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日本 は、世界でも最も古い時期から大量に、かつ質の高い日記が作成され、残されてきた国である。そのため当然のことながら、日記は日本の歴史 を解明するために欠かすことのできない史料 の一つとして、同じく古くから数多く残されている古文書などとともに重要視されてきた。しかし、だからといって古来から残されてきたそれら日記の、日本における文化史 的な位置付けや、社会史 的な機能といったものが明らかにされてきたかというと、そうではないようである。
近代 に入ると、西洋の個人主義 などの影響を受け、プライベートの個人的秘密を吐露するために書かれたものも出てくる。石川啄木 の『ローマ字日記』などである。実体は私小説 、またはフィクション であっても、表現手段として日記の形式を借りることもある。
中学生などの交換日記 や学級日誌などは、手紙 の世界と重なっていると考えられる。今日では、Weblog (ブログ )やインターネット 上のレンタル日記サイトにおいて、多くの日記が書かれている。これら新しい日記については、情報倫理 の観点からも議論があり、新たな分析が必要であろう。
男性貴族の日記の多くは漢文 で書かれており、歴史学の用語として漢文日記とも呼ばれるが、近年これら儀式のための先例のプールやマニュアルとして作成された日記を「王朝日記」として新たに概念化する学説も出されており(参考文献;松薗2006)、平安時代の日記文学を安易に王朝日記とネーミングすることには問題がある。
中世 までは、王朝貴族(公家)・僧侶にほぼ限られていた日記も、中世末から近世 に入ると、階層的に多様化し、量的にも各段に増加していく。