釣り雑誌に載ったのは…(7)
毎度です
さて、1998年(平成10年)1月号から連載開始となったカラー口絵+巻頭 5ページという巻頭企画の『やめられまへん、投げ釣りは:武者修業編』が終了すると、「アンゴルモアの大王が甦る…」とフランスのミッシェル・ド・ノストラダムスが大予言した翌1999年(平成11年)1月号から続いてカラー口絵+巻頭 6ページへとパワーアップされて始まったのが読者参加企画の『やめられまへん、投げ釣りは:N‐1グランプリ編』が始まります
当時に大人気だった格闘技大会の「K‐1(カラテ№1)グランプリ」をもじった「投げ釣り№1グランプリ」といことでこの読者参加企画のネーミングを決めましたが、後の2001年になってお笑い界で芸を競う漫才コンビの「M‐1(漫才№1)」が、2002年にピン芸人の「R‐1(落語№1)」といった大会が生まれるほどですから、この『やめられまへん、投げ釣りは:N‐1グランプリ編』はよほど安易なネーミングやってんなぁと今更ながら思いまっせ
…でっ、どんな読者参加企画かと言えば、これが「私は誰の挑戦でも受ける」というアントニオ猪木ばりのスタンスで応募されてきた如何なるキャスターともタイマンで”投げ釣り勝負”をするという企画なんですわ
思えば僕が『関西のつり』にデビューすることになったのがこの読者参加企画へ応募したことがキッカケでっから、今度は挑戦者から挑戦を受ける側に立場が逆転して挑む企画でっから、オッサンが胸に抱く感もひとしおでおましたわ
この企画には数多く応募を頂き、関西圏の釣り場はもとより四国~山陰~北陸と挑戦者が指示する各地の釣り場へとSu君との名コンビで赴きました
(こちらの企画もすべてSu君まかせでホンマに楽をさせて頂きましたで)
(いまは亡きSu君とFショーでの仲良し2ショットだが、二人とも若い…)
この企画へ応募してくれた関つり読者である12人のキャスターの中で最も印象に残っているのは真っ赤なアルファロメオのスポーツカーを駆る某お寺のご住職さんと、西日本のドコの釣り場へ行く道中であろうとスリル満点の運転で恐怖を憶えさせてくれたSu君の鈍ぅ~いドラテクでっかいな
そして、PC問題が騒がれたミレニアムから21世紀に入ると『やめられまへん、投げ釣りは』もレギュラースタイルに戻り、その後は『やめられまへん』の後ろに付けるサブタイトルとして愛すべきオッサンのフェバリットアーティストである THE BEATLES の曲に因んだ「Get Back 編」 や 「Nowhereman編」などの企画を経て、2011年12月号まで「モノクロ 4ページ連載」というスタイルで順調に続いて行ってくれたんでっせ
(ラバーソウルに入っているミドルエイトが美しい曲のタイトルですわ)
もちろんこの間は特集記事や別冊記事の取材釣行&原稿執筆も含んでの話で、オッサンもちょうど脂がのった40歳代後半~50歳代というイケイケ時代でもあったことから、ケッコウ 『関西のつり』 関係のお仕事に関しては活発かつ精力的にこれまたイケイケで活動させてもらいました
…そして、ついにいよいよ 2012 1月号から『やめられまへん、投げ釣りは』は4~5ページのカラー口絵での連載へとグレードアップし、今度は絵心などまるで持ち合わせていないオッサンに”写真撮影”という更なる難題が付いて回る連載形式へと変わっていくのでありました
(つづく)
緊急事態の emergency call でっせ(汗)
毎度です
…あわわわわぁ~ッ
おっ、思いもしない緊急事態がイキナリ発生しよりましたがな
(今回は私的な辛気臭い長文になりまっけどもご勘弁のほどを…)
事も起りは、先週末に残暑と言うには余りにも厳し過ぎる炎天下の中で汗だくになりながら刈込みバサミを握って庭の植木剪定を美しく切り整い終わり、仕上げに早風呂と洒落込んだまではよろしおましてんけれども、なんや風呂上りの時点で右耳にフィルターが掛かったような聞こえにくさの違和感を憶えます
「お湯でも入ったのかな」と思って片足トントンをしても違和感は消えず、でもそれほどもキツイ違和感でなかったことから「そのうちに収まるやろ…」と4日ほど放置しますが一向に違和感が消えないことから街の耳鼻咽喉科を受診すると、これが思いもよらぬBatな展開へ雪崩れ込んでいくことに…
聴力検査の結果「これは完治しづらい”突発性難聴”という重い病気の疑いが非常に強いですから、紹介状を書くので一刻も早く大きな病院で診療・治療をしてもらって下さい…」と真顔で医者がいうので、慌ててその足で紹介された病院へと出向いて受付を済ませまっせ
