東京にいた私には、物理的に大きな被害は無かった。
親類も中部地区以西なので、心配毎はなかった。
しかし日が進むに従って、少しずつ精神的に不安が募ってくる。
原因はわかっていた。テレビだ。
私は、見る見ないにかかわらずテレビを付けたままにする。
BGM代わりに付けっぱなしだ。
そんなテレビからは震災の悲惨な状況しか流れてこない。
当然であろう、少しでも早く状況を知ってもらうには普段の番組をやめて状況を伝えるべきだ。
「本当に状況を伝えていたのか?????」
伝わってくる情報は「悲惨さ」だけだ。
「今どこで何が必要か?」が、全く伝わってこない。
今欲しいのは「被災地で何が必要か?我々に何が出来るか?」の情報なのだ。
しかし「今、こんなひどいことになってますよ」しか報道されない。
しかも「新しい悲惨な状態(人の不幸)」が見つからないと、ひたすらあの「津波」を流すのだ。
L字型で現状だけを報告し通常番組を多く流した「テレビ東京」。
不謹慎だといろいろ批判も受けたようだが、私は正しいと思う。
必要な情報を流さず、ただただ人の不幸を垂れ流す報道に比べれば「深夜アニメ」の方がよっぽど有効だ。
ネットでも「自粛」という名のレギュラー放送の休止が相次いだ。
そんな中、私たちに出来る事はこれぐらいと、ツイッター上で「エア放送」を行った人達もいた。
通常放送の中身をツイッター上で再現したのだ。(レギュラーMCが勝手にやっただけ)
ニコニコ生放送のエア放送なので、コメントもエアコメントだ。
もちろん、番組に送るメールも「”エア”メール」だw。
携帯から参加し「エア視聴」している被災者の方もいた。
「今の状況で、こうした試みは助かる。」
「被災していない人からは”不謹慎”というかも知れないが、心が安まる。」
「日常だった一部が戻った気がする」
そんな感じであった。
何の被害も無かった私ですら、不安になるような報道を続けたマスコミ。
彼らは確かに最新の情報を伝えようとしたのであろう。
しかし、その最新の情報に、被災地や被災地に何かしたいと思っている人達に必要な情報は含まれていなかった。
ただただ、よりショッキングな情報だけが報道されていた。
親類も中部地区以西なので、心配毎はなかった。
しかし日が進むに従って、少しずつ精神的に不安が募ってくる。
原因はわかっていた。テレビだ。
私は、見る見ないにかかわらずテレビを付けたままにする。
BGM代わりに付けっぱなしだ。
そんなテレビからは震災の悲惨な状況しか流れてこない。
当然であろう、少しでも早く状況を知ってもらうには普段の番組をやめて状況を伝えるべきだ。
「本当に状況を伝えていたのか?????」
伝わってくる情報は「悲惨さ」だけだ。
「今どこで何が必要か?」が、全く伝わってこない。
今欲しいのは「被災地で何が必要か?我々に何が出来るか?」の情報なのだ。
しかし「今、こんなひどいことになってますよ」しか報道されない。
しかも「新しい悲惨な状態(人の不幸)」が見つからないと、ひたすらあの「津波」を流すのだ。
L字型で現状だけを報告し通常番組を多く流した「テレビ東京」。
不謹慎だといろいろ批判も受けたようだが、私は正しいと思う。
必要な情報を流さず、ただただ人の不幸を垂れ流す報道に比べれば「深夜アニメ」の方がよっぽど有効だ。
ネットでも「自粛」という名のレギュラー放送の休止が相次いだ。
そんな中、私たちに出来る事はこれぐらいと、ツイッター上で「エア放送」を行った人達もいた。
通常放送の中身をツイッター上で再現したのだ。(レギュラーMCが勝手にやっただけ)
ニコニコ生放送のエア放送なので、コメントもエアコメントだ。
もちろん、番組に送るメールも「”エア”メール」だw。
携帯から参加し「エア視聴」している被災者の方もいた。
「今の状況で、こうした試みは助かる。」
「被災していない人からは”不謹慎”というかも知れないが、心が安まる。」
「日常だった一部が戻った気がする」
そんな感じであった。
何の被害も無かった私ですら、不安になるような報道を続けたマスコミ。
彼らは確かに最新の情報を伝えようとしたのであろう。
しかし、その最新の情報に、被災地や被災地に何かしたいと思っている人達に必要な情報は含まれていなかった。
ただただ、よりショッキングな情報だけが報道されていた。