まねブログ ”どうしたいかわからない。思春期の気持ち” | 助産師さんの観察ブログ

助産師さんの観察ブログ

アメブロプロフェッショナルブロガーだった12人産んだ助産師HISAKOさんを観察しています。15人大家族ではありません。なぜかアメブロは閉鎖、ばぶばぶでもブログは更新されなくなったので、主に過去ブログからコピペ疑惑を掘り出しています。

12人産んだ助産師HISAKOさん、5日前に公開されたブログはsaitaさんのまねでした。

東京すくすくさんサッコ先生シリーズはいずれかから申し立てがあったとみえ、一昨日ブログ削除されました。

だからといって、まねしたてホヤホヤのほかのブログも見直そうという動きはないようです。

 

ブログ削除する羽目になってもまだ、法に触れていることを理解できていないのか。

著作権者にバレなきゃ何やってもいい企業姿勢なのか。

 

チマチマ指摘し続けているのは晒しあげたいからじゃなく、気付いてまともになってほしいから、なのに伝わらない。

 

どうしたらいいかわからない。観察する気持ち

 

元記事助産師さんブログの類似部分を、元記事の流れに沿って引用、並記しています。あくまでも一部抽出ですので、元記事の意図は十分に汲めません。興味を持たれた方はぜひリンク先をご一読ください。
※元記事関連の皆様へ。助産師さんはアメブロだけでなく、独自ホームページ、noteなど、複数の場所で同じ文章を公開しています。助産師さんサイドになにかしら要望されるときは、どこに掲載されているかまず確認してもらうことをおすすめします。

 

元記事

saita 臨床心理士・公認心理師のyukoさんコラム 

2022.07.26

 

12人産んだ助産師HISAKOさんブログ

2023-02-18 どうしたいかわからない。思春期の気持ち

青 元記事

子どもと大人の境界にいる10代の子。多感で複雑な心を理解するのは難しいですよね。

赤 12人産んだ助産師HISAKOさんブログ

中学生から高校生。
多感で複雑な彼らの心を理解するのは本当に難しいです。

 

親の意見を素直に聞き入れるのには抵抗がある一方で、自分の考えを言葉にするのも難しい。

親の意見を素直に聞き入れるのは絶対イヤ。
そんなのプライドが許さない。
でも自分の考えもまとまらない。

 

なのに、どうしたいのか言葉にして伝えろと?
できるだけないやろ、

 

思春期を終え、仕事や家事、育児などのタスクを忙しくこなす中で、かつての記憶は蓋をされていきます。

だから、仕事や家事、育児など、

 

途方のない悩みや失敗、挫折、自己嫌悪やコンプレックス、そして気恥ずかしくなるような志。

思春期には、次々に積み重なってくる
どうしようもない悩みや失敗、挫折、
自己嫌悪やコンプレックスが頭の中に渦巻きます。


思春期の不安定で不確かな思いは、合理的かつ効率的な生活をする中で不要なものとなります。

合理的、効率的にすべきことをこなす毎日の中で
かつての迷える思考回路は
不適切なものだと判断し、
いつしか遠くどこかに置いてきてしまいます。


いつまでも囚われ、迷い続けていたら地に足をつけて生きていけなくなってしまうからです。

いつまでも思春期の不安定で不合理な思考で
迷い続けていたら生きていけなくなってしまう。

 

そうして10数年過ぎると、多感な時期を生きている我が子を「わからないもの」と感じてしまいます。

そして思春期から長い月日が過ぎると
多感な時期を生きているわが子が何を考えているのか
さっぱりわからなくなります。

 

よかれと思って提案したら「うるさい、放っておいて」。
考えを聞こうとしたら「別に、特にない」。
一緒に考える時間を作っても「どっちでもいい、どうでもいい」。

よかれと思って、こうしてみたら?と提案すれば
「うるさい、ほっとけ!」

じゃあどうしたいの?
本人の考えを聞こうと思ったら
「別に。なんにも考えてない」

歩み寄って
一緒に考える時間を作ろうとしたら
「どうでもいい」

 

歩み寄り方がわからなくなると、親の方も「今の子は甘い」「思ってることあるなら言わなければわかるわけない」と苛立ってしまうものです。

いやいやいや、ほんま。
何がしたいねん、どないやねん!
思ってることがあるなら言ってくれな
わかるわけないやろ!
と、言いたくなります。


そして、思春期の反抗を大人への挑戦として本気で対決してしまうときもありますよね。

わたしは彼らの理不尽な反抗的態度や行動を
大人への挑戦として
本気で対決してしまった時期がありました。

 

小学校高学年にもなると、個性がはっきりしてきて、各々の得意不得意が顕著になってきます。

小学校高学年になると
それぞれの得意不得意が目立ってくるようになります。


そしてクラスのまとめ役や、プログラミングの天才、スポーツ万能な子など、得意な能力を発揮する子はクラスでも目立った存在となります。

個性はいろいろですが、
得意をうまく発揮できちゃう器用なタイプの子は
友達の間でも一目置かれる存在となります。

 

一方何においても平均くらいの子は大多数を占めており、雑踏にまぎれている感覚。

何をしてもだいたい平均ぐらいだと
普通すぎてまったく目立たない。


できないところは”課題”として指摘されても、平均的にできているところには誰も目を向けませんよね。

つまり、誰も注目してくれません。


そうした中で、「自分には何ができるのか、いや何もできない」思考になっていく子も多いようです。

そうした中で、

自分には何ができるんだろう?
いや、何もできない・・・
何ができるかわからない

と、ネガティブ思考になっていくわけです。


親の意見に対して子どもが「あれは嫌だこれは嫌だ」と言い始めると、親は「じゃあどうしたいの?」と尋ねますよね。

親もだんだんイライラして
とうとう不平不満ばかり言う子どもに
「結局どうしたいの!」
ついキレ気味にあおってしまう・・・
思春期の親なら〝あるある〟ですよね。

 

そうなると、親が決める道には進みたくない、敷かれたレールにはもう乗らない、とさらなる抵抗をします。

親が決める道には進むものか!
敷かれたレールには乗らない!
絶対おまえの言うことだけは聞かない!

さらなる抵抗を食らって
撃沈したのは何を隠そう10年前のわたしです笑


そうして右往左往している子どもの姿を見ていると、もどかしい気持ちにもなりますよね。

右往左往している子どもの姿を
見ているともどかしい気持ちになります。


1人で歩き出す我が子の歩みはゆっくりですが、焦らず見守るしかないのかもしれません。
焦らず見守り続ければ
ゆっくりだけど必ず一人で歩き始めます!

 

進路の選択肢が増え、努力次第で才能が開花できる時代だからこそ、悩む子が増えています。

いろんな生き方があり、
努力と工夫次第で才能が開花できる時代だからこそ
自分がどうしたいのか
わからなくて悩む子が増えています。


「自分らしく生きよう」は、人生の選択肢を広げてくれる言葉である一方で、自分がわからない子にとっては窮屈な言葉なのかもしれません。

ちまたでは、
自分らしく生きよう!とよく言われますが

この言葉って、
人生の選択肢を広げてくれる一方で
自分がわからない子にとっては
しんどいでしょうね。

 

一人で生きたいけど力は未熟。放っておいてほしいけどどうすればいいかわからない。

1人で生きたいけど力は未熟。
放っておいてほしいけど
どうすればいのかわからない。


彷徨う10代を、温かく広い器で受け止めていけるといいですよね。

どうしたいかわからず
必死にもがく思春期の子どもたちを
温かく広い器で受け止め