さあ、本人はそんなエライ病気やのうて軽い中耳炎ぐらいのつもりでしたから、この急展開には小心者にとってはこの上なく一大事で、もォ~う、焦りまくって右往左往するばかりで…
…だいたいやネ 「そのうちに収まるやろう」やとか「そのうちに治るやろう」という自分本位な希望的観測に基づく思考・行動でこれまでに散々とエライ目に遭ってきているのに、それにも懲りることなく還暦を超えたジジイになっても同じ様に愚かな行動をする自分自身には ”喝” ですわ、いやホンマに・・・
…で、紹介状があっても初診には変わりないことから長時間(約3時間半)の待ち時間を経て病院の先生に診てもらったのですが、町医者の先生から聞いたほどの緊迫感なく「聴力検査の結果からみれば他の病気も可能性も高いですから、とりあえす短期間のステロイド投与で様子を見ましょうか…」とのことで、次回は念のために聴覚器官に腫瘍の有無を確かめるMRI検査まで行うとのことで、ホンマに大事になってきよりましたわ…
でっ、これが耳鼻咽喉科を受診して増えた忌まわしきステロイド剤を含む新薬たちで、ステロイド剤が増えることまたまた血糖値の上昇が心配になって念のために内科医に確認を取れば短期間の集中投薬なので辛うじてOKとのこと
…なので、いま現在に患っている病気の投薬と併せれば一回の服用量がこれだけの種類と数にもなりよりまっからホンマにタマったもんやおまへんわ…
(食べるが如く大量の薬を飲むジャンキーな薬漬けのオッサンですわ)
…さてさて、一大事件は投薬開始一日目の夜に起こります
病院の診察時に「めまいとか吐き気といった異常はありませんか」と訊かれ、まったく無かったので「ありません」と答えたのですが、夕食後に突然モノ凄いめまいに襲われ、横になっているとこれまた猛烈な吐き気が波状になって押し寄せ、オマケに右耳でキーンと大きな耳鳴りしてきたやおまへんか
「…コレって、ヤッパリ突発性難聴の症状が出てきたのでは」という不安にさいなまれて精神的には一気にDownへ傾きますが、そんな不安感などお構いなしで吐き気、吐き気、吐き気に襲われてトイレへ何度も駆け込み、腹の中が空っぽになるくらいに吐きまくった末にようやく布団の中で吐しゃの疲労困憊により気絶するかのごとく寝入ってしまいます
…そしてフッと目が覚めた深夜1時、気が付くとなんや目まいも吐き気も収まった上に右耳に聞こえていた耳鳴り音&フィルターの違和感も緩和されて思いもよらずエライ身体が楽になっているやおまへんか
翌朝を迎えるとさらに目まい&吐き気などはキレイさっぱりと消失し、違和感や耳鳴り音も目を見張るほど回復しているのには驚きましたで
(毎月のお寺参りは欠かさないという信心深いオッサンでっせ)
コレって医者が処方した薬が劇的に効いたのか、それとも吐き気&めまいを通過したことで劇的に症状が回復したのか、それともオッサンのご先祖様が守ってくれたというスピリチュアルな要因がラッキーやったのか
…ウゥ~ン、頭の悪いオッサンにはさっぱりワケが分かりまへんが、ただ一つ言えることは一晩で症状が緩和・改善したってことは逆に言えば一晩・一日という短いスパンであの苦しくキツイ「目まい&吐き気、右耳の違和感&耳鳴り」という突発性難聴の症状に再び襲われかれないということでっしゃろから無理&油断は金玉、イヤいち物、イヤイヤ禁物ですから、ちょうど DAIWA の 『DYFC』 担当のTさんから千早赤阪村マス釣りスクールのコーチ要請の連絡を担当のTさんから頂いたのですが、今回はチョット大人しくしておきますわ
(子供たちとふれあいながら釣りを楽しむのもエエもんでっけどネ)
皆さんも何の前触れもなくイキナリ襲ってくる”突発性難聴”という厄介な病気にはくれぐれもご用心を、…といってもある日突然に症状が出るから病名が”突発性”なんでっしゃろから気の付けようがおまへんねんけれどもネ…
てなことで、辛気臭い病気話を長々とホンマにスイマヘンなぁ~・・・
このピック、いいネ ❤
毎度です
じつは、この春から同年代のジジイ&ババア連中が集まるサークルに参加してバンド活動を再開してまんねんわ
中にはZEPやPurpleなどのハードロック系がありィ~の、BeatlesやStonesなどのブリテッシュ系がありィ~の、果ては伊勢正三やアリスといったフォーク系の曲を演奏するグループなど多種多様ですが、そこは全てオッサン好みの60~70年代の音楽ですから適当にグループを渡り歩いて楽しんでまんねんで
