まねブログ ”わたしは昔、MARKのことが 大嫌いでした。” | 助産師さんの観察ブログ

助産師さんの観察ブログ

アメブロプロフェッショナルブロガーだった12人産んだ助産師HISAKOさんを観察しています。15人大家族ではありません。なぜかアメブロは閉鎖、ばぶばぶでもブログは更新されなくなったので、主に過去ブログからコピペ疑惑を掘り出しています。

ママスタで指摘されていました。

12人産んだ助産師HISAKOさん、ダイヤモンドオンラインさんからアルフレッド・アドラーのことばまねブログです。

 

以前つっこんでましたが、毒親騒動のあと、アドラーの言葉を身にまといご自分を落ち着かせていたのだな。

元記事助産師さんブログの類似部分を、元記事の流れに沿って引用、並記しています。あくまでも一部抽出ですので、元記事の意図は十分に汲めません。興味を持たれた方はぜひリンク先をご一読ください。
※まねブログのリンクは記事作成時点で確認できたURLです。2023年3月の助産師さんブログ一本化(アメブロ、noteを閉鎖)以降、切れていることがままあります。ご了承ください。削除理由については当方では一切わかりかねます。

 

元記事

ダイヤモンドオンライン

2017-11-29

 

12人産んだ助産師HISAKOさんブログ

2022-02-10
わたしは昔、MARKのことが 大嫌いでした。

 

青 元記事

そして隣人愛を持つということは、「隣人が私を愛してくれるから、私も隣人を愛する」のではなく、「隣人が私を愛してくれなくても、私から隣人を愛する」つまりは、見返りを求めない愛を持つことに他なりません。
 しかも、見返りを求めないだけでなく、自分と違う意見、価値観を許容しなければなりません。

赤 12人産んだ助産師HISAKOさんブログ

自分と違う意見、価値観を許容し
見返りを求めないことこそが
本当の意味で
『ママたちを想う』ってことなんだよな・・・と
最近考えています。


「自分と同じ意見、価値観を持っている人だけを愛する」のでは、共同体感覚を高めることは不可能です。

自分と同じ価値観、同じ意見を
持っている人だけを愛するのではなく

 

人の価値観は十人十色。意見は違って当然だからです。

同じものを見たり、同じことをしたりして
抱く感想が全然違うなんて当たり前。
意見や考え方にすれ違いが起こることが当然です。

 

 私たちは自分と違う意見を耳にすると、あたかも自分が非難されているかのように感じ、不快感を持ってしまいます。

つい、自分と違う意見を耳にすると
あたかも非難されているかのように感じ
心が痛くなりますが

 

 そうではなく、自分と違う意見を非難と受け止めず、許容するのです。違っていい。違う意見があるからこそ意味があるのだ、と思うのです。

自分と違う意見があるからこそ意味があり
成長できるのだから
こんなにありがたいことはないんですよ!

 

相手が自分と違う意見を持つことを許容する。違いがあって当然と受け止めるのです。  

同じものを見たり、同じことをしたりして
抱く感想が全然違うなんて当たり前。
意見や考え方にすれ違いが起こることが当然です。

 

このような考えを持つことができれば、共同体感覚は自然と高まっていくでしょう。その結果、自分の居場所を確保できるようになる。幸せに一歩近づくことができるようになるのです。

彼みたいに生きられたら、
幸せは向こうから、
どんどん近づいてくるのでしょうね。

 

オンラインサロンを「批判禁止」とするのは、この考え方からは真逆なんだよなあ。