
悪いところを指摘するより、ずっとひとを変える力がある。


(賞賛カードで知ってたけれどね。)

わたしって。

「拒否」が極端にへただ。
いやです、むりです、が上手にできない。
ノーといえない日本人だ。
我慢することもあるし、面倒だな、受けちゃったほうが楽だな、と思うのもある。

直さないと損するかんじはあるけれど、多分直したいと強くは思ってない。耐える美徳?いや、ノーと言うときのストレスに弱い。断られる側は意外と平気なんだろうけど。

自己分析たのし。発見ばかりだ。

家族をのぞけば、彼に対してだけはノーが言えるから、もうパートナーなんだなぁと思う。
しかし、甘えすぎないようにしないとねえ…。