SC神戸中国語スクール 京都校 -27ページ目

SC神戸中国語スクール 京都校

全くのゼロから、ビジネス会話、通訳レベルまでしっかりと学べる中国語スクール、SC神戸中国語スクールの京都校のブログです。

11月16日から、研修を終え、実際にタクシーに乗務しています。

10年前ほどに一度、京都でタクシー乗務をしていたのですが、まるで初めてのような感覚で、お客さんに目的地を言われても、今どこにいるかがわからず、また、どのように行けばいいのかもわからない状態でしたが、3週間ほどたって少し慣れてきました。

ということで、しばらくぶりに記事を書きました。

 

タクシーで京都の街を走っている私ですが、10年前、困ったのはトイレでした。

でも、今は各地にコンビニがあり、そしてトイレも使うことができます。

そのトイレも、外国の観光客が多い京都だからでしょうか、日本語以外に英語や中国語での表記もあります。

その中から、ファミリーマートの表示をご紹介します。

 

 

【日本語】

いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます。

 

【英語】

Thank you for keeping the toilet clean!

 

中国語は簡体字と繁体字があります。

 

【中国語(簡体字)】

非常感谢您一直以来配合保持洗手间内的卫生整洁。

Fēichang gǎnxiè nín yīzhí yǐlái pèihé bǎochí xǐshǒujiān nèi de wèishēng zhěngjié .

(非常感謝您一直以來配合保持洗手間內的衛生整潔。)

ずっとトイレ内を清潔に保っていただいたことに対して、(貴方に)非常に感謝します。

 

【中国語(繁体字)】

感謝您盥洗室留下美好環境。

(感谢您盥洗室留下美好环境。)

( Gǎnxiè nín guànxǐshì liúxià měihǎo huánjìng . )

トイレを美しく保ってくれて(貴方に)ありがとうございます。

 

簡体字では「トイレ」を“洗手间”と訳していますが、繁体字では“盥洗室”と訳しています。

単語については他にも台湾や香港などで使われる表現と大陸で使われる表現で違うものがありますが、私が注目するのは「表現方法」なのです。

 

この2つの表現。

中国語がわからない方でも違いに気づくと思うのが「長さ」でしょう。

 

簡体字は繁体字での表現よりも長い。

 

中国語がわかる方なら、繁体字の表現のほうが簡潔で、どちらかというと書面用語のように感じるのではないでしょうか?

そして、簡体字は話し言葉のように感じるのではないでしょうか?

 

同じ中国語と言っても単語が違うだけではなく表現方法も違う。

 

これが翻訳や通訳が単語の置き換えではないということの一つの例でもあると思います。

 

言葉って深くて面白い。

 

そう思う今日このごろです。

10月31日に近所の洛東タクシーに雇っていただき、数日間の研修を終え、11月16日から実際にタクシーに乗務して「営業(※注)」しています。

※注:タクシーに乗務し、お客さんに乗っていただき料金をいただくことを業界では「営業」と言っています。

 

10年ほど前にMKタクシーで3ヶ月ほどタクシーに乗務し、その後も大阪で数ヶ月乗務しましたが、ほとんど初めてのようなものです。

毎日、10組ほどのお客さんにご利用いただいていますが、改めて思うのが、

 

あらゆる出会いと全ての人に感謝します。

我感谢一切邂逅和所有的人。

Wǒ gǎnxiè yīqiè xièhòu hé suǒ yǒude rén .

 

人はいろんな出会いから学ぶのだと日々実感しています。

 

いろんなお客さんがおられます。

物静かな方、ご年配の方、足が不自由な方、会社員、観光客・・・

今、京都は紅葉の季節ということで観光客も多く、外国人のお客さんも一日に2組ほどはご利用いただいています。

中国語圏の方も英語圏の方もおられます。

これらの出会いから多くを学ぶ毎日です。

 

タクシー乗務員のコツについて教えていただいたり、人生について教えていただいたり、そうそう、もちろん、京都の道についても色々と教えていただいています。

 

たまに厳しい方もおられます。

私が不慣れであったり、知識不足であったり、勘違いや失敗からお叱りを受けることもありますが、これらの出会いからも、大いに学んでいます。

 

乗務は毎日7時前に出庫し、16時頃に入庫。

5日間乗務し、1日休み。

また、5日間休んで2日間休み。←今日はここ。

そして、4日間乗務し1日休み。

5日間乗務し、1日休み。

の繰り返し。

昨日までで2週間ほど乗務していました。
 
以前、京都を走っていた時は夜。
今回は昼間なので、お客さんの要望される目的地は全然違います。
また、京都のお客さんはご自分が運転されていることが多く、道についても一家言をお持ちの方が多いので毎回の「出会い」ではとても緊張します。
 
