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SC神戸中国語スクール 京都校

全くのゼロから、ビジネス会話、通訳レベルまでしっかりと学べる中国語スクール、SC神戸中国語スクールの京都校のブログです。

毎日落語を聞いています。

今朝もYoutubeでいつものように落語を聞いていてふと思いました。

中国語を母語とする人は早合点をするのでしょうか?

 

日本語の表現方法は独特です。

 

「みなまで言うな」

「察してもらう」

 

相手の気持を考えつつ、余計なことを言わないように気遣いながら表現します。

そんな日本語だから早合点が起きる。

中国語の場合、英語と同じように「わからせる」というか、考えや思い、情報をしっかり伝える言語だから、聞く方もちゃんと聞くことが当たり前ではないか。

だとすると中国語には早合点がないのではないか。

 

そんなことをふと思ったのです。

 

早合点。

 

コトバンクのデジタル大辞泉には次の説明があります。

 

[名](スル)よく聞いたり確かめたりしないうちにわかったつもりになること。

早のみこみ。はやがってん。

「早合点して失敗する」

 

Weblioで調べると「早合点する」で次の説明があります。

自以为是,实际没有懂而认为已懂,贸然断定

 

◎ 自以为是 zìyǐwéishì
[consider oneself correct;regard oneself as infallible;be opinionate] 自己认为很对

自分で正しいと思う。

 

◎ 贸然 màorán
[rashly;without careful consideration] 轻率的样子。指遇事不经深思熟虑,随便就决定做法

軽率な様子。深く考えることなく気ままにやり方を決めること。

 

◎ 断定 duàndìng
[conclude;form a judgment;determine;decide] 经判断而下结论

判断して結論を下す。

 

そして、

 

实际没有懂而认为已懂

実際にはわかっていないけれどわかったと思うこと。

 

中国語を見ていると、「早合点」というよりもしっかり話を聞いているのだけれど本人の思い込みでわかったと思っていることのようです。

もちろん「早合点」もそういう意味はあります。

でも、「早」という言葉の意味が中国語にはないように思います。

 

日本語は「みなまで言うな」で相手に察してもらうことが前提。

だから「早合点」する。

中国語でも性格的に“急性子”と呼ばれる「せっかち」な人は、話し手がちゃんと話そうとしているのに、それを最後までしっかり聞かず「わかったつもり」になることはあるでしょうが、日本語よりはるかに少ないのではないでしょうか?

 

このような日本語の特質をしっかり理解しないと、外国人とのコミュニケーションでは誤解が生じやすいでしょう。

 

英語との対比ですが『議論の掟』を読むと日本語の特徴がよくわかると思います。

 

 

『脳に悪い7つの習慣』、第4章 脳に悪い習慣④――常に効率を考えている

 

常に効率を考える。

一般的にはこのことはいい事だとされています。

でも、林先生はそうとは考えていません。

その事はまた次に機会にご紹介しますが今日は、

 

どのように「心」が生まれるのか

怎样才能产生“精神”

zěnyàng cáinéng chǎnshēng “ jīngshen ”

 

です。

 

「心」って何なのでしょう?

 

「コロコロ変わるから心」

 

という言葉を目にしたことがあります。

コロコロ変わるのは「気持ち」。

ということは「心」は「気持ち」なのでしょうか?

 

心はどこにある?と誰かに聞けば、ほとんどの人は胸を指して「ここにある」というのではないでしょうか?

それは「心臓」が「心」だと思っているのかもしれません。

 

私が最近、何度も何度も繰り返し読んでいる『すべては今のためにあったこと』では、

 

「魂(たましい)」は「たま」と「しい」です。

「たま」は天本来の働きをするもの、

「しい」は「嬉しい」「悲しい」といった心のことです。

 

とありますので、感情なのでしょうか?

 

林先生は次のように説明されています。

 

脳のしくみを知れば、一つ明確にわかることがあります。

それは、好き嫌いなどの感情を伴った情報が「ダイナミック・センターコア(※注①)」に達し、「思考」されることによって初めて「心」が生まれる、ということです。

如果我们了解了大脑的构造,那至少我们可以明确一件事,那就是带有我们好恶情绪的信息会到达“动态中核”,通过“思考”才成为“精神”。

Rúguǒ wǒmen liǎojiě le dànǎo de gòuzào , nà zhìshǎo wǒmen kěyǐ míngquè yī jiàn shì , nà jiùshì dàiyǒu wǒmen hào'è qíngxù de xìnxī huì dàodá “ dòngtài zhōnghé ” , tōngguò “ sīkǎo ” cái chéngwéi “ jīngshen ” .

 

「心」生まれる。」を中国語表現では“成为“精神”、つまり「『心』になる」と表現しています。

「心」は生まれるものではなく「情報が変化して心になる」という考え方が一般的なのでしょうか?

とても興味深いことです。

 

※注①:ダイナミック・センターコア

「思考」を生む脳の機能の集まり。

TK 好奇心研究所|ダイナミック・センターコアも参照下さい。

 

私は「心」って、目に見えないし、なんだか「魂」のように思っていましたが、林先生は脳で生まれると言い切っておられます。

ということは脳が死ぬと心はなくなる。

そうなのでしょう。

脳で「思考」することで「心」が生まれると思うと、妙に納得してしまいます。

さらに人工知能が「思考」するようになればそれは「心」を持つようになるということ。

「心」とは「感情」なのでしょうか?

