おはようございます。
今日は朝からすごい雪です。
今日はまた土曜日で休みですから、こんな日は読書をするのに限ります。
若い頃から本を読むのは好きでしたが、この年になって読書の欲求が強くなってきました。
残された時間が徐々に短くなっていくことが意識されるような年になって、生きているうちに読んでおきたいという気持ちが強くなってきたのかもしれません。
その中でも特に読みたいと思うのは長編小説で、内外の名作といわれる長編小説を読みたいと思っています。中でも、プルーストの「失われた時を求めて」とジョイスの「ユリシーズ」は生きている間にとにかく最後まで読み通したいと思っている小説です。
どちらもこれまで何度か挑戦し、そのたびに挫折してきました。
同じ長編小説でも「カラマーゾフの兄弟」やトルストイの「戦争と平和」などに比べると、極めて難解で読みにくいことはなはだしい小説です。「ユリシーズ」なんか注だけでも一冊の本になりそうです。
それに比べると「カラマーゾフの兄弟」は難解な部分もありますがそれでも読みやすいし、おもしろい小説です。話の筋は比較的簡単で、離れ離れになっていた3人の兄弟が財産問題等もあり、父の住む町に集まってきて、その町の様々な人間たちとの関係を深めていく中で、兄弟の父が殺されるという事件が起き、その犯人探しが始まるというような話です。
その中で小説の舞台回しをするのが3男アリョーシャで、アリョーシャは、ある時は修道院でゾジマ長老という高名な修道士と会い、ある時は父フォードルと会い、ある時は長男ドミートリーの告白を聞かされ、ある時は次男イワンとキリスト教に関する論争を行い、ある時はドミートリーのかつての恋人や現在恋焦がれている娼婦と会い、ある時はその町の貧しい少年を訪問し、とまさに八面六臂の大活躍です。
そのような現実には存在しないけれでもリアリティのある様々な登場人物たちが、現実にはないけれでもやはり現実味のある演説のような会話を通じて、恋愛や嫉妬や宗教や人類愛や子供たちの悲しさや老いや死や貧しさやその他人間が生きていく上で避けては通れないような様々な事柄を話し合う、というのが
この小説の醍醐味であり、おもしろさです。
江川卓というドストエフスキー翻訳者の名著に「謎解きカラマーゾフ」という本があり、その中ではカラマーゾフという名前に隠れている意味、登場人物たちの名前の付け方にこめられたドストエフスキーの思いやウィット、ロシア民族が長い歴史の中で培ってきた風習や迷信、ローマカソリックに対するロシア正教の特徴等の謎が明らかにされており、とても興味深いものがありますが、しかしそんなことを知らなくても「カラマーゾフの兄弟」はおもしろい小説です。
つまり、様々なレベルでの読み方が可能ということで、予備知識のない人が読んでもそれはそれでおもしろいし、研究者の立場でより深く吟味していこうとしてもやはりおもしろい、という非常に稀有な小説なのではないでしょうか。