SC神戸中国語スクール 京都校

SC神戸中国語スクール 京都校

全くのゼロから、ビジネス会話、通訳レベルまでしっかりと学べる中国語スクール、SC神戸中国語スクールの京都校のブログです。

「教える」ということをずっと考えています。


先日の投稿、


『「学びに来る受講生をリスペクトしなさい」』人様に何かを教えるということってとても難しいことだと思います。「え?そんなことはないよ。学校ではたくさんの教師がいて色んなことを教えているし、職場では新しく入…リンクameblo.jp


でも、多くを学ぶことができましたが、最近、また、学ぶことができたので皆さんと共有したいと思います。

それはこれまでに何度もこのブログで紹介している笈川幸司先生のFacebookの投稿です。


まずはじめに、私たちが良かれと思って発言している言葉についてです。


https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=pfbid0M3qStfGFYLwcssdxdCG3L5wcF9enAdjDL33cGUkLDnN6mWuxhATF9KX4BmhgfpuSl&id=771102248


大人が若い人に説教をするときに、使ってはいけない言葉を集めてみました。

自分を律するためでなく、他人に使ってしまったために、人に恨まれ、足を引っ張られ、ハシゴを外されてしまった人も大勢いると思います。

説教を聞かされているときは、偉そうな態度で饒舌に話す上司を眺めながら、早く終われと願い、素晴らしいはずの言葉の数々に感動することはなかったのですが、いざ、自分が誰かに説教をするとなると、その場にピッタリな素晴らしい言葉に酔い、最高の気分になりました。

でも、そろそろ、他人の時間を奪うことも、無駄に時間を使うことも、やめたいと思います。

上から目線で偉そうに使うと、相手は「俺のためじゃない。俺を支配する気だな」と思って、不快に感じるかもしれません。

真心で、下から応援する気持ちで言えたら良いのですが。

ブータンで、五体投地をしながら、そんなことを考えていました。


で始まるのですが、これは大人が若い人に説教をするときだけに限らず、友人や子供、その他に人たちにでも、説教とは思わずに、アドバイスのつもりで相手のことを思って「良かれ」と思って使っている言葉でもあると思います。

そして、笈川先生が感じられている;


いざ、自分が誰かに説教をするとなると、その場にピッタリな素晴らしい言葉に酔い、最高の気分になりました。


の気分を、私自身も無意識に言葉を使い、自己陶酔というか「自分は偉い」という気分になっていたことに気づきました。


「アドバイスはいらんねん!!」


少し前、家内から相談を受けた際、何気なく、良かれと思いしたアドバイスに対して激しく抗議された言葉です。

その後、最近では、


「(あなたは)いつもそうやってわたしのことを馬鹿にしている!」


とも言われました。


そうなんですねぇ、何かを教えたり、アドバイスをする。この行為自体が「上から目線」であり、「相手より自分が偉い・かしこい・優秀」だと思っていることで、それを聞かされている相手は不愉快になるのでしょう。


「人は自分が知らないことを聞かれると不愉快になる」


あるタクシーに乗車されたお客さんが自分の経験として話されたことですが、中国語を教えている時にもこの感覚を感じることがあります。


「中国語の難しさの一つに発音がありますが、なぜ難しいかわかりますか?」


と、中国語のレッスンでわたしが受講者にたずねる。

受講者はもちろん中国語を学びに来ているので、「知らないことを学びに来ている」のですが、やはり「知らない」ということでプライドが傷ついてしまう方もおられるでしょう。


この問いに対する答えは、


「中国語の難しさは、発音と言っても英語のように『読み方』だけを気にするだけではなく、同時に『四声』と呼ばれる音楽のメロディのような一つの音の高さ低さをまるで車の両輪のようにっ同時に正しく発音しなければならないからです。」


なのですが、これも、「わたし」がそう思っているだけです。

発音の難しさは、日本語にはない「そり舌音」や「有気音」、「ウムラウト」がありますから人によっては;


「四声」は気にならない、それより「そり舌音」が気になる」


とか、


「『有気音』がわからない」


と思う方もおられるでしょう。

そうです。

わたしの「問い」は「わたしが思っている答えを求めている」のです。


それを何も知らない受講者に、自分が思っていることがあたかも絶対正しいと思い、自分の答えだけが正しいと思い、その答えを要求する。

なんて傲慢なのでしょう?