これまでは一日が終わるとチューハイをいただいてすぐに休んでいました。
ブログの更新がなく、ご心配をおかけした方もおられました。
このことからも

 

我感谢一切邂逅和所有的人。

 

です。

 

中国語圏のお客さんにはとても喜んでいただいています。

英語圏でもたどたどしい英語で応対すると喜んでいただいています。

 

これからも人様の足となり、お役に立っていきます。

ブログはあまり更新できないと思いますが、関西弁で「ぼちぼち」やっていきたいと思います。

 

 

 

『脳に悪い7つの習慣』
第7章 脳に悪い習慣⑦――めったに人をほめない

 

林先生は突然読者に質問してこられます。

 

突然ですが、みなさんは、自分の気持ちや考えがどのようにして他人に伝わるのか、なぜ伝えることが可能なのかを考えたことがありますか?

 

私はこのように問われて自分の気持ちや考えが他人に伝わることが、初めて不思議なことだと思いました。

通訳をしているので言葉や表情を介して話し手の気持ちや考えを聞き手に伝えているとは思いますが、考えは伝えることはできても気持ちまでは伝えることができないのではないかと思いました。

 

林先生の回答は、

 

人の感情や思考、ときには心までもが他人に伝わるのは、脳のA10神経群から始まる「ダイナミック・センターコア」の神経細胞群に「同期発火」を起こす力があるからです。

たとえば、みなさんが誰かから悲しい話を聞いたとします。

すると、相手の発する情報――話の筋道、身振り手振り、悲しげな表情、あるいは涙など――を受け取った脳は、相手と同じように脳神経細胞を同期発火させるのです。

 

「A10神経群」とか「ダイナミック・センターコア」は脳のある部分だと思ってください。

そして「同期発火」とは、脳の神経細胞が同時に発火するのですが、「発火」と言っても火が出るのではありません。

神経細胞に情報がもたらされると活発になる状態です。

これを「発火現象」といいます。

たとえば話し手の脳が「悲しい状態」に「発火」していると、聞き手は話し手が出している色んな情報を受け取り、自分の脳を話してと同じように「悲しい状態」に「発火」させるというのです。

これが、

 

「気持ちや考えが伝わるしくみ」

“情感与想法的传递构造”

“ qínggǎn yǔ xiǎngfa de chuándì gòuzào ”

 

なのですね。

だから、電話で声だけで話をしていると気持ちや考えが伝わりにくいのでしょう。

林先生は更に次のように言います。

 

人の感情や思考、ときには心までもが他人に伝わるのは、脳のA10神経群から始まる「ダイナミック・センターコア」の神経細胞群に「同期発火」起こす力があるからです。

人之所以能够将个人的情感、思想有时候甚至是意愿传递给他人,都是因为A10神经群会引起“动态中核”中的神经细胞群产生“合放连锁反应”。

Rén zhīsuǒyǐ nénggòu jiāng gèrén de qínggǎn 、 sīxiǎng yǒushíhou shènzhì shì yìyuàn chuándì gěi tārén , dōu shì yīnwèi A10 shénjīng qún huì yǐnqǐ “ dòngtài zhōnghé ” zhōng de shénjīngxìbāoqún chǎnshēng “ héfàng liánsuǒfǎnyìng ” .

 

「気持ちや考えが伝わるしくみ」について、専門用語が多く、林先生の言うように何度もくり返し本を読むことで理解することができるのですが、とにかく、この「伝わるしくみ」とは、直接つながっていないけれど伝わるしくみなのです。

 

私はこれを「気」とか「振動」とか目で見えないもので伝わっている。と理解しています。

この「目で見えないもので伝わる」のを使っているのが、たとえばバイオリンやピアノなどの楽器で、演奏者の思いを伝えているのではないかと思っています。

そして、通訳者は言葉をヒントにして、話し手と「同化」して話し手の「考えや気持ち」を感じ取り、それをまた言葉をヒントにして話し手の「考えや気持ち」を聞き手に伝える。

このとき、通訳者の脳は「同期発火」していて、聞き手の脳に話し手の「気持ちや思い」を伝える。

 

林先生の本を何度もくり返し読み、また、通訳者の本も色々読むうちにこのように思うようになりました。

だから、脳が「気持ちや考え」を伝えるしくみを理解し、それを活用することが通訳の奥義だと思ったのです。

 

「目に見えない世界」のことなので、はっきりと証明はできませんが、これから先も考え続けていきます。