…でっ、当たり前田のクラッカーですが、どうも若い頃と比べると演奏に対するスタミナがメンバー全員に欠如しており、4~5曲も続けて演奏すれば青色吐息の状態に陥ってしまいよりますがな…
つい先日も小さなイベントでステージに立ったバンドの様子を撮影したDVDを鑑賞したんでっけども、もう最後の方はメンバー全員がヘロヘロで、ボーカルは音をハズすわ、ドラムは一拍ほど遅れるわ、オッサンのギターもキーを半音間違えてるわで、ホンマに散々な出来に思いっきり赤面ですわ
でっ、その悲惨なステージでも使用したのがこの変わり種のギターピックです
製品名は『Kors W-6 Layered Pick』です
これは徳島県の大和設備工業株式会社という音楽とは畑違いの設備屋さんが製造販売をしているギターピックで、厚さの違う2枚のピックを数ミリの間隔を開けて互いい違いみたいな形で一つにまとめられており、その効果は異なった厚みのピックが時間差で弦にヒットする音質によって6弦ギターを12弦ギターのような響きにするという”簡易なコーラス効果”を狙った感じでっかな
新聞記事でこのピックの存在を知り、そこで知った上記の設備屋さんが運営する販売サイトからの通販にて入手をしましたが、お値段は普通のピックよりも少しお高めとなる「3枚で¥2,000(送料込み)」でおました
さてその効果でおますが、アコースティックギターの生音でも普通のピックと比べればたしかに響きは煌びやかになるように感じますが、とくにエレキやエレアコを使ってアンプを通し、さらにエフェクターのコーラスを掛け通してアンプでハイを持ち上げてやれば響きの煌めき加減はより効果は鮮明で、ダウンストロークしたときの倍音はまさに12弦ギターを思わせる響きに近くなりまっせ
(オッサン秘蔵のフェンダー「ジョージ・ハリソン」のロッキーピックですわ)
個人的にはこのピックは指で軽く挟み持ち、手首を柔らかく使ったストロークでより美しいコード音の響きが得られるように感じましたわ
…ただし、デメリットとしてはピック本体に厚みがあるので弾き慣れるまで少し時間が必要な事と、単音弾きのオルタネイドピッキングをすると2枚のピックで生まれる位置ズレによって上手く弾く弦にヒットしないケースが間々あることが挙げられますが、基本的にはコードワーク用のピックみたいなのでOKなのかも…
(アコギはソフト、エレキはハードがオッサン使用のピック選択です)
てなことで、手軽に6弦ギターのコード音を煌びやかで美しくするための手軽なアイテムとしてなら『Kors W-6 Layered Pick』の使用はアリかもしれまへんな
…欲を言えば、もう少しお安くなれば更に 「GOOD」 でっせ
シン覚醒を遂げた海司さんでっせ❤
毎度です
先週末はささめ針の磯モン用NEWフックのテスト釣行第2弾で南紀:周参見エリアで磯モンを狙ってきましたが、なんや入った釣り場のマイポイント沖向きの海底相が変わったのか僕はやたらと根掛かりの連続で、ベビータマミやベビーアカハタといった完全リリース魚しかハリに掛かってくれない悲しい貧果で敢え無く撃沈・納竿をする羽目になったオッサンでっせ…
ところが、そんな僕の不調を横目に今回は相棒の海司さんが久しぶりにシン覚醒を遂げ、お得意のポイントを攻めて42~48㎝のコロダイやオジサン、タマミにメイチダイにシブダイ等々とエエ調子で次々と釣り上げて超ご機嫌でおました
…が好事魔多しで、真夜中に襲ってきた強烈なアタリをバッチリと合したところ相手がスタン・ハンセン並みの重量級ブルファイターで、まさに「ブレーキの壊れたダンプカー」 よろしくパワフルな荒ぶる抵抗をみせて海司さんのパワートルクを何回もヒン曲げた果てに横走りを見せた瞬間、穂先のキツイ曲がりがイッキに戻って「ああっ、抜けてしもた…」という海司さんの大声が虚しく響きます
そこで僕が「違う、こっちへ向いて走ってんねん」と素早くラインを巻く指示を出すとまさにBINGOで、再びパワートルクへ重量感が戻ってきよりますが非情にも次の抵抗で穂先から重量感がキレイさっぱりと消え失せてしまいよります・・・
巻き上げてみるとハリス18号が途中から見事に切られており、どうやらウツボにキズ付けられ箇所からの高切れがバラシの原因みたいな感じで…
頭もシッカリと振る段引きをみせていましたし、おそらくはエエ型のコロダイやったのと違うかなと推測しますが、バラした魚との攻防戦で燃え尽きて抜け殻のようになった海司さんにその予想を告げることは出来まへんでしたわ…
