ジェネリック体験談。まねブログ ”不登校。焦り、葛藤・・そして待つことの意味(1)” | 助産師さんの観察ブログ

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アメブロプロフェッショナルブロガーだった12人産んだ助産師HISAKOさんを観察しています。15人大家族ではありません。なぜかアメブロは閉鎖、ばぶばぶでもブログは更新されなくなったので、主に過去ブログからコピペ疑惑を掘り出しています。

12人産んだ助産師HISAKOさん、2回にわたる不登校ブログは2回ともまねブログでした。

 

元は不登校新聞さん、家庭教師キズキ家学 寺田淳平さん、DV被害支援室poco a pocoさんから京都新聞さん記事。

 

不登校新聞さんからは

子どもの不登校、親は何もしなくて大丈夫! 

キズキさんからは

高校入試だよ!

それぞれ2回目の発掘です。

 

身を削る思いで体験を言語化しただろう元記事の方の気持ちを考えるとやるせない。

ジェネリック体験談と名付けよう。

 

元記事HISAKOさんブログの類似部分を、元記事の流れに沿って引用、並記しています。あくまでも一部抽出ですので、元記事の意図は十分に汲めません。興味を持たれた方はぜひリンク先をご一読ください。
※まねブログのリンクは記事作成時点で確認できたURLです。バナーはブログ、タイトルテキストは魚拓にリンクしています。
※同じ文章は、2023年3月までnoteとアメブロプロフェッショナルブログにも掲載されていた可能性がありますが、いずれもHISAKOさんブログ一本化を理由に閉鎖・削除されています。

 

12人産んだ助産師HISAKOさんブログ

2022-01-19

不登校。焦り、葛藤・・そして待つことの意味(1)

 

関連動画

 

元記事 

不登校新聞さん 

2021-08-15

 

青 元記事
焦り、葛藤した娘の不登校。母親が感じた「待つことの意味」

赤 12人産んだ助産師HISAKOさん

不登校。焦り、葛藤・・そして待つことの意味

 

ご飯がまったく食べられなくなって痩せていき、お風呂にも入らず、歯も磨かない。
お風呂にも入らず、歯も磨かず、

 

ふつうの生活ができなくなって、無気力状態になってしまったんです。
普通の生活ができなくなって
昼夜逆転、1日中ひきこもりになって
無気力状態になっていく子どもと
何度もぶつかりました。

 

日を追うごとに昼夜逆転状態になって、一日中ひきこもって自分の部屋から出てこないことも多かったと思います。

自室でひたすらスマホ三昧、昼夜逆転、
生活リズムは乱れまくっていました。

 

私の学生時代は「学校へ行かない」という選択肢がなかったので、学校へ行かない感覚が正直わからなかったんです。

わたし自身、学生時代は
「学校に行かない」
という選択肢がなかったので
学校に行かない感覚が
正直わからなかったんです。

 

なので、体調不良を理解しつつも心の底では「このまま行かなかったら、勉強はどうするんだろう」「この先、友だちができないんじゃないか」「この子はどうやって生きていくのだろう」とつねに娘の将来が不安でした。

このまま行かなかったら
勉強はどうするんだろう。
内申点がなかったら公立高校には行けない。

それ以前に、
この子は今後、
どうやって生きていくんだろう・・・

ただただ不安でした。

 

近所やまわりの同級生の子と娘を比べて、焦る気持ちもありました。
最初は、
周囲の同級生やきょうだいたちと
比べて、焦る気持ちしかなく

 

不登校になった直後は、もどかしさから「今日も学校へ行かないの?」と娘に直接言ってしまったこともあります。

不登校になってしばらくはもどかしくて
毎朝布団をかぶってピクリとも
動かない子どもに、

「起きてよ」
「学校行かないと!」
「ねぇ、ほんとにどうするつもり?」
「こんなことしてたらどんどん行きづらくなるよ」
「今日も行かないの?」
「がんばってよ」
「もう仕事行かなくちゃいけないんだけど!」

無神経な言葉を浴びせ続け
登校を迫りました。

 

学校へ行かなくていいと感じたのは本当ですが、娘の不登校を最初から受けいれていたかと言われればそうではなかったなと思います。
不登校を受け入れることができませんでした。

 

手紙の存在自体がショックでしたし、何より娘のこれまでの心の傷を想像すると呆然とするしかありませんでした。
本当に申し訳なくて
心の傷を想像すると胸が苦しくて

 

娘が小6の夏休みに学校へ行かなくなってから半年間のあいだ、私は子どものうつの本や不登校の本を読んで、どうやって娘に向き合ったらいいのかをずっと考えていました。

子どものうつの本や
発達障害、適応障害、不登校などの知識を深め、
どうやってわが子に向き合ったらいいのかを
ずっと考えていました。


 そのとき、どの本にもかならず書いてあったのは「今、子どもは休んでいる。休んで自分のエネルギーが溜まったら、かならず自分から動き出すから、それまで待て」というアドバイスでした。

