こんにちはyanagi(Big Spoon)です。 (・∀・)
だんだん年末が近づいてきてますね~。
まだ1月以上ありますが、もう忘年会の予定が何件かはいっ
てきてます。
今年は、カレンダーの都合で12月の21、22日に集中し
ている観があります。
そのため、どれに出るか、どれに出ないかを考えないと・・・
ちなみに、私は店やメンバーが異なるところをハシゴする
なんてーのは、かったるいのでしない主義です。
みなさんはどうですか
*:..。o○☆゚・:、。*:..。o○☆゚・:、。゚・:、。★゚・:、。゚・:、。☆*:..。o○☆゚・:、。*:..。
前回からの続きです。
『自己(セルフ)』元型とか『個性化』というものに関して、
危険な部分を考慮せず、無責任にその美点や長所だけ語って
済ませることはできない、というむねのことを前回の記事で
は書きました。
では、危険な部分を顧慮しながら『自己(セルフ)』元型と
か『個性化』というものに取り組んでいくのに必要なことと
はなんでししょうか。
いくつかあるとは思いますが、ここではその一つについて書
きます。
これに関して、ユング大先生は次のように述べています。
『意識と無意識は、一方が他方を抑圧したり傷つけたりすると、
全体とはならない。両者がたとえ戦わざるをえないとしても、
その戦いは正々堂々たる対等の戦いとなるのが望ましい』
(『個性化とマンダラ』68p)。
端的に言うと、意識と無意識の対等性、ということでしょう
か。
(この人たちは対等ではないようですね~)
でも、端的に書けるからといって、それが簡単なことだとい
うことには決してなりませんね~。
それはなぜでしょうか。
理由としては2つあげられると思います。
1つは、ユングが述べていることは、意識も無意識も共に健
全であるということが前提にあるように思われることです。
もちろん、意識も無意識にもある種のゆがみや問題がまった
くない、な~んて人は考えずらいです。
しかし、たとえある種のゆがみや問題があったとしてもそれ
が少ないか、あるいは『個性化』の過程に耐えられるだけの
強度や耐性のようなものが必要であるように考えます。
そうでないと、問題が増幅したかたちであらわれたり、かた
ちを変えてダメージをあたえるような出来事を招いてしまう
かもしれません。
そういったものを無事乗り越えられれば、結果オーライでし
ょうが、『個性化』の過程が有しているある種のエネルギー
を考えると、またそれが生じる一般的年齢を考えると、致命
的なものになってしまうかもしれない、と思っています。
続きます。。
にほんブログ村
占いランキング
ポチっ~と応援お願いします。