「教える側」としては、受講者が自分で気づくように色んな材料を用意することこそが「教える」ということのような気がします。


さて、それはさておき、笈川先生が紹介されている「使ってはいけない言葉」をご紹介します。


・因果応報

・郷に入っては郷に従え

・自業自得

・身から出た錆

・蒔いた種は自分で刈り取る

・石の上にも三年

・継続は力なり

・努力は裏切らない

・努力すれば報われる

・諦めなければ夢は叶う

・苦労は買ってでもせよ

・若いうちの苦労は買ってでもせよ

・艱難汝を玉にす

・試練は乗り越えられる人にしか来ない

・神様は乗り越えられる試練しか与えない

・失敗は成功のもと

・転んでもただでは起きるな

・いつまでも引きずるな

・忘れたほうがいい

・許すことが大切

・水に流そう

・お互い様

・喧嘩両成敗

・どっちもどっち

・相手にも事情がある

・相手の立場になって考えよう

・人を責める前に自分を見よ

・まず自分が変わろう

・他人は変えられない、自分が変わるしかない

・環境のせいにするな

・人のせいにするな

・言い訳をするな

・結果がすべて

・世の中そんなに甘くない

・社会に出たらもっと厳しい

・昔はもっと大変だった

・自分の若い頃はもっと苦労した

・私も耐えたのだからあなたも耐えろ

・みんなやっている

・普通はこうする

・常識で考えれば分かる

・空気を読め

・和を乱すな

・長いものには巻かれろ

・出る杭は打たれる

・目立つな

・謙虚であれ

・出しゃばるな

・分をわきまえろ

・身の丈に合った生活をせよ

・高望みするな

・欲張るな 

・足るを知る

・感謝しなさい

・ありがたいと思え

・恵まれている方だ

・もっと大変な人がいる

・命があるだけありがたい

・健康なら十分だ

・お金では幸せになれない

・好きなことを仕事にできるだけ幸せ

・仕事があるだけありがたい

・嫌なら辞めればいい

・自己責任

・自分の人生は自分で決める

・自立する

・人に迷惑をかけるな

・自分のことは自分でやれ

・甘えるな

・泣くな

・弱音を吐くな

・男なんだから/大人なんだからしっかりしろ

・気持ちの持ちようだ

・考えすぎだ

・気にするな

・笑っていれば何とかなる

・ポジティブに考えよう

・明るくしなさい

・幸せは自分の心が決める

・すべてに意味がある

・起こることには理由がある

・必要なことだから起きた

・苦しみは人を成長させる

・苦労した人ほど優しくなれる

・すべて勉強だ

・何事も経験

・人生に無駄な経験はない

・人は変われる

・過去は変えられないが未来は変えられる

・他人と比べるな

・期待するから傷つく

・自分を変えれば世界が変わる 。


どれも素晴らしい言葉です。

自分を律するために使用するのならいいでしょうが、それを自分以外の人に向けて言う時には自分の中に何かしら「いいカッコをしている」「自分の言葉に酔っている」「(話をしている相手は)知らないだろうけれど」「こんな言葉を知っている私ってすごいでしょう?」とか言う気持ちはないか胸を手に当てて自分自身と対話する必要があるように思います。

そして使い方によってはなんとも人を馬鹿にした言葉になるのではないでしょうか?


いつも学びを与えてくださる笈川先生ですが、笈川先生だけでなく、日々お会いする人たちからも多くを学んでいます。

特に、タクシーに乗車されていただくお客さんからは、厳しいお怒りや、理不尽な発言・行為を含め、学びの機会をいただいています。


さて、笈川先生のFacebookへの投稿ですが、次の投稿へと続きます。



説教も、小ずるさも、問題は一度してしまったことではなく、それを正当化して繰り返してしまうことなのだと思います。

人が成長するために必要なのは、「私は正しい」と思い続け、言い続けることではなく、自分自身に「もしかしたら、自分が悪かったのではないか」と問い続けることだと思います。


自分の間違いを認めるのは、決して気持ちのいいことではありませんが、それができる人は、いつまでも若々しいですし、何歳になっても変わることができる人だと思っています。


私も自分の間違いを素直に、そして勇気を持って認め、生まれた時よりも少しでも良き人になりたいと思います。


そして、私と同じく「教える」ことに携わってきた高校時代の親友に対して、これらの言葉を使ってしまい、傷つけてしまったことをもう反省するとともに、10月8日に大阪府立桜塚高校で行われる彼の特別講演をご紹介して、今回の投稿を締めたいと思います。


40年の長きにわたって彼が「教える」ことを経験してきたのにもかかわらず、彼とは友人であるという甘えから、偉そうに色々言い、彼を傷つけたのにもかかわらず、私は彼がイラつくことを彼のせいにして、余命一年の彼と距離を置くことにしてしまったことを反省しています。