そのとき、どこに行っても
必ず言われたのが

「子どもは今休んでいる。
休んで自分のエネルギーが溜まったら
必ず自分から動き出すから
それまで待て」


 始めのころは「待つ」というフレーズを目にするたび、どうしても「動き出すときは、いつなの?」「本当に動き出すときなんて来るの?」と疑問や不安な気持ちばかりが込み上げました。

でも、「待つ」というフレーズを
言われるたび

「動き出す日なんてくるのか」
「それはいつ?いつまで待てばいいのか」

疑問や不安な気持ちばかりが
込み上げました。

 

頭では待つことの必要性をわかっているつもりでも、半信半疑で心から納得はできていなかったと思います。
頭では待つことの必要性をわかっている
つもりでも
半信半疑で心から納得は
できていなかったと思います。

 

小学生のころも学校のない土日になると娘は落ち着いていたので、「ああ学校へ行かなかったら、この子は元気で生きていけるんだ」と感じていた部分もありました。

夏休みや土日、学校がない日は
比較的明るくリビングに出てくることも
あったので、


 なので、娘の行かない宣言を聞いたとき、「これはもう待つしかないんだな」と納得をして腹をくくりました。

これはもう待つしかないんだな・・

と、次第に納得して
腹をくくるようになりました。

 

娘にとっても一大決心だったと思うのですが、娘の言葉をきっかけに私自身も不登校という状況に「開き直った」というのが、一番しっくりくる表現かもしれません。
投げやりな諦め、
悪い意味での開き直りだったと思います。


 

元記事 

家庭教師キズキ家学 寺田淳平さん

2021-08-25

 

青 元記事

不登校の心理は、以下の通りです。

自信が持てない
人間関係が怖い

赤 12人産んだ助産師HISAKOさん

・自分に自信が持てない
・人間関係が怖い
→自己肯定感を失う


国(文部科学省)は、「不登校」の定義を次のように定めています。
文部科学省による不登校の定義は

何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いた者

(参考:文部科学省※PDF「不登校の現状に関する認識」)
『何らかの心理的・情緒的・身体的
あるいは社会的要因・背景により
登校しないあるいしたくともできない状況に
あるために年間30日以上欠席した者のうち
病気や経済的な理由による者を除いた者』


■小学校
全小学生の人数:6,262,256人
不登校の人数:81,498人
不登校の割合:1.3%(約77人に1人)
■中学校
全中学生の人数:3,266,896人
不登校の人数:163,442人
不登校の割合:5%(約20人に1人)
■高等学校
全高校生の人数:3,014,194人
不登校の人数:50,985人
不登校の割合:1.7%(約59人に1人)

統計によると中学生の不登校がもっとも多く
26人に1人という割合です。
かなりの率ですよね・・・。


    子供の話を聞いていると、つい「甘えている」「怠けている」と思ってしまうことがあって…

なので、
「甘えるな!」「怠けるな!」
の気持ちが強かったと思います。

 

元記事 

DV被害支援室poco a pocoさんから

<京都新聞>記事

2021-09-22

 

 

青 元記事
 不登校になった子どもの保護者は、さまざまな苦悩に直面する。子どもとの向き合い方や学校との対応、昼間の過ごし方…。

赤 12人産んだ助産師HISAKOさん

子どもとの向き合い方、
学校との対応、
昼間の過ごし方、
さまざまな苦悩に直面しました。

 

 「親の気持ちを優先していました」。

最初は、
周囲の同級生やきょうだいたちと
比べて、焦る気持ちしかなく
わたしはわたしの気持ちを優先して
不登校を受け入れることができませんでした。

 

両親は「そんなことではだめ」と登校を迫ったが逆に学校を休むようになった。

無神経な言葉を浴びせ続け
登校を迫りました。


 そこから親子の関係が悪化した。

そんなママの気持ちを察してか
どんどん親子関係は悪化。

 

息子は昼夜逆転し、自宅でゲームなどをして過ごした。

自室でひたすらスマホ三昧、昼夜逆転、
 

 食卓に残された弁当箱。

食卓に残されたままの夕食・・・
 

前日、不登校の中学生のわが子が「明日は学校に行く」と言ったから、早朝から好物を詰めて作った。しかし、その日の朝になると、「やっぱり行けない」と足は学校に向かなかった。昼、子どもはその弁当を黙って食べていた。

子どもの好きなおかずを
せっせと作っては機械的にゴミ箱へ捨てる日々。

 

続き