心の平和 | SC神戸中国語スクール 京都校

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できたら、不平不満を言わず(思わず)いらだったり、悩んだりすることから解放されたいと思います。

 

雨が降ろうが、晴れようが、その他のどのような変化に出会おうが、そんなこととは関係なく、常に親切で、静かで穏やかでいたいと思います。

 

それには心の余裕が必要なのでしょうが、自分の心というものに目を向けるといいのかもしれません。

 

「心を静める」

(心身統一合氣道、藤平信一著)

 

は、武道というところから心の大切さ、特に「静める(静まる)」ということの大切さを教えてくれています。

 

マインドフルネスは座禅からはじまって、心に気づき、その心を上手にコントロールすることで集中し、また休むことを教えてくれています。

 

アドラー心理学は(マインドフルネスもうそうですが)、科学的な観点から心の問題に取り組んでいます。

 

そして今は、ふたたび『「原因」と「結果」の法則』です。

 

もっとも、アドラー心理学は、単純に「原因」と「結果」を結びつけることを疑問視しています。

それは「原因」が言い訳になるからのようですが、「原因」と「結果」についてはお釈迦様の時代からこの世の中の大切な法則のようです。

 

昨年、10月の痛風の発作から、痛み止めを飲んで無理をしたせいでしょう、もともとの右足首だけではなく、左足の膝まで痛くなり、かなりの歩行困難となりました。

寝る時にも膝を伸ばすと痛いのですが、このおかげで、自分自身について、特に自分自身の心の状態について深く観察することができているように思います。

 

心の平和と呼ばれるこの上なく貴重な人格を身につけることは私たちの究極的な目標、魂の結実です。それは知恵と同じように機長なものであり、黄金よりも素晴らしいものです。そう、純金の価値さえしのぐものです。平和な人生と比べたら、金銭的な富だけを追求していることはなんと意味のないことでしょうか?

平和な人生とは真実の海、それも波のはるか下、嵐も届くことのない深みに、永遠の静けさの場所に住むようなものなのです。

原因と結果の法則 ジェームズ・アレン、山川紘矢+山川亜希子訳

 

That exquisite poise of character which we call serenity is the last lesson culture; it is the flowering of life, the fruitage of the soul. It is precious as wisdom, more to be desired than gold - yea, than even fine gold. How insignificant mere money-seeking looks in comparison with a serene life - a life that dwells in the ocean of Truth, beneath the waves, beyond the reach of tempests, in the Eternal Calm!

As A Man Thinketh by James Allen

 

「心の平和」とも呼ばれる、そのこの上なく貴重な人格的要素を身につけることは、私たち一人ひとりの究極的な目標です。それは知恵の極致であり、黄金以上に求められてしかるべきものです。そうなのです。その価値は、純金の価値さえもしのいでいるのです。金銭的な富ばかりを追求している心は、穏やかな心とくらべたとき、どんなに見劣りがすることでしょう!

穏やかな心は、真実の海のなか・・・・・・水面から遠く離れた、いかなる嵐の影響もおよばない永遠の静寂のなか・・・・・・に住んでいます。

「原因」と「結果」の法則、坂本貢一訳

 

宁静是一种近乎完美的品格,也是我们的最后一课;宁静是生命的花儿盛放,是灵魂丰收的果实。它和智慧一样宝贵,比黄金更值得渴望。与宁静的生活相比,金钱真是微不足道——如果能够永远生活在风暴之外,生活在永恒的宁静里,那金钱又能算得了什么呢?

(原因与结果法则、汪蘅译)

 

◎ 微不足道 wēibùzúdào
[unworthy;insignificant;negligible;trifling;be knee-high to a grasshopper (成)] 事物细小而轻微,不足挂齿

 

宗教くさいでしょうか?

今の家内がクリスチャンで、キリスト教の欺瞞?に対して許せない気持ちがある私ですが、今となってはもうどうでもいい気もします。

 

アドラー流では、すべては自分が解決しなければならない問題で、他の人が土足で足を踏み入れる筋合いのものではないのでしょう。

私は、心の平和を身につけることを究極の目的として精進していきたいと思います。

 

すべてはこの世を去る時に、生まれてきて良かったと思うために。