最近、カウンセリングや傾聴を学んでいるのですが、体調があまりすぐれず、その原因として「無意識」についても学んでいます。
そして、読み終えたのは:
人生が変わる! 無意識の整え方 - 身体も心も運命もなぜかうまく動きだす30の習慣 - (ワニプラス)
4名との対話を通じて著者が発見した「無意識が整うコツ」が紹介されているのですが、コーチングを学んだ山田博氏との対話の中で出てくる「コーチング」に対する脚注として以下がありました。
コーチング(coaching)
人材開発の技法のひとつで、対話を通じて相手の自己実現や目標達成を図る技術。
「答えはその人の中にある」というコーチングの原則に基づき、相手の話をよく聴き、感じたことを伝えて承認し、質問することで、自発的な行動を促すコミュニケーション技法。
先生や管理職などが、その知識や経験に基づき、生徒や部下などを目標達成へと導く指示・命令型のティーチング(teaching)とは異なる。(P121)
コーチングの原則は「答えはその人の中にある」で、「対話を通じて相手の自己実現や目標達成を図る技術」。
それに対してティーチングは「(生徒や部下などを目標達成へと導く)指示・命令型」だそうです。
ティーチングは「生徒や部下など」とあるように、日本語では「教えること」。
そして「指示・命令型」とあるように、「上からの立場」から行うもの。
この説明を読んで、私が長年疑問に思っていた「教えること」の問題点について気づいたことがありました。
それは、人に何かを教えるには豊富な知識と経験が必要で、それとともに人間性も優れていなければならないのに、そうでない者が教師や講師となり「先生」と呼ばれると自分が偉くなったように感じ、十分な知識や経験がないのに謙虚さを忘れてしまう人が多いのではないでしょうか?
そのために生徒や受講者を導くことができていない人が多いのではないでしょうか?
このことを思うとき、ティーチングを適切に行なっているのは日本語教師の笈川幸司先生(こうして僕は自分の生き方を見つけた)だと思うのです。
笈川先生は、日本語を教える立場ですが、あくまでも謙虚であることを大切にされています。
ご自分を一番小さな存在であり、全てから学ぼうとされています。
「先生と呼ばれるほどバカでなし」
世の中には「先生」と呼ばれる人は色々ありますが、言霊の幸わう国日本では言葉の持つ力を大切にしていますが、「先生」と呼ばれることで自分はあたかも偉い存在になったように思い違いをしてしまう人が多いように思います。
中国には“虚心使人进步,骄傲使人落后(謙虚な気持ちを持ち続けることは人を進歩させ、傲慢な気持ちを持ってしまうと人を落後させる)”と言う言葉がありますが、人が成長するには学び続けることが必要でしょう。
自分はもう十分に成長したと思ってしまい、学ぶことを忘れてしまうともうそれ以上成長することはできなくなってしまうのではないでしょうか?
人は死ぬまで学ぶことが大切だと思います。
「自信」を持つことも大切ですが、同時に「謙虚さ」を常に忘れず、死ぬまで、そしてどんな人、どんな事からでも学ぶことのできる人でありたいと思います。