本来なら後悔しなければならないのでしょうが、後悔するより先に逝く彼を見送り、その後の私の半生を実りの多いものにするようにすることが彼に対する償いになると私は勝手に思うようにしています。


そんな親友の特別講演です。

お時間のある方は是非、聞いてみてください。



人様に何かを教えるということってとても難しいことだと思います。


「え?そんなことはないよ。学校ではたくさんの教師がいて色んなことを教えているし、職場では新しく入った人に仕事を教えているじゃないですか?」


そうですね。

私も中国語を学び、中国人との付き合いの中、日本の技術や日本人の考え方などを中国人に教えて来ましたし、日本人に対しては中国人のものの考え方を教えたりしましたし、もっと直接的には中国語を教えて来ました。


世の中にはさまざまな情報があります。


語学の学習法では何がいいとか、この方法が最適、最速。


私自身、多くの本を読み、試行錯誤を繰り返してきました。


でも、今でも「人様に何かを教えるっていうのはどういうことなのか?」そして、どのように「教えるのがいいのか?」について考え続けています。


そんな私が昨日、手にしたのは『「アドラー」だから自分で動ける部下が育つ上司の教え方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、永藤かおる著)です。



もともと、職場の指導で悩む家内のための参考になるかもしれないと購入したのですが、「はじめに」には次の言葉が紹介されていました。


「学びに来る受講生をリスペクトしなさい」


この言葉は、永藤さんが猛勉強の末に日本語教育能力試験に合格し、縁あって香港の語学専門学校で日本語を教える仕事に就いた時、その学校の日本語かの顧問をなさっていた日本語を教えるベテランのS先生から教わった言葉だとのことです。


では、そもそも「教える」とはどのようなことなのでしょうか?


その答えは次だと著者は言います。


「教える」立場になったからには、それなりに威厳をもって厳しく接しなければと考えがちですが、それは少し違います。

そもそも「教える」とは、

「相手が自分の役割を果たせるように必要な支援をする」

こと。

(P29 第1章 上下関係をやめると、「教え方」が変わる)


また、「教える」のゴールとは何かについては次のように言います。


そもそも、「教える」のゴールとは何でしょうか。

それは、「指示待ちではなく、自分で考えて主体的に動ける人材を育てること」です。

(P4 はじめに)


皆さんの思い描く教師や先生、講師はどのような人でしょうか?

自分の持てる知識を伝えることが「教える」ことだと勘違いしていませんか?


私は吉田松陰や、灘高の伝説の国語教師、橋本武先生を思い出します。






知識を伝えるだけではない。

知識を詰め込むだけではない。

自分で考える力をつけてもらうように援助する。

それこそが「教えること」。

そう思う、今日この頃です。






ファーストフード「fast food」。

「fast」は「迅速な」。

今の世の中、なんでも効率が重んじられるようです。


fast food “快餐 kuàicān ”“速食 sùshí ”


でも、外国語学習についてはどうでしょうか?

効率を重んじて、進出単語を一発で覚えようとするのも「あり」でしょうが、私の場合、「急がば回れ」でゆっくりと時間をかけて身につけるのがいいように思います。


「急がば回れ」“欲速则不达 yùsùzébùdá ”


どうしてそう思うかって?


それは、今、NHKラジオ英会話を聞いているのですが、このテキストの作り方を見て、「よくできているなぁ」と思い、改めて「急がば回れ」「急いてはことを仕損じる」「短気は損気」だと思ったのです。


ラジオ英会話の7月号、Lesson61に


“I‘m heading out now.”


と言う表現があります。

日本語の訳は「今から出るけど。」


“head out”


は、「出かける」と言う意味なのですね。


「出かける」と言うと“go out”や“go to”, “go for”のように”go”を使うと思うのですが、テキストでは”head”が使われている表現を紹介しています。

この表現、少し前にテキストにあったことを思い出しました。

(確か、ドライブに行く。と言う表現だったと思います。)


このように、初めてこの表現を見たという記憶が蘇ると、この表現を深く身につけることができると思うのです。


効率は悪いでしょうが、まさに、「急がば回れ」。


「継続は力なり」“关键在于坚持 guānjiànzàiyújiānchí ”


でもあるのでしょうが、効率を重んじるだけではなく、ゆっくりじっくり取り組みのもいいと思ったのでした。


しかし、ラジオ英会話はよくできている講座だと思います。

中国語会話でも、このような講座が出て来るのが楽しみですね!