それとも「気持ち」なのでしょうか?

まだよくわかりませんが、このことも繰り返し考えていくことで答えが見つかるのかもしれません。

引き続き考えてまいります。

 

 

『脳に悪い7つの習慣』の第3章から。

 

マニュアル通りにやらせるな

不要完全遵循工作手册

Bùyào wánquán zūnxún gōngzuò shǒucè

 

近頃は何でもマニュアルを作り、マニュアル通りにすることが求められています。

それは誰もがマニュアルを読めばできるようになるからですが、林先生はマニュアル通りにやらせることは脳にとってはよくないと言います。

 

仕事や役割をマニュアル化すると、当然のことながら主体性を大きく損なうことになります。

結果的に部下や子どもたちの考える力を落とし、自ら発想できる人材が育たない環境をつくってしまうのです。

 

私はこれまで仕事の効率を良くするため、また、誰もが同じ作業ができるように、ミスをしないようにマニュアル化することが正しいと思っていました。

でも、林先生が言うように、マニュアル通りにさせることは個性をなくすことで、また、自分では考えるな。と言っているようなものです。

もちろん、マニュアルがあってもそれをしっかり自分で考えるのなら問題はないのでしょうが、たとえば教育や中国語を教えることなども、「自分で考える」より、効率よく記憶することが求められています。

 

では自分で考えて意見を持つようにするにはどうしたらいいのか?

林先生は次の方法を提案されています。

 

子どもや部下に自主性をもたせるためには、上に立つ人がいい質問を投げかけることが大変効果的です。

「君だったらどうする?」「君はどう思う?」「あなたはどうしたい?」など、自分で考えて意見をもつ習慣をつけさせるのです。

要让孩子和下属拥有自主性,家长和上司给他们提出一些启发性的问题是非常有效的。

如向他们提出“要是你的话会怎么做”、“你是怎么想的”或者“你想怎么做”等问题,让他们养成自己思考和提出建议的习惯。

Yào ràng háizi hé xiàshǔ yōngyǒu zìzhǔxìng , jiāzhǎng hé shàngsī gěi tāmen tíchū yīxiē qǐfāxìng de wèntí shì fēicháng yǒuxiào de .
Rú xiàng tāmen tíchū “ yàoshi nǐ dehuà huì zěnme zuò ” 、 “ nǐ shì zěnme xiǎng de ” huòzhě “ nǐ xiǎng zěnme zuò ” děng wèntí , ràng tāmen yǎngchéng zìjǐ sīkǎo hé tíchū jiànyì de xíguàn .

 

◎ 启发 qǐfā
(1) [arouse;inspire;enlighten]∶开导其心,使之领悟
(2) [explain]∶阐明;发挥
(3) [open wide]∶掀开覆盖物;暴露

 

启发 ピンイン qǐfā
動詞 (事例などを挙げヒントを与えて)啓発する,教え導く.≒启迪.

Weblio 白水社 中国語辞典より)

 

「いい質問」を“启发性的问题”と具体的に訳していますが、すばらしい訳だと思います。

 

日本語で「いい質問」と表現されていても具体的にどういう意味なのかは話者(ここでは筆者)がどういう意味で「いい」と言っているのかを掴まなければ中国語で表現することができないのです。

 

「いい」は「良い」。

つまり中国語では“好”。

だから「いい質問」は“好的问题”。

この中国語表現を見たり聞いたりした中国人は「どういう意味だろう?」と思ってしまいます。

そして、ここで止まってしまいます。

可能なら「今、「いい質問」と言ったけれどどういう意味ですか?」と聞くでしょう。

 

日本語が母語の方ならどうでしょう?

「いい質問」と言われて、なんとなく「どういう意味だろう」と考えつつ、更に読み進め(聴き進め)話し手がどういう意味で「いい」と言っているのかを察するようにするでしょう。

 

このように言葉が違うということは考え方も違うのです。

 

言葉を置き換えるだけでは意味は伝わらない。

 

いくら強調しても実際に通訳や翻訳に携わらない人にはわかりにくいとは思いますが、少しずつでもわかっていただき、日本と中国の相互理解を深めることができるようにしていきたいと思います。

 

以上は日本語と中国語の表現方法の違いについてでしたが、次に、「いい質問」をするということについてです。

これは教師や上司が子どもや部下を指導する時だけではなく、中国語講師が中国語を教える時にも重要だと思います。

それは次の中国語を見ていただくとわかりやすいと思います。

 

・詰め込み式教授法:填鸭式教学法(フォアグラ式教授法)

・発見的(自学自習的)教授法:启发式教学法

 

フォアグラを作るために強制的にダック(受講者)にエサ(知識)を与えるより、「自学自習」する力や「考える力」をつける教授法の方が、受講者の役に立つと思うのです。

ですから、私は学習相談の時、相談者から相談があり、その答えを知っていてもすぐに教えません。

まずは自分で考えていただきます。

人によっては歯がゆいでしょうが、それが相談者になることだと思うからです。

そして、脳のしくみを考えると、「いい質問」をすることや「自学自習」することで脳のパフォーマンスを引き上げることができる。

 

中国語学習相談は随時受け付けています。

初回は無料です。

 

ご要望の方はどうぞ気軽にお問い合わせ下さい。

そして、脳のパフォーマンスを高め、使える中国語をマスターして下さい。

 

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