昨年の11月から地元のタクシー会社に入社し(正社員)、タクシー乗務員をしています。
まもなく4ヶ月になろうとしていますが、ようやく少し慣れてきたところです。
タクシー乗務員は10年ほど前に京都の○ムケイで3ヶ月していました。
おばあさんが後部座席に正座で乗車されているときに(私は知りませんでした)、細い道を時速20キロで走行していると、横道から車が飛び出してきて急ブレーキを踏んだのですが、おばあさんは前にすべって前の座席で胸を打たれました。
「大丈夫ですか?」
とすぐにお聞きしたのですが、先を急ぐとのことで、そのまま走行。
そして目的地につくと、そのまま降車されました。
でも、これは車内事故。
警察に届けて、会社に帰ると、おばあさんは会社に連絡してきて、家に帰ると、家の人たちがもし、後遺症が出たりしたら問題なので病院に行くようにすすめられ、おばあさんは病院に行くことになりました。
○ムケイではお見舞いや病院への送り迎えなどすべて私が行いました。
タクシー乗務員はお客様よりいただく運賃から歩合で給与となります。
ですから乗務しなければ収入がありません。
という状況で、また事故を起こすことが怖くて3ヶ月で辞めたのですが、今回は、地元でそして昼勤と呼ばれる昼間の乗務。
お客様も高齢者が多く、「タクシーがないと生活できない」とおっしゃる方々の足となっています。
タクシー乗務員として学ぶ毎日ですが、毎日、15組ほどのお客様に乗車していただきます。
道を教えていただくのはもちろんなのですが、いろんなお客様よりいろんなことを教えていただきます。
そして思うのです。
中国語を学ぶということとタクシー乗務員として学ぶということは同じ。
そして、学んでいることは人生そのものだと。
中国語を学び、中国人のように話すことを目的にしたり、タクシー乗務員として一人前になることを目指して学んでいると思っていたのですが、学ぶということは人としてどのように生きていけばいいのかということだと思うようになりました。
樹木希林さんの言葉に次のものがあります。
自分の中に持って生まれた綻(ほころ)びっていうか、人間としてのダメなものを修繕しながら生きているって感じはするんですよね。
(『樹木希林 120の遺言』より)
上海の友人に購入していただいた、中国語(繁体字版)では次のように訳されています。
人啊,是为修补自己与生俱来的缺点,以及改善不合格之处而生的吧。
(原文は;人啊,是為修補自己與生俱來的缺點,以及改善不合格之處而生的吧。)
中国語を学ぶとき、自分のダメなところというか足りないところを治していく。
タクシー乗務員もプロのタクシードライバーとして問題のあるところをなおしていく。
どちらも中国語がうまくなったり、タクシードライバーとして一人前になることが目的のようですが、本当は、樹木希林さんが言うように、人間としてダメなものを修繕しているんだなぁと思います。
今年は還暦。
これまでの人生を振り返る時間が多くなっている今日このごろです。
まだまだ修行が足りません。