前半で思いっきり覚醒してノリノリやった海司さんだけに後半の急激な落ち込みはホンマに気の毒でしたが、しかし今回の覚醒をキッカケにし次回からの釣行では好釣果の連続を叩き出してくれるハズですわ
調子に乗せたら怖いのが海司さんのパターンでっからネ
さて、その後はアタリも消えてウツボの猛攻のみという展開で夜明けの納竿を迎えますが、当日は不思議なことにいつもの定番エサであるマムシにアタリは極端に少なく、ヒイカもダメで、なんと僕と海司さんが釣った魚はすべて無頭の冷凍バナメイ海老に食いついてきましてんで
日によってはマムシしか釣れない、今日はイカしか食わない、当日の様にエビしか当たらないという変に偏った摂食パターンを見せることも多い磯モンでっから、できれば複数種類のエサを持参して当日のアタリ餌パターンを見つけるという戦術・戦略は欠かせないのと違いまっかな
しかし、初めからアタリ餌が解っていればエサ代も節制できるので、ごく薄い財布しか持たないオッサンとしてはホンマにありがたおまんねんけれどもネ
穂先ライトといえば…(1)
毎度です
その昔の昔のお話で、オッサンがまだ中学生だった頃の行動範囲で行う夜釣りといえば親友のO君と夏休みになれば釣行した泉南エリアの泉佐野一文字から電気ウキ+地堀のイチヨセをエサにして狙うチヌ釣りや、深日港のフェリー乗り場岸壁や多奈川の新日本機工テトラ護岸から延べ竿+白セルウキ・袖バリにシラスをエサに狙う小アジ釣りが定番の少年夜釣りパターンでおました
そして、高校生になった頃にコレまたO君の影響を受けてハマったのが淀川のハネ狙いの投げ釣りで、塚本にあるエサ屋で買ったアオイソメをこれでもかと房掛けにして十三大橋の近辺から竿を出していました
その時代(1970年代半ば)には穂先ライトという製品はひとつも市販されていなかった様で、手先の器用なサーフ系ベテランキャスターの中には電気ウキ(ユアサのギンピカなど)や世に出たばかりの発光ダイオードで光るDAIWA電子ウキの発光部分を取り出して穂先に装着することでアタリを判別されていましたが、高校生のオッサンはといえば旧オリム社の世紀アマゾンやDAIWAのロングパワーLDの穂先端部分を白い塗料(ペンキ)や夜光塗料(グローペンキ)で塗りまくり、懐中電灯(死語でんな…)の光を穂先に照らしてアタリを判別するという、現在から考えれば原始人のごとくアナログチックな方法で釣っていたんでっせ
(トップガイド~2番まで白いペンキで塗装してもスグにハゲましたが…)
それでもハネやセイゴの派手なアタリは何とかキャッチできましたが、ジッと懐中電灯の光を当て続けるのは腕が疲れて大変でおましたで
(今は懐かしきハードガイドのキャスピン4ガイド仕様でっせ)
当時の投げリールといえばノンドラグタイプが多くてアタリを音で判別することもできまへんでしたから、アホみたいに一本モンの竿立てに立てかけた竿の穂先を下から照らしてアタリを待つ時代が少し続きましたが、高校を卒業しようかという頃には薬品の混合により発光するという画期的な仕組みのウキ釣り用の『ケミホタル』が市販され、それを活用した穂先ライト製品も発売されます
それは長年にわたって現在もお世話になっている『LUMICA』さんの前身である旧「日本化学発光」から1980年に発売された『ぎょぎょライト』で、本体の充填された薬品中にある小さなガラスアンプルをポキンと折り割り、薬品同士を混合することでが発光する仕組みがなかなか科学的に思えたオッサンでっせ
装着は付属するセロハンテープを穂先ごと巻きつける単純明快な方法で、当初は一つで3時間ほどの発光時間やったから一晩で数本が必要でしたから取り外しや取り付けがやたらと面倒に思えましたが、80年代半ばへ入ると発光時間も延長されたうえに他社製品ながらも簡単に穂先に脱着できる「ホルダー」の類も釣具店に並び、いよいよ大物が狙える”夜の投げ釣り”という魅力的な釣行スタイルが僕らの身近に定着していくのでありました…
余談ながら、この他社製の樹脂ホルダーはとくに冬場ともなると低温で硬化するためなのか脱着時における融通(遊び)が小さくなり、少しでも無理をしようモノならいとも簡単に投げロッドの穂先が”ポキリッ”と折れて閉口させられたのは2回や3回ではおまへんねんで…
それにも懲りず次回に登場するワンタッチ方式の『ぎょぎょライト』が市場に登場するまで煩わしいテープ巻き作業がイヤなことから穂先折れの危険性があるホルダーをしつこく使用していたオッサンなのであります
(